闇の精霊使いの総本山で精霊使い長は教えてくれた。

“俺”が既にこの世の人間ではないのだと。今“俺”がこうしてこの世に居られるのは肉体を捨て魂だけの存在になり、グレイ・ギルバートの体に乗り移っているからだと。

そう事も無げに精霊使い長は淡々と俺達に語ってくれた。


あの時のヒューイの反応はもっともだった、みんなと一緒に居る俺がまさか死人だなんて考えた事なんてないだろうから。


俺だってそんな事…考えた事もなかったし、考えたくもなかった。

既に肉体は活動を止めているのに魂だけがそれを止めていないで、他人に憑依するなんてまるで人間ではないみたいだ。



訪れた沈黙の中で、モニカが精霊使い長に訊ねた。ピート・アレンを…父を知らないかと。

すると精霊使い長は一番聞きたくなかった事実をモニカに伝えた。モニカの父ピートさんは俺が死んだ日に共に命を落とした、と。


…泣いてしまうのではないかと思った。8年間探し続けた父の行方が分かったかと思えば、既にもう会えないのだと知ってしまったのだから。

でもモニカは泣かなかった。
瞳を伏せ、そうですかと呟き他の精霊使いにピートさんの事を聞いて来ると言った。弥生さんがそれに付き合うと言ってラミィも一緒について行ったから、俺とヒューイは精霊使い長の所に残った。


三人が離れたのを横目で確認してから、俺は気にかかっていた事を聞いてみた。今の俺はシオンと同じ事をしているのではないかと。このままではシオンみたいに陽の精霊に影響を与えてしまうのではないか、と。

精霊使い長は静かに答えた。
闇の精霊使いの秘術を使った“俺”は『シオンを倒した暁にはおとなしく死を受け入れる、どうか体の持ち主を助けてやってくれ』と、こう言い残したらしい。



――体の芯が一瞬で冷めていくのが分かった。



今の俺には、限られた時間しかないらしい。でも言ってしまえば人の命なんてそんなものかもしれない。だけどその期間を言い渡された俺はどうすればいい、まるで死刑宣告だ。

世界を救えば俺は消える。
じゃあ何で“俺”は秘術を使ってまで世界を救おうとしたんだ?俺は生きたいから…世界を守って、その世界で生きていたいから頑張っていたのに。


自分が居ない世界の為に“俺”は生きているのか?


…頭の中がごちゃごちゃする。気持ち悪い、吐き気がこみ上げてくる。
目の前に立つ精霊使い長の目は、闇の精霊使いとしてそれが当然だろうと諭している様な気さえしてくる。

その瞳から逃げる様に顔を背け、また来ると掠れた声で言い残して俺は歩き出す。ヒューイも黙ったまま俺について来てくれた。
ヒューイにさっきの事は誰にも言わないでくれと頼むと、少しして俺の肩を叩いて肯定の合図をくれた。




――…正直、その後どうやって連邦まで帰って来たのか覚えていない。気づいたら自分の部屋のベッドに一人腰かけていた。


ラミィも居なかった。
ヒューイか弥生さんの所に居るんだろう。恐らく前者だ、今の俺に一人になれる時間が必要なのを一番知っているハズだから。

でも一人で居たってどうすれば良いかなんて思い浮かぶ訳がなかった。むしろ一人で居た方が悲しいとか、恐いとか、辛いとか、そんな負の感情に飲み込まれてしまう。…頭がクラクラする。


悲しい、辛い、寂しい……こんな感情の渦に今まさに居るだろう少女の事を思い出した。そうだ、あの子も…モニカもきっと、今の俺と同じハズだ。一人で居たら苦しい。



助けなきゃ…モニカを。



その思いだけで俺はゆらりと立ち上がった。考え過ぎていて酸素が体に行き渡ってないのかふらつく、だけど行かなくちゃ…。

ドアを開け、覚束ない足を一生懸命前へ前へと動かす。何度ふらついたか分からない、それでも一歩一歩「104号」へと近づいて行った。


そのままドアを開けそうになり、それを堪えて数回ノックする。やけにノックの音が大きく頭に響いた。

モニカの返事を待ってる間に少しずつ頭がハッキリしてきた。

俺は何て声をかけるつもりだったんだろう。


……駄目だ何も浮かばない、どうして俺はこういう時に気のきいた言葉が浮かばないんだ。


――…ガチャッ


そんな金属音と共に目の前の扉が開く。その少し後に姿をみせるモニカ。

いつもと変わらない表情、目線でなに?と問いかけてくる。



「あ、モ…モニカっ、えっと……」



ああぁ…何を言ってるんだ俺は、と言うか何も言えてないし言葉にすらなってない。

モニカの顔を見たらモヤモヤ考えてた事がすっ飛んでしまった。もちろん気のきいた言葉を考えようとしていた部分も含めて、だ。



「……立ち話も何だからスレインの部屋に行ってもいいかしら?」
「……え?」



今モニカは何て言った?俺の部屋に行く?ちょっと話が飛びまくりな…って何で俺は深く考えてるんだ!
落ち着け、ただ話をするだけだ。深い意味合いなんてないハズだ、考えるな…っ。



「…ダメかしら?」
「い、いや全然っ俺の部屋で良かったら」
「そう、ありがとう」



扉を閉めて「101号室」に向かうモニカの一歩後ろを歩く。何でこんな事になったんだ…

確かモニカを励ましたくて俺は彼女の部屋に行って、でもモニカはいつもと変わらなくて、そしたら俺の部屋に行きたいって…どうしてこうなった?いや、分からない。


そんな事を自問自答していたらもう俺の部屋の前で。頭ん中ごちゃごちゃだけど紳士な部分はちゃんと反応して、彼女がドアを開ける前にエスコートする様にドアを開けて彼女を招き入れていた。


よくよく考えてたみたらモニカが俺の部屋に入るなんて初めての事だった。部屋に入るなり中を見渡されると何だか恥ずかしい気持ちになってきた、特に変な物なんて置いていなくてもだ。

モニカが不意に俯いたかと思えば小さく微笑んだ。



「ふふ…道理でアナタから父と同じ雰囲気を感じた訳ね、同じ精霊使いだったなんて」
「あ、あぁ…」



自分からその話題を出してくるなんて考えてなかったなら俺は曖昧な返事しか出来なかった。まさか自分から言ってくるなんて。

…もしかして、何となく察していたんだろうか?


自身の事で頭が回らないせいもあったんだろうか、この後言ってしまった一言でー…



「…父親に会えなくて残念だったな」



どれだけモニカの感情を揺らがせてしまったのかなんて、俺には分からなくて。



「………………。」



彼女の瞳がひどく揺らいだのを見て初めて、自分がどれだけ無神経な発言をしたのか痛感した。後悔しても遅すぎる。



「……ごめんなさい、少し泣かせて」



震える声で呟かれて頭が理解するよりも早く体は動いていた。こちらに歩み寄ってきた彼女に肯定の意を込めて、そっと肩に触れる。
彼女が俺の胸に顔を埋めて静かに涙を流し始めた。



「……お父さん」



そう呟いたのをきっかけに彼女は肩を震わせ、嗚咽を漏らしただただ泣いていた。

彼女の震える肩はあまりにも小さくて、ちょっと力を込めれば簡単に悲鳴をあげそうな気がした。


モニカはまだ12歳なんだ。旅をしている時にどれだけ冷静であろうと戦いの時にどれだけ力になってくれても、たった12歳の女の子なんだ。

そんな女の子が8年間も探し続けた父親が既に死んでいると知って悲しくない訳がない。ただ、感情を抑え込んでいただけだったんだ。きっと、俺達に迷惑をかけないように。


だけど俺の一言で押し留めていた感情の波が振り返したんだろう。“少し”と言った彼女は声を堪える事なく泣き続けている。
時折嗚咽に混じってお父さん、と繰り返し呼んでいた。


俺は彼女の為に何が出来るだろう?今、胸を貸す事しか出来ていない自分に問いかける。


何が出来る?何をしてやれる?


俺が消えてしまうまでに彼女の為に出来る限りの事をしたい。彼女を守ってあげたい。


……そうだ、守ってあげればいい。
彼女を、彼女が生きていくこの世界を。


肩に乗せていた手を伸ばし、ゆっくりと彼女を抱きしめる。温かくて、でも力に入れてしまえば壊れてしまいそうな程に細い体。

こんな女の子が身を張って世界を救う為に頑張ってくれているんだ、だったら俺は彼女の未来の為に頑張ればいい。

彼女に向けているこの感情は、きっと他の仲間に向けているものとは違うと分かっていた。守りたい、傷つけさせたくない、幸せにしてあげたい。

だけどそれを認める事は出来ない、俺にはその資格がない。世界を救えば消えてしまう俺に、そんな資格なんてない。


それでも俺は世界を救おう。
モニカの為に、モニカやみんなが幸せに生きていける様に。

過去の“俺”がどんな気持ちで秘術を使ったのかは知らない。だけど誓うよ、絶対に世界を救ってみせるって。理由は変わってしまったかもしれない、けど今の俺はそれで充分なんだ。


ー……絶対にモニカ達の未来を守ってみせる。それが今を生きている、俺の存在理由。



「……スレ、イ…ン…っ」



未だに泣き止まない彼女に、涙が溢れてから初めて名前を呼ばれた。あまりにも小さくて、掠れている声だったけど。それでもちゃんと俺の耳には届いていて。



「……どうした?」
「…スレインは…ドコ、にも行かないで…」
「ーー……っ」



息を飲まざるを得なかった。忘れそうになる呼吸を何とか繰り返す。



「もう、ひとりは…イヤ、だから……ずっと一緒に…いて」



彼女を抱きしめる腕に勝手に力が入る。すると彼女の手がおそるおそる俺の背中に回され、ベストを掴む。
あまりにも弱々しい雰囲気に何故だが急に彼女が何処かに消えていきそうな気がした。


いや違う、何処かに消えるのは俺の方だ。彼女の元から離れていくのは俺の方。

だけど、今それを伝える訳にはいかない。それを伝えたら本当に彼女が儚く消えていきそうな気がして…そんな事、ありえないと頭の隅で分かっているのに。



「……俺は、ドコにも行かないよ」



この世界から消えてしまうその時まで。ずっと君の傍に居るよ。



「ほんと、に…?」
「あぁ…ずっと一緒にいるよ、モニカを一人になんかさせない」



途中までしか果たせない約束だけど、俺が消えるまでは絶対に守り抜くよ。

また少しだけ腕に力を込める、もう会えない父の事を思って泣く彼女の涙が早く止まるように。



(君の明日へ)



君の明日の為に、

俺は今を生きる。


・Next・


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続きます。

スレインが死んでるって話、実はグランフォードさんの所で聞いてましたね…ちょっと改変させていただきました。