日中の頃より少し冷たい風が吹く、太陽も直に姿を隠してしまうだろう。その前に仲間の元に戻らなきゃいけない。

俺は肩に担いだ薪用の枝の束を抱え直し、少し後ろを歩いていたモニカに声をかけた。



「もう日が暮れるな」
「えぇ、みんな待ってるわね」
「そうだな、暗くなる前に急ごうか」
「そうね…」



短い会話を終えて俺とモニカは口を閉ざした。話をしたくない訳ではないけど話題が浮かばない、二人きりだと尚更だ。

昔話も俺には記憶が無いから出来ないし、モニカもあまりしたがらない。


これからの事もモニカはあまり話そうとしなかった。理由を聞いたら「まだ確定していない未来について話すのは気が進まない」らしい。

…俺にこれからの事を話す権利はない。だって俺はこの旅が終わればこの世から居なくなるから。


本来居るべきところに帰る。それは避けようがない未来、変えられない定め。

…受け入れたくない現実。



「…ねぇ」



離れた所からモニカの声が聞こえた。振り返るとモニカの足が止まっていて、俺との間に数歩分の空きが出来ていた。
モニカの傍に駆け寄り彼女の視線の先を見る。

鬱蒼と茂る木々の間に開けた隙間が続いていた、獣道だろうか。その先が微かに明るかった。



「……見に行ってみる?」
「でも、みんな待ってるわ」
「すぐ戻れば大丈夫だよ」



多分だけどモニカも気になっている、だから俺に声をかけた。気にしてない事をわざわざモニカは口に出さないから。

きっともう一押し。



「な?行こうよモニカ」
「……少しだけなら、ね」



やっぱり気になってたんだなと内心納得しながら俺とモニカは歩き出す。木々の間にある開けた道はそう長くなく、すぐに行き止まりになった。

思わず足を止めて目の前の光景に目を奪われてしまった。


――夕焼け色が反射され、綺麗に輝く湖。



「……綺麗」
「あぁ…スゴいな」



本当に綺麗なものを見た時にありきたりな言葉しか出ないって言うのは嘘じゃないみたいだ。俺達の口からはそんな言葉しか出てこなかった。

肩から薪の束を下ろし一息吐く。でも本当に綺麗な湖だなぁ。



「こんな所に湖があるなんて今まで知らなかったわ」
「今日はいつもよりちょっと奥まで来たからな、穴場なのかもしれない」
「少し前の私ならこんなに綺麗なのに、そう感じなかったかもしれない…」



前の休暇で俺はモニカを連邦近くの湖に連れて行き、彼女の水恐怖症を少しだけ克服させる事に成功した。

それ以来モニカも水に対する恐怖心が少しずつだが消えてきたみたいで、以前は水場に近づくだけで顔色が悪くなっていたのだがそれが無くなってきているみたいだった。

今も湖に近づいているが顔色は変わらない…って、



「モニカ!近づきすぎだっ」
「でも…こんなに綺麗なのに」
「もう遅いし暗くなってから湖に入るのは流石に危ないよ」
「…………。」



無言でこっちの様子を上目遣いで伺わないでくれ。思わず良いよ、なんて言ってしまいそうだ。
だから、やめてくれって…あぁ、もう本当に。



「…今度、明るい時に来よう」



本当に俺はモニカに甘いな…。



「……“今度”っていつ?」



とっさに答えられなかった。
もうこの旅も終わる、もう俺の命も終わる。俺に“今度”なんて無いのを知られている様な気がした。

知られたくない、モニカには。

好きだから、大切な人だから、知られたくない。

最後までモニカには笑っていて欲しい。傍にいて欲しい。



「……旅が終わってから、みんなで来よう」



その“みんな”の中に俺が居なくても。

こう言えば嘘じゃなくなる。



「…………。」



返事が返って来ない。
モニカの方をちらりと横目で見てみると、いつの間にか視線は足元に落とされ俯いたままだった。


――不意に左手が温かくなる。

モニカの右手が俺の左手に重ねられていた。

…温かい。俺はまだ温かさを感じられるんだな、まだ生きているんだな。ついそんな事を考えてしまった。

でもきっと…それも後僅か。



「…………………い…」
「え?」



俯いたままモニカが風に吹き飛ばされそうに小さな声で何かを呟いた。実際聞き取れなかったが。

しゃがみ込んで顔を覗きこうにも反対側を向かれてしまい顔色も伺えない。…ショートヘアーの隙間から見える耳や首筋なんかは真っ赤だけど。

夕焼けのせいだけなのかそれだけじゃないのかはイマイチ分からない。



「……二人だけで来たい…」



俺に届いたその言葉に思わず息を飲んだ。目頭が熱くなる。

モニカが言ってくれた一言がどれだけ胸に響いただろう。嬉しい、心の奥底から嬉しいハズなのに、涙が出そうになる。

何でかなんて理由は分かりきってる。


――俺にはモニカの願いを叶える事なんて出来ないから。

叶えたい、それはモニカの為だけじゃなくて俺自身の為に。モニカを幸せにしたい、俺の手で。


だけど叶える事は出来ない、だから俺は―……



「…………あぁ、今度二人で来よう…」



だから俺は嘘を吐く。
俺が消える“その時”まで何回だって嘘を吐こう。それで君が笑っていてくれるなら。


これは俺のワガママだ。
今が幸せならそれでいい、俺が消えた後の事なんて知らない。

それでモニカがどれだけ傷つくかなんて知らないし、知りたくない。
それでも幸せで居て欲しい。だったら嘘なんて吐かない方が良いって分かってるのに。


俺はきっと忘れてほしくないんだ。俺という存在が居た事をスレイン・ウィルダーという男が居た事を覚えていてほしいんだ。

…それでモニカやみんなを傷つける事になっても、悲しませる事になっても。それが怒りや憎しみの対象であろうと構わない。


俺が居た事を忘れないでくれ。



「スレイン」
「……ん?」
「約束、してくれる?」



握られた左手でモニカの右手をそっと握り返す。



「あぁ…“約束”するよ」



また一つ嘘を吐く。また一つ傷を作る事になる。
だけどその傷が在る内は俺の事を忘れないで居てくれるだろう。

大切なのに傷つけるなんて矛盾しているのは俺が一番良く分かってる。



それでもー…



(それでも俺は嘘を吐く)


罰なら消えた後にいくらでも受けるから、

今だけは君の傍に居る事を許してほしい。


・Next・


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続きます。