突然開けた視界、薄い木漏れ日が差す森。立ち尽くす私。

……すぐにコレは夢なんだと分かった。


だって私の目の前に小さな“私”が居るから。“私”から私は見えないんだろうか、目の前立っていても何の反応もない。

一人、森の中で歌を歌う。それが“私”の遊びだった。

混血のフェザリアンである私は、同年代のフェザリアンの子達と馴染めずに居た。だから一人で居る事が多く、遊びもそれに比例して一人で出来る事しかやらなかった。


不意に私の背後から物音がした。“私”は歌う事に夢中で気づかない、私が振り返るとソコにはフェザリアンの少年が3人居た。


あぁ、彼らだ。忘れたくても忘れられない顔、思い出させられる忌まわしい記憶。




彼らの罵声、強く押された体、宙に浮く、激しい水飛沫、沈む体…。




これから何が起こるか簡単に想像がついた。


リーダー格の少年に声をかけられ“私”はようやく顔を上げた。そして彼らの雰囲気に何とも言い難い恐怖を感じて身を竦める。


彼らに言われるがままついて行ったのは崖の上。危ないと言われて普段近づかなかった所、波の音が嫌に大きく聞こえる。

肉食動物が獲物を追い詰める様に“私”を取り囲む彼らは唐突に言ってきた。



【お前は本当にフェザリアンなのか?】



恐怖に負けない様に“私”は自分を抱きしめながら答える、わたしはフェザリアンだと。すると彼らは顔を見合わせて声を上げて笑いだした。
一人が“私”の羽を指さす。



【そんな羽でフェザリアンだなんて言えるもんか!】
【人間の血が半分混じってるくせに、混血のくせに!】
【…フェザリアンと人間の血が混じった半端者】



……相変わらず酷い言葉。何年経とうと忘れる事の出来ない、心の奥に刻まれた傷。

涙を堪えきれず、それをボロボロと溢しながら“私”は震える声で叫ぶ。



わたしはフェザリアンだもん!羽だって生えてるし…それに、それにお母さんだってそう言ってくれたんだから!



泣きじゃくる“私”を軽蔑する様な眼差し見て、リーダー格の少年が言い放った。



【だったら証拠を見せてみろ】



夢だと分かっていても私の体は動いた。走る、彼らの体を文字通りすり抜け“私”に手を伸ばす。


―…ダメ、間に合わない。


言われた言葉の意味が分からず“私”が問いかけようと口を開くと、少年は“私”の目の前に立ってこう言った。



【お前もフェザリアンだって言うんなら飛んでみろよ】



そして肩を強く押された。“私”は後ろに数歩よろけ、足場が無くなる。片足が踏み場を無くし体が揺らぐ。

助けを求める“私”の手を、夢の中だろうと見過ごす事なんか出来ない。私が“私”を見捨てたら誰が助けてくれるだろう。


私の手と“私”の手が触れ合う。“私”と私が一つになる。


刹那、視界が切り替わり不意に軽くなる私の体、重力に抗う事も出来ないまま海へと落ちていく。

風を切りながら水面がどんどん近づいてくる。いや、どんどん近づいているのは私の方。


激しい水飛沫を上げ、海の中に落ちる。痛みを感じないのは夢の中だからだろうか。

そんな事を考えている内にどんどん息苦しくなっていく。必死にもがいても体は浮かぶどころか深海と沈んでいく。



……いや、行きたくない。あんな暗い世界にはもう落ちたくない。恐い。暗い、寂しい…助けて、誰か―…




『大丈夫』




耳許で響く声。知ってる、この声は“彼”の声だ。
どれだけこの声と言葉に助けられただろう。支えられただろう。

ふと気づいた、いつの間にか息苦しさが消えいる事に。沈むだけだった体も嘘の様に少しずつ上へ上へと上がって行く。

“彼”の声はするのに姿が全く見えない。何処に居るんだろう、辺りを見渡す。


突然暗い海の世界に一筋の光が射し込む。光の筋の先に“彼”の姿が見える。

暗い世界で光をくれる“彼”に向かって伸ばせるだけ手を伸ばす。“彼”の手もこっちに向けて伸ばされる。



『大丈夫だよ、モニカ』



“彼”が言うと本当にそんな気がしてくる。どんな時でも、どんな事でも。

ほら、もう少しで手が届く。


私はもう一度大きく手を伸ばしたー…。


―――――…

――――…

―――…

――…

―…





ふと気がつくと目の前に見慣れた天井が広がっていた。何度かまばたきをして辺りを見渡す。

“彼”は…スレインはどこだろう。

彼の名前を呼ぼうとして我に帰る。そうだ、さっきのは夢だったんだ。


忘れた頃に繰り返し見る夢。
アレは幼少の記憶、見たくない過去、思い出したくない感覚。


海に落ちて息が出来なくなって起きる、いつもそれの繰り返しだった。なのに今日だけは違った。

今日は彼が助けてくれた。

夢の中まで助けてもらうなんて不思議な話だなと思う。どこまで彼に甘えっぱなしなのだろうか。


そんな事を考えながらベッドから下り、パジャマから普段着へと着替える。部屋に備え付けてある鏡とにらめっこし、寝癖等が無いかチェックする。


…うん、大丈夫。


いつもあの夢を見た後は自分でも分かる程顔色が悪いし気分も悪い、けれど今日はそんな事ないみたい。

食欲もいつもと変わらないし、ちょっと遅くなったけど食堂に行こう。アネットや弥生はもう食べ終わっている時間だけれど。
恐らくヒューイかグレイならまだ居るんだろうし。

そう思いながらドアをくぐると、



「あ、おはようモニカ」



―…彼が『101号室』から出てきた。



「いつもより遅いな、よく眠れてたのか?」



欠伸をかみ殺しながら微笑むスレイン。ラミィは傍に居ない、弥生かヒューイと一緒なのかしら。


何故か唐突に脳裏にさっきの夢がフラッシュバックする。


――彼らの罵声、強く押された体、宙に浮く、激しい水飛沫、沈む体。



「モニカ…?」



――スレインの声。海に射し込む光。伸ばす手。伸ばされる手。


いつの間にか目の前に立っていた彼の手が私の頬を撫でる。彼の指が濡れている。



「なんで泣いてるんだよ」



彼に言われて初めて自分が泣いている事に気づいた。
彼の手を、自分の頬を、止まらない涙がどんどん濡らしていく。



「……何かあった?」



優しく問いかけてくれるスレインに私は首を横に振る、なんで泣いているんだろう。
胸の奥にモヤモヤしたものが残っているみたいにスッキリしない。この気持ちは何なんだろう。…分からない、涙も止まらない。

不意にスレインがしゃがみ込みながら私の背中に両腕を回した。彼の温かさに全身が包まれる。



「大丈夫だよ、モニカ」



幼子をあやす様に彼は私の頭を何度も撫でた。そうされるだけで胸の奥のモヤモヤが少しずつ消えていくのが分かった。

まるでスレインの言葉に“魔法”がかかっているみたい。惚れた弱みだけではなく、本当にそんな気さえしてくる。



「大丈夫だから泣かないでくれ、モニカの泣いてるとこ見たくないよ…」



困り果て溜め息混じりに呟くスレインの背中に手を回す。彼の存在を確かめる様に強く抱き着く。


……そうだ、さっきの夢では結局彼に手が届かなかった。だから胸の奥でモヤモヤしていたのだろうか、だとしたら私はどれだけ彼に依存しているのだろう。

依存しているのが私だけでなければ良いのだけれど。



「……スレイン」
「…ん?」
「……ありがとう」
「…うん」



今こうしてくれている事、夢の中で助けてくれた事、今までの事…此処に居てくれる事。

それら全部に込めた「ありがとう」。

きっと彼は気づいていない。
でも良いの、今はこれだけで。だからー…



「スレイン…」
「どうした?」



首を傾げる彼のベストを掴んで背伸びして、彼の頬に小さく口づけを送る。

普段しない私の行動に顔を真っ赤にする愛しい彼の耳許に口を寄せる。



「……大好き」



だから今は私の貴方への気持ちだけ知っていて?



『大丈夫』



―君が大丈夫って言えば

―私はきっと大丈夫


・End・


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(おまけ)

アパートの入り口にて。

アネット「ひゃーっモニカちゃんやるぅ!(ヒソヒソ)」

ヒューイ「あのチビッコが自分から仕かけるなんてなぁ大胆なんやな、意外と(ヒソヒソ)」

ラミィ『スレインさんもモニカさんもコッチに気づいてないんでしょうねぇ〜(ヒソヒソ)』

弥生「でもやはり覗き見は悪い事だと思いますよ…(ヒソヒソ)」


グレイ「…ヒソヒソしてねぇで部屋に戻ろうぜ」


・本当にEnd・


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ヒルクライムさんの『大丈夫』って言う歌を聞いてイメージした小説です。

歌詞的にはスレイン側の目線なんですが敢えてモニカ側の目線にしてみました。