フェザリアンと言うのはやはり“ヒト”とは別の人種だ。


―自身の背中に堂々と存在する翼も

―魔法を使えない体質、そしてその代償の様に優れた頭脳も

――その思考でさえも


何事も合理的に考え、そして実行する。勝算がないものには手を着けず個人の事情よりも社会、又は世界を優先する。己や家族ですら二の次なのだ。

社会の環に入ってしまえば其処に私事を挟まない。
一度挟んでしまえば心にある何処かしらの歯車が狂い出し、その小さな狂いが自身と言う社会の歯車でさえも歪ませかねないから。


その血が半分とはいえ流れているモニカも、やはりその資質を受け継いでいた。

あの小さな村にいた頃からフェザリアン特有の合理的思考が働いていた。そのせいか同じ年の頃の子供達よりも村の大人達よりも“社会”と言うものが見えていたし、時折関所街に足を伸ばし知人からの話や顔も知らない人達、兵士達の声を聞いていた。


モニカは人の視線にも敏感だった。
自分の生え変わらない未発達な羽に、飛ばないというその行動に、よく好奇の目が向けられていたから。

そして人の声にも敏感だった。
よく自分の影口を言われていたから。本当は耳を塞ぎたかった、だけど嫌な言葉程自然と耳に入ってきた。


しかし、その視線や声は少しずつ変化していた。彼らに会って、共に旅をする様になってから。

最初はただの道案内だった。
軍に奪われた食料を取り返してくれた三人の旅人へのお礼の様なものだった。
新天地を探す彼らを時空融合計画を行っている島に連れていくだけ、そう思っていた。


―変わった口調で喋るお調子者、なのに妙な所で達観している意外と切れ者の自称旅人ヒューイ・フォスター。

―明るくて元気も良いのに情にもろく、だけど決して挫けない心の芯が強い連邦議長の娘アネット・バーンズ。


―そして、人当たりが良く好感を与える笑顔を持っている心優しい…なのに剣を握るとその圧倒的な力で仲間を守る記憶を無くした少年スレイン・ウィルダー。

桁違いの戦闘力を見せる仲間達の中でも、彼の強さだけは軒並み外れていた。あのクロイツァー将軍をもたった一人で退ける程に。

なのに普段の彼は決して傲らず、誰に対しても分け隔てなく接するのだ。声をかけられれば笑顔を見せ、相談事をされれば親身に考えそして行動を起こす。

それは当事者以外からしたら何てことない小さい事だったり、大陸全土を揺るがしかねない大きな事でもあった。


――…連邦を守る闘いから世界を救う闘いへ。


お題目が変わろうと彼の資質は何も変わらなかった。
だけど彼を、モニカを含む仲間達を見る人々の目は少しずつだが変わっていた。

心優しい旅人から街や村を軍から守った戦士達、そして救世主(グローランサー)へと。


モニカに対する好奇の目は少しずつだが尊敬や期待の眼差しに変わった。それは心地いいものとは言い難く気恥ずかしいものに近かったが、以前のものに比べれば遥かに楽だった。

だが、やはりその眼差しを一番受けるのはスレインだった。
ローランド王国ではタイタンを7体も倒し、一騎当千と名高い帝国将軍にも劣らぬその強さは大陸全土に広まりつつあったからだ。

旅人達の間で噂が噂を呼び、村や街で話をして回ったのが原因なのだろう。旅をして行く中で人々の対応が少しずつ変わっていっていたのだ。

宿を取ろうという話になり、とある街に立ち寄った時の事。
仲間達は気づかなかったであろう、モニカだけ聞こえた小さな声。それは名も知らぬ少女達がすれ違い様にスレインを見ながら言った話し声だった。


――あの人がこの大陸の救世主(グローランサー)

――私たちなんかじゃ手の届かない存在


手の届かない存在?
そんな事ない、彼は決してそんな存在なんかじゃない。

彼は―…


――――…

―――…

――…

―…




歌声が聞こえる。静かに囁く様な、だけどどこか覚束ない歌声。
でもこの歌は知っている、これはフェザリアンの歌だ。フェザリアンに伝わる旅立ちの歌。

この声は…



―……目を少し開けるとまず飛び込んで来たのは目の前に静かに、だがしっかりパチパチと音を立てて燃えている焚き火。
次に飛び込んで来たのは焚き火を取り囲む様にして寝袋の中で寝息を立てている仲間達。


「…あ、ごめんモニカ」


歌声が止まったかと思うと、そんな言葉が隣から響いた。
顔だけそちらに向けると彼は…スレインは少しばつの悪そうな顔をした。


「小さく歌ったつもりだったんだけどな…うるさかった?」


モニカは寝起き後の独特な気だるさに勝てず微かに首を横に振っただけだった。だが、それを見てスレインは安心した様に小さくため息を吐いた。


「まだ眠れそうか?夜明けまでまだ時間はあるけど…」


スレインの問いにモニカは少し迷ってしまった。気だるさこそ有るがもう一度寝るには頭が覚醒してきているのだ、こんな時は起きてしまった方が楽だとモニカは知っていた。
上体をゆっくり起こしてモニカは隣に座るスレインを見る。彼は困った様に微笑んだ。


「……眠れなさそうか?」
「ちょっと厳しいかも」
「悪いな、暇だったからつい」
「寝ずの番で暇なのは良いけど油断だけはしないでね」


言葉に詰まったスレインは頬を掻いた。


「モニカの言う通りだ、気をつけるよ」
「……ねぇ一つ聞いて良い?」
「うん?」
「さっき何で“あの歌”を歌っていたの?」


それはモニカの素朴な疑問だった。フェザリアン達の中ではあの歌は故郷を巣立つ時や惜別の時にしか歌わないのだ。その事を彼は知らないのだろうか。
するとスレインは夜空をゆっくりと見上げた。


「……あの時、モニカが歌ってたから」


モニカもつられて夜空を仰ぐ。雲一つなく星達が自身の存在を存分に引き立たせている、見とれてしまう様な夜空。

そうだ、あの時も……時空融合計画で新天地へと旅立つ人々へ歌を捧げた時もこんな綺麗な夜空だった。

スレインは夜空に向けて手を伸ばしていた。


「今日みたいに夜空が凄く綺麗でさ、その中で歌ってるモニカも歌声も本当に綺麗だったから」


そんな台詞をさらりと言ってのけるスレインにモニカは思わず俯いた。
自分の頬が熱くなるのが分かったからだ、鏡で見たら真っ赤なのだろう。心音も早くなる。

彼はいつだってそうだ。モニカが思わず赤面してしまう様な台詞も言うし、びっくりしてしまう様な行動にだって出る。
だがそれが不思議と嫌ではないのだ、恥ずかしいのはもちろんだがむしろ嬉しく思えてしまう。

その理由をモニカは知っている。簡単な事なのだ、ただ自分が彼に惹かれているというだけの事。

何にでも一生懸命で誰にでも優しくて温かくて、ここぞと言う時の決断力もある。彼は強いのだ、それは戦う為の強さだけではなくて戦わない為の強さも含めて。

なのに少し不思議な雰囲気を感じる時もある、どこがと聞かれてもモニカには答えられないだろう。だが不意にそう感じる時があるのだ。
そしてその雰囲気にひどく落ち着くのだ、これも何故だか分からないのだが。


「なぁモニカ」


スレインの声で思考の渦から抜け出せたモニカは彼の方を見た。スレインは伸ばしていた手を見つめていた。


「見えるのに、届かないってのはやっぱり辛いんだろうな。見えてるのに、聞こえるのに、其処に居るのに手を伸ばせないのは…」


届かない。
見えているのに、聞こえているのに、其処に居るというのに。

スレインは星に何を例えているのだろう。何を思って、その存在を重ねているのだろう。


――手の届かない存在


不意にモニカの脳裏に名も知らぬ少女の声が過った。

あの少女は言った、スレインが手の届かない存在だと。それは違う、彼はそんな存在じゃない。

確かに彼はこの世界を救おうと日夜戦っている。困っている人が居れば助ける、帝国将軍にも負けない強さを持っている。

だけど彼は“ヒト”だ。嬉しい時には笑顔を見せるし、悲しい時には涙だって流す、本気で怒る時だってある。

こんなにも人間らしい彼のどこが手の届かない存在だろうか。


――……ぎゅっ


「……モニカ?」


頭の中で彼の為の言葉が溢れんばかりに浮かんでくるのに、何一つ言葉に出来ない。だからモニカは行動に出るしかなかった。

行動と言ってもスレインの服の裾を小さく握りしめるぐらいだったが、今のモニカにはコレでも精一杯なのだ。


――アナタは手の届かない存在なんかじゃない、確かに此処に居るんだよ。そう思いを込めて。


「……ありがとう」


スレインはそう言って夜空に伸ばしていた手を下ろし、そのまま裾を握るモニカの小さな手を包み込む。
自分の気持ちが伝わったのか伝わってないのか、モニカは分からない。だが手を握っていてくれる彼が微笑んでいる、それだけで充分なのだ。


(手を伸ばす)



――アナタは此処に居るよ。


・End・


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スレインが「見えるのに、届かないってのは〜……」と言っていたのはグレイの事です。伝わっていたか不安な文なんで補足を(笑)
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