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天高くその姿を見せていた太陽が、地平線へとその身を落とし始めた。その綺麗な夕焼け色を背負いながらスレインは家路を辿っていた。

片手に先ほど店で買った食材の入った袋をぶら下げ、逆の手で買い物に着いて来た娘の手を握っている。娘の方はというと、片手は父と手を繋ぎながら、逆の手にはお店の人にオマケで貰ったリンゴを大事そうに抱えていた。



「リンゴ、貰えて良かったなアニィ」



スレインが声をかけると、アニィは嬉しそうに大きく頷いた。



「うんっうれしい!」
「晩ご飯の後で食べるか?」
「食べるです!アニィとおねぇちゃんとおにいちゃんとパパで食べるですっ」



アニィの口から出た名前に、本来出る筈の名前が1つ足りない事にスレインは気づいた。
だが、だからと言って何かが出来る訳ではなかった。


此処に居る筈のその人は、
今居ないのだから。



「ぅあっ」



娘の小さな悲鳴でスレインは思考の海から脱出出来た。


そして彼の頭が状況を理解する前に、体が反応する。
足をもつれさせ転びそうなアニィを、手を引っ張り上げる事で体勢を立て直させた。

目をぱちくりさせているアニィと視線を合わせる為にスレインはしゃがみ込み、握っていた手を離して空いたその手で娘の頭をコツンと小突いた。



「リンゴに気を取られて転びそうになっただろ?…やっぱり、リンゴはパパが預かるよ」
「……ごめんなさい」



眉を垂れされアニィがおずおずとリンゴを差し出すと、スレインがソレを受け取り、袋の中に入れた。



「……まぁパパも本当はアニィの事を怒れないんだけどね」



アニィが首を傾げると、スレインは娘の頭を撫でた。



「パパもさっきちょっと考え事をしてたんだよ」
「かんがえ事です?」
「うん…」



なんて伝えたら良いかとスレインは頭の中で試行錯誤した。しかしアニィに分かる様に話す自信がなく、適当にはぐらかそうと口を開こうとした。

すると今までスレインを見上げていたアニィが別の方を見つめていた事に気づいた。


スレインがアニィの視線の先を辿る様に目を追うと、

ソコにあったのは
母親であろう女性と娘であろう女の子が手を繋いで楽しそうに歩いている光景だった。



「アニィ」



スレインが名前を呼ぶと、アニィは驚いたのか弾かれた様に振り返った。



「……寂しいか?」



たった一言だけスレインがそう尋ねると、アニィの瞳が揺らぎ、次の瞬間には俯いてしまう。そしてちょっとだけ間を空けてから首を横に振った。



「…パパがいるから、さびしく…ない、です…」



アニィの言葉に、スレインは目頭が熱くなるのを感じた。娘の声は辿々しく、その小さな体と同じ様に震えていた。


本当は寂しいのに、
スレインに心配をかけないようにと、困らせないようにと、

ソレを隠し誤魔化そうとするその姿は健気でもあり悲しかった。


寂しい気持ちを他人に気づかれない様に隠そうとするところは、今此処に居ない彼女に似ていた。



「……アニィ、ごめんな」



袋を置き、スレインが震えているアニィを優しく抱きしめる。



「パパじゃママの代わりにはなれない。だけど、アニィの事をいっぱい愛してあげるから。だから…」
「―……その言い方だと…」



スレインの言葉を遮ったのは、アニィではない別の声だった。

その声に覚えがある彼と娘は、思わず声のした方を向いた。



「まるで私が死んでしまっていて、この世に居ない様に聞こえるんだけど…嫌がらせ?」



其処に居たのは、
二人が待ち望んでいた存在だった。



「モニカ…っ」
「ママ!」



立ち上がり駆け寄ろうとしたスレインをモニカは手で制した。
彼が怪訝そうな顔をしていると、彼女は待ってと口パクで伝え、少しだけかがんで両手を広げた。



「アニィ、おいで」



呼んでもらった事でモニカの意図を察したアニィが、ぱぁっと顔を輝かせる。

そしてそのまま走り出し、モニカの胸に飛び込んで行った。



「ママっ!」



小さな我が子を抱きしめ、モニカが微笑む。



「ごめんね2週間もお仕事に行ってて…寂しかったでしょう?」
「ううん、パパもおねぇちゃんもおにいちゃんもいたからさびしくなかったですっ」
「…そう、偉いわねアニィ」



そう言ってモニカが髪を撫でてあげると、少ししてアニィからバツが悪そうにおずおずと顔を上げた。



「……でもね、ほんとはママに会えなくてちょっとだけ…さびしかったです」



アニィの言葉にモニカは1度だけ頷き、



「……ママもね、アニィやスピカ達に会えなくてちょっとだけ寂しかったわ」



スピカ達には内緒ね。と、モニカが呟くとアニィは大きく頷いて口元に指を当ててシーっとジェスチャーする。
モニカもアニィと同じポーズをとり、二人して顔を見合わせて楽しそうに声を出してクスクスと笑いあっていると…



「……二人共パパの事忘れてないか!?」



そんな声と共にモニカからおあずけをくらっていたスレインが、二人をまとめて抱きしめる。



「パパ!」
「ちょっと…っもう、いつまでも経っても甘えん坊ねパパは」



きゃっきゃっとはしゃぐアニィと、言葉とは裏腹に嬉しそうに目を細めるモニカを抱き上げスレインが笑う。



「そうだよ俺は変わらないさ。いつまでもママとアニィとスピカとレインが大好きなパパのままだよ」
「アニィもパパだいすきー!」



嬉しいなーとデレデレしているスレインにモニカが小さく溜め息を吐く。
するとそれに気づいたスレインが、



「……大事な事を言い忘れてたんだけどさ」
「なに?」



問いかけるモニカの頬に触れるだけのキスをする。



『おかえり』



「…ただいま」
「ママおかえりなさいですっ」
「ありがとうアニィ」
「さっ立ち話もなんだから帰ろうか。ご飯も大体出来てるし、スピカとレインも待ってるよ」
「あのねっご飯ね、おねぇちゃんとおにいちゃんとアニィも手伝ったです!」
「本当?スゴいのね」
「だいぶ上手になったよ、買い物に行ってる間の鍋の火も見てもらってるしな」
「はやく帰るですっ」
「あぁ、そうだな」
「えぇ、帰りましょうか」



・END・
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初めて書いたウィルダー家族。
母の日にアップ出来て良かったー。

モニカがお亡くなり風な初盤〜中盤の文面はわざとです(笑)
ネタとしてだいぶ前から有ったので書けて良かったです。