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当サイト「翔べない鳥には歪んだ鳥籠を」の続編になります。

・狂愛
・死ネタ
・直接表現は無しですがR表記


嫌な予感がする方はここでリターンをお願いします。


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控えめなノック音が響き、少女は読んでいた本から顔を上げる。
年老いた執事がドアを少し開けて確認し、訪ねて来た来訪者を快く受け入れた。

少女がドアの方に目を向けると、ソコに立っていたのは村で唯一とも言える少女の親友だった。



「モニカちゃんっ」
「…こんにちは、ミシェール」



ミシェールは窓ぎりぎりまで椅子を動かして腰を下ろし、モニカも執事が用意してくれた窓に近い所に置いてある椅子に腰かけた。

彼女達を阻むその硝子窓さえなければ、それはごく普通な少女達の話し姿だった。



「久しぶりねモニカちゃん」
「えぇ、7日ぶりかしら。元気にしてた?」
「うん、モニカちゃんは?旅で無理したりしてない?」



久しぶりの来訪者に胸を踊らせているミシェールから一瞬だけ目を逸らし、モニカは答えた。



「……無理なんてしてないわ、大丈夫よ」
「良かった。私は外に出た事ないけど、本で読んでたら旅は大変だって書いてあったから。それに…」



ミシェールの死角になる所でモニカは拳を握り感情を抑え込む。

分かりきっている親友の言葉の続きを、モニカは耳を塞いで拒絶したかった。



「スレインさんと二人で旅してるんだもの。あ、スレインさんが悪いって訳で言ってるんじゃないの…ただやっぱり二人旅って大変なんじゃないかと思って」



モニカの掌に爪が食い込む。

僅かに俯いて瞼をギュッと閉じる、そうしていないと瞳から涙が溢れ出そうになってしまう。
あの頃から少し伸びた前髪が目元を隠してくれる事が幸いした。




今のミシェールには、
仲間達の記憶が無かった。

消されてしまったのだ。
一欠片も残る事なく、元から存在しなかったかの様に。


…彼の暗躍によって。



(翔べない鳥と忘却の少女)



モニカが全てを失ったあの日から数十日後、やっと彼女はミシェールに会う事が出来た。

その時の親友はあの日以前の頃から何一つ変わっていなくて、それだけでモニカの心は救われた。


久しぶりに感じる懐かしさと安心感から、モニカは何も知らないミシェールの前で泣き崩れた。

初めて見る少女の姿を慌てしまった親友が懸命に宥めている時、

聞いてしまったのだ、



「アネットさん達は今日は一緒じゃないの?」



と。


ミシェールからしたらそれは親友の気を紛らわす為の言葉だったに違いない。
しかし…その一言はモニカの涙を止めさせるには充分すぎる言葉であると同時に、彼女の感情を凍らせるのにも充分すぎる言葉だった。


今はもう居ない仲間の名前は、

モニカの耳に残酷すぎるぐらいに淀みなく響いて。


あの日の記憶を呼び起こさせるのは簡単だった。



…血塗れで倒れている仲間達、


…赤い水溜まりの中で嘲笑う宿敵、



「……や、ぁ……っ…」



そしてその隣に居るのは、

…自分達を裏切って仲間を斬り捨て、

さらには世界を見捨て、


……自分の全てを奪い、何もかもを縛った、


かつての仲間、



「…………ぃ…や…」



狂気の色に歪んだ瞳で、

獲物を捕らえた捕食者の様に嬉しそうに微笑んで、


彼の手が服の中を蠢く、

抵抗しても抑えつけられて、



(……いやっ、)



泣いて叫んでも彼は大丈夫としか返さない、手も止まらない、



(いやだ…やめて……っ)



恐怖しかなかった、

彼にされる事全てが未知の領域でしかないのに、

彼は何の躊躇いも遠慮もなかった、



(やめて、お願いっ…お願いだから)



彼が一度だけ、手を止めた

そしてゆっくりと微笑んで一言だけ、



『入れるよ、モニカ』



(いやっスレインやめて、やめてぇ…っ!)



「いやぁああぁああっ!!」



仲間も自由も自分自身を…全てを奪われた時の記憶がフラッシュバックし、モニカは悲痛な叫び声を上げて踞ってしまった。



「モニカちゃん?大丈夫!?どうしたのモニカちゃん…っモニカちゃん!!」



ミシェールの必死な声と忌まわしい記憶が急激に遠ざかっていくのを感じながら、モニカの意識はそこで途切れてしまった。



――――――――――――――



ミシェールの家で気を失ったモニカが次に目を覚ましたのは、彼が用意し彼女があの日から寝起きしている部屋の中だった。
気を失った後、スレインがここまで抱えて来たらしい。

どこか具合が悪いところは無いかスレインに尋ねられたが、モニカは黙って首を横に振った。

どれだけ眠っていたか分からなかったが体はダルいだけで楽だった、精神的には参っていたが…それをスレインには言いたくなかった。



……それから数日後。
モニカはスレインに連れられミシェールの元へと向かっていたが、その足取りは重たかった。

ミシェールの前であれだけ取り乱したのだ、無理もない。
何も知らない彼女にどう言い訳をすればいいかなんて、たった数日の間で浮かぶ訳もなかった。


しかし、言い訳なんてそんなもの必要なかった。

数日ぶりに会ったミシェールはこう言ったのだ、



「久しぶりね、モニカちゃん」



と、
普段と何も変わらない調子で、いつもの笑顔で。

まるで数日前の出来事が無かったかの様に。


愕然として言葉が出ないモニカの横で、スレインが話し始めた。

二人で旅に行っていたから会いに来るのが遅くなった、と。
事実にもない事をべらべらと言ってのけるスレインの傍で、モニカは唇を噛みしめたまま彼と親友が楽しそうに話しているのを俯いたまま黙って聞いていた。


そうしてモニカがミシェールの家を出るまで口を開く事はなかった。



「……何をしたの」



モニカが口を開いたのは、スレインと一緒にトランスゲートをくぐってからだった。

前はトランスゲートをくぐれば仲間の研究所へと繋がっていた。
様々な書物と多数の研究道具に囲まれ研究に没頭していた年老いた仲間の居た、あの研究所に。


だが、あの日を境に中央ゲートのパーツをジェームズ城の一角にあるトランスゲートに移し変えられた。
今、中央ゲートの役割を果たすのは研究所のトランスゲートではなく、ジェームズ城のトランスゲートになっていた。本来ならモニカやスレインの様な人間が入る事の出来ない場所である。


しかし、モニカは連れて来られた日から城の住人や使用人、兵士の姿を一度も見かけた事がなかった。

今やジェームズ城にその城の名を持つ主も居ない。
居るのは世界を破滅へと導いている一派の人間と彼とモニカだけだ。



「……ミシェールに、何をしたの」



部屋に着いても何も応えないスレインに痺れを切らし、モニカが再度問いかけるとやっと彼は彼女の方を見ないまま応えた。



「俺はミシェールには何もしてないよ」



何か含みのあるスレインの言い方に、モニカの神経は逆撫でされていく一方だった。



「…“ミシェールには”ってどういう事。それにその言い方だとまるで貴方が何もしていなくても誰かがミシェールに何かをした、って解釈出来るんだけど」



スレインの態度に苛立っているモニカの口調はその冷静な解析とは裏腹に激しかった。
だが、彼はそれを聞いても背を向けたまま小さく笑う。



「怒るなよモニカ。俺はモニカの為にしただけだよ?」
「ミシェールの記憶を消すのが私の為?…ふざけないで」



明らかに敵意を込めてスレインの背を睨み付けるモニカに、彼が彼女に向き直って困った様に眉を下げた。



「だって辛かっただろ?ミシェールにみんなの事を聞かれた事が、みんなは俺に殺されたんだって説明出来たか?」



スレインの言葉にモニカは唇を噛みしめた。


…言える訳ない。

ミシェールが心を開いていた仲間達はみんな殺されただなんて。

リーダーであったスレインに殺されただなんて。


仲間達の中でもモニカの次に心を開いていたスレインに“友達”だった仲間達がみんな殺されただなんて。


そんな事を言えば体が人一倍弱く、人一倍心優しいミシェールの心は壊れてしまう。

…だから言い訳に悩んでいたハズなのに。



「……出来ないだろう?だから俺はバーバラにミシェールの記憶を消してもらったんだ」



バーバラ。

元帝国の宮廷魔術師で、元は弥生と同じ月のお社で働いていた月の精霊使い。
だが今は精霊使いの役目を放棄し、シオンの手助けをしている。

月の精霊使いは人の精神を操る事が出来る。記憶操作なんて簡単だろう。



「まぁ殺しても良かったんだけどね、モニカを傷つけるぐらいなら居られても困るし」



なんて事もない様に呟くスレインに、モニカは急激に血の気が引いていくのが分かった。気づいてしまったその事実に、体が震え出す。


彼の中でミシェールはその程度の存在なのだ。

私が必要としているから生かしている。でも、私を傷つけるぐらいなら殺しても構わないと。

かつて仲間達をその手にかけた様に。



「でも、モニカと約束したからな」



震えるモニカの頬を、スレインの手が壊れ物を扱うかのように優しく撫でる。



「ポーニア村の人は殺さないってさ、約束は守らなきゃな。……まぁ、バーバラとの契約もあるから殺せないけど」



何故そこでバーバラの名前が出るのだろう。

体の震えが未だ止まらないモニカの頭の片隅で疑問の声が上がる。しかしその声に対する答えは出なかった。

不意にスレインがモニカの頬を撫でていた手を彼女の腕へと下ろし、掴んで引き寄せ強く抱きしめた。



「だけど」



スレインに耳元で囁かれた事にモニカが気づいた時には既に視界が反転していた。背中はソファーに押しつけられ、目の前にはスレインが覆い被さる様にのしかかっていた。



「俺の前でミシェールの話ばかりされると妬いちゃうなぁ」



この状況でこの後どうされるか悟ったモニカは僅かな抵抗として瞳を閉じた。今からされる事を拒絶出来ない、だから見る事だけでも避けたかった。

しかしスレインにはその意図は伝わらず、



「……一つになろう、モニカ。愛してるよ」



そう嬉しそうに呟き、
スレインの手がモニカの頬、首筋、とゆっくりとなぞり、
そして衣服へと伸ばされた。

されるがままになっているモニカの瞳から一筋の涙が溢れる。

だが、その涙の真意がスレインに伝わる事はなかった。


・END・

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続きました。
前の小説で続きは書かないと言ってましたが、アレは嘘だ←

スレイン君12歳に手ぇ出しちゃったよ(18禁的な意味で)


えーっと、今回の話の流れが

モニカの現在
(モニカとミシェールの対面)

モニカの回想@
(ミシェールの記憶が消される前)

モニカの回想A
(@の数日後、ミシェールの記憶が消された後)

でした(自分でも書いててごちゃごちゃしてました←)


次回はモニカの現在に戻り、
ミシェールとのお話し回になります。

………完結まで後何話かなぁ←