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学校帰りの夕日が照らすオレンジ色の道を二人で歩いていると、隣に居たモニカが足を止めた。



「……この歌…」
「歌?」



俺も足を止めて耳を澄ましてみる。すると小さな声ではあるが確かに歌声が聞こえた。
小学か中学の音楽の授業で習った歌だ、タイトルは確かー…



「『翼をください』か」
「えぇ、そうみたいね」



どこかの家で練習しているんだろう、軽やかなピアノの音律と楽しそうに歌う声。
懐かしくってピアノの音に合わせて鼻歌を口ずさんでると隣でモニカがぽつりと呟いたのは、



「『この大空に翼を広げ飛んで行きたいよ』…ね」



翼をくださいの歌詞だった。



「スレイン、覚えてる?」
「何を?」
「私が1年生の頃にこの歌で馬鹿にされて、スレインが怒って喧嘩になった事」
「……あー…うん、あったな、そんな事」



確かアレは俺が小6だった時の事だ。小学校に上がったばかりのモニカが中学年の男子に寄ってたかってイジメられていた。

授業で習ったんだろう「翼をください」をバカみたいに大きな声で歌って、こう言って笑っていた。


飛べない羽なんてイラナイねぇよって、


願い事聞いてもらってこんなのが生えたらイヤだよなって、



あの頃の俺は多分グレイより沸点が低くて、気がついたら年下のソイツらを殴り飛ばしてた。
それから派手な喧嘩になったんだよな。一緒に居たグレイが止めに入ってくれても、それでも俺は止まらなかった。



『モニカに謝れ』



ただソレだけ叫んで暴れた、何度殴られても殴り返して。

結局騒ぎを聞きつけた先生達にみんな捕まって、喧嘩両成敗って事でみんなで罰として2時間正座…なんて事に。



「……うーん、今思い返すと若かったなあの頃の俺は」
「台詞がおじさん臭いわよ、スレイン…でも」
「でも?」



続きを聞こうと聞き返すと、モニカが顔を背けてボソッと



「…助けてくれて本当に嬉しかった」



とだけ呟いた。

でも、それだけでもあぁ良かったなって思える。グレイが聞いてたら親バカならぬ恋人バカか、とか言ってきそうだけど。



「……ねぇスレイン?」



モニカに名前を呼ばれたからそっちを向くと、背けてた顔をこっちに向けて俺の目を真っ直ぐに見つめていた。



「もし、願い事が叶うなら白くて大きいこの空を飛べる様な…そんな翼は欲しい?」



―今、私の願い事が叶うならば
翼が欲しい


―この背中に鳥の様に
白い翼つけてください



もし、この歌通りなら「欲しい」と言うべきなのかもしれない。



「……小学生ぐらいの頃は欲しかったんだ、空を飛べるぐらいの大きな翼。そんな翼が俺にあったらモニカの手をひいて空を飛べるから」



俺が空を飛びたいんじゃない、モニカに空を飛べる感覚を味わってほしかった。



「だけど、それはルーミカさんやリナシスさんにも出来る。俺がしてやる事じゃない」



それに気づいたのが高学年に上がった辺り。



「…中学生ぐらいの頃はモニカと同じ翼が欲しかった」



空を飛べない翼、未発達の成長途中の幼い羽。



「そうすれば、モニカの気持ちが分かるかもしれないって思ったから」



同じ立場に立てばきっと気持ちが分かる、そう思ってたけど



「でも、モニカがそれを望むのかって考えたらそうじゃないって分かった」



同情なんてモニカは望まない、
それに気づいたのが2年生になった辺り。



「……それなら、今は?」



モニカが先を促す。俺はモニカの手をとって、両の手で包み込んだ。



「今は…何もいらないよ。モニカと手を繋ぐ為の手と、モニカと一緒に歩いて行く為の足があれば俺には何もいらない」



大きな翼で飛ぶ事も、

未発達な羽を携える事も、


俺には必要ない、
だって俺は…



「俺はモニカと一緒に居られるなら、それだけで願い事が叶ってるんだから」



モニカの傍に居られる様に、
それだけが俺の願い。

傍に居れるなら支えてあげる事も、同じ気持ちを共有する事も出来るから。



「………スレイン」



少し震える声で名前を呼ばれた。でも、モニカはそのまま何も言わないで俺の両手におでこをこつんとのせる。
雫が俺の手にぽたぽたと降りだしていた。



「ありがとう…大好き」



掠れ気味の小さな声でモニカはそれだけ呟いた。



「俺も大好きだよ…傍に居させてくれてありがとう、モニカ」



それに応える為に少ししゃがみ込んで、モニカの髪に触れるだけの口づけを送る。

本当は抱きしめたいし口にしたいけど、両手は塞がってるしモニカも泣き顔を見られたくないだろうから我慢しよう。

抱きしめるのもキスするのもいつでも出来るし。今はこれだけで充分だ。

彼女が傍に居る事を感じられればそれでいい。


モニカが泣き止むまでの少しの間、立ち止まっている俺達を遠くから響く微かな歌声と姿を大分隠した夕焼けが包んでいた。


(この大空に翼を)


広げなくたって構わない、

俺達は手をとって歩いて行けばいいんだから。


・END・
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最近高那の家の隣の小学校で歌ってたので…

やっぱり当事者目線は書きづらい!\(^o^)/←