【迫られた選択を前に、】の続編になります。
読んでいなくても読めます。
それでも大丈夫な方のみ先にどうぞ…。
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徐々に姿を隠していく夕日を背に俺は一人、モヤモヤしながら家路を歩いていた。
…このモヤモヤは一体何が原因なんだろう、
モニカの海外留学の話?
それをモニカが黙ってた事?
ゲルハルト先生の言葉?
それを納得してしまった事?
……あぁ、多分全部なんだろうな。もう何が何だか分からない。
違う、分かりたくないんだ。
俺が今モニカの為にしてやれる事が何なのか…。
自分の考えに気づかないフリをして、蓋をして。そんな事したって意味なんかないのに。
モヤモヤした気持ちを抱えたまま家に入ってリビングに行くと、先客が居た。
ソファーに座ってテレビを見ている双子の弟、グレイ。ドアを開けた音で気づいたのか、コチラを見ないまま声をかけてきた。
「よぉお帰り、兄貴」
「…あぁただいま」
持っていた鞄なんかの荷物をテーブルに置く。冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを一本取り出し、それを飲む。
今日のそれはいつもより冷たい気がした。
「珍しいよな」
何口か飲んでミネラルウォーターを冷蔵庫に納し、首を傾げる。
珍しい?何がだろうか、主語がないぞグレイ。
「……なにが?」
「兄貴が授業サボったの、滅多にないだろ?」
オレと違って、と呟くグレイ。
ゲルハルト先生の話を聞いた後、結局俺はまともに動けずやっと教室に戻れたのはHRの前の事だった。
でもどうグレイに言えば良いんだろう、まずモニカの海外留学の話を知っているのかすら…
「……そんなにショックだったのか?海外留学の話」
一瞬、時が止まった気がした。
正確に言うと気がしただけだから止まった訳ではないんだけど、いやそんな事じゃなくて…
「それとも『お前が居るからモニカが留学する気になれないんだ』とかってゲルハルトに言われた事の方か?」
「お、おい!何でそんな事まで知ってるんだ!?」
あの時は俺と先生しか居なかったし、俺も…多分先生も誰にも話してないのに。
「トニーに張らせてた、兄貴が連れてかれた後すぐにな」
トニー…確かキルシュラーンド学園一の情報屋って自称してる一つ下のヤツ。前にトニーが不良にやられてた時に偶然通りかかったグレイが助けてから、それ以来『ダンナ』って呼んで慕ってるんだったっけ?
…と言うか、よく先生相手に尾行とか盗み聞きとかやらせたな。
「……命知らずだな」
「アイツは喜んでたけどな、ゲルハルト相手に情報を聞き出せたってよ。まぁそんな事よりさ、兄貴…」
つけっぱなしだったテレビの電源を消し、座ったままグレイがこちらに顔を向ける。
「兄貴はどうするんだ?」
「…どうって何が?」
「モニカの事、と言うか留学についての事だな。兄貴はどうする気だ?」
どうするもこうするもないよ。
俺には…
「……先生の話、聞いたんだろトニーに。だったら分かるだろ俺がどうするかは」
「あぁゲルハルトの話は聞いたな、だけど兄貴の言葉は聞いてない」
ダメだよ、グレイ。
俺には、そんな権利ない。
「…分からない奴だな。先生が言ってた事は正しい、それを覆せると思うか?」
今の状況を客観的に見たら誰だって俺のせいだと言うだろう、俺がモニカのお荷物だって。
グレイの表情が険しくなってきた。膝の上で拳を握ってる、感情を抑え込んでる時のくせだ。
「……じゃあ言い方を変えてやる、兄貴はどうしたい?」
どうしたい?
どうするのかと聞くのと何も違わないじゃないか、何でわざわざ同じ事を何度も聞いてくるんだ?
「……何が言いたいんだ」
俺の返事にグレイは一瞬眉をひそめたかと思うと、立ち上がって何も言わずドアに向かって歩き出した。
「おい、グレイ!」
「…外に出てくる、今の兄貴に何言っても無駄みてぇだからな」
ドアを乱暴に開け、去り際にグレイが呟く。
「……後悔してからじゃ遅ぇんだぞ」
俺が何かを言う前にグレイはドアを勢いよく閉めてしまった。
「後悔してからじゃ…か」
一人残されたリビングでさっきのグレイの言葉を繰り返す。
そうだ、きっと後悔する。
このまま留学の話を了承しなかったら遠くない未来にモニカはきっと後悔してしまう。
このままじゃ…ダメなんだ。
ポケットに入れていた携帯を俺は強く握りしめた。
(俺は君の手を、)
自分の部屋の中でスレインはベッドに深く腰かけ項垂れていた。いつもなら待ち遠しいのに、今回ばかりはそうはいかないらしい。
スレインの耳に玄関が開く音が微かに届いた。少しして階段を上っていく音に変わり、それがどんどん近づいて来る。
控え目なノック音がスレインの部屋に転がり込んできた。頭を上げてスレインはドアを見つめる。
普段の声を意識しながら良いよ、と返せばドアが開けられドアの向こうからモニカが姿を見せた。
いつもの彼ならそれだけで胸が踊り幸せな気持ちで満たされる筈なのに、今の彼の胸は違う気持ちでいっぱいだった。
「…お邪魔します」
「あぁ…いらっしゃい」
いつもの定位置であるスレインの隣に腰を下ろすモニカを彼は横目でチラリと見てみる。
いつもと変わらないモニカ。だけど、彼女に海外留学の話が上がっているのをスレインは知っている。
そして、その事をモニカは知らない。
今から何を話されるか知らないモニカは小さく微笑む。
「久しぶりね、スレインの部屋に来るの。会う時は大体私の部屋か外だから」
「あぁ…」
そんな何気ない言葉を投げかけてくるモニカにスレインは気の抜けた返事しか出来なかった。
「……スレイン?どうしたの?何かいつもと―…」
「なぁ、モニカ」
モニカがスレインの態度のおかしさに気づいて問いかけようとした、しかしスレインがそれを遮る様に口を開いた。
「……最近、変わった事…なかったか?」
「………特に何もなかったわ」
スレインの質問にモニカは少し俯き、横髪を耳にかけながら答えた。
彼は知っている、その行動は彼女が嘘を吐く時のくせだと。
「…いいよ、嘘なんか吐かなくって」
「別に何も嘘なんか…」
「モニカ」
少し声音を強めて名前を呼び、スレインは微笑んでみせた。自分でも上手く笑えていないと知りながら。
「……留学しに行っておいで、モニカ」
留学という単語が出た瞬間、モニカが弾かれた様にスレインを見上げる。
「どうして知ってるの…?」
「…どうして俺に黙ってたんだ?」
スレインの問いかけにモニカは首を横に振る。
「黙ってた訳じゃないわ、だってその場で断ったんだもの…留学には行かないって」
今度はスレインが首を横に振る番だった。
「行ってこい、モニカ。お前は行ってくるべきなんだよ」
「……どうして…?」
スレインを見上げていたモニカの瞳から一筋の涙が零れた。思わずその涙を拭おうと伸びそうになる手を、スレインは全神経を集中させて抑え込む。
今モニカに触れてしまえばきっと二度と手離したくなくなってしまうから。そうなってはいけないんだとスレインは自身に強く言い聞かせる。
自分の感情を抑え込むのに意識し過ぎたスレインはモニカの行動にとっさに対応出来なかった。
……彼女がスレインの胸元にしがみつくという行動に。
「…どうしてそんな事、スレインが言うの…?」
「……モニカ…」
スレインの制服を掴むモニカの手が、彼女の声と同じ様に震えていた。
…抱きしめたい、ほんの少しの隙間さえ出来ないぐらいに強く。
目許に、頬に、唇に、何度もキスをしたい…モニカの涙が止まる様に。
湧き出る愛情、
止まらない欲望、
しかしスレインはその感情の嵐にただ耐えるしかなかった。
「わたしは…ずっと一緒に、いたいのに……スレインとずっと、ずっといっしょに居たいから…だから、」
瞬間、スレインは体の芯が冷めるのが分かった。
今のモニカの言葉で思い出してしまったから、分かってしまったから。
『……恋は盲目、とはよく言ったものだな。愛情は時に人を惑わせてしまう、そう彼女の様に』
脳裏に過ったのは、あの時のゲルハルトの言葉。
分かっています、俺が今すべき事がなんなのか。心の中でスレインは自答した。
俺がするべきなのは、
モニカを抱きしめてやる事じゃない
俺がするべきなのは、
モニカを俺の手で送り出してやる事だ
「…モニカ」
震える声を振り絞り、スレインはモニカの肩を押しやった。
「モニカ、駄目だよ…お前は行かなきゃ駄目なんだ」
モニカは小さい子がする様に耳を押さえ首を横に振り、スレインの言葉を聞こうとしない。
スレインは身が裂かれる思いになりながら彼女の手を握り、耳から下ろさせる。
「聞いてくれ、モニカ…きっと今行かなきゃいつか後悔する事になる。お前の才能は本物で、お前の歌に対する気持ちも本物だ……だから、」
「……や…」
スレインの言葉を遮ったのはモニカの本当に微かな小さな声だった。しかしその小さな声にでもスレインは気づいて思わず反応してしまう、続けるべき言葉を止めてしまった。
「………いや…っ」
「…モニカ」
「…いやっ!!」
モニカはスレインの手を振り払い、拒絶の声を上げて立ち上がる。
スレインが制止する前にモニカは背を向けてドアへと駆け出した。
スレインはその手を掴もうと自身の手をー…
伸ばした。
伸ばさなかった。
・Next・
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続きます。
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