09
暗い空間に、ふわふわと浮いている感覚。
目に映るのは、ただただ暗く先が見えない闇。そもそも見えているのかも解らない。
一体ここは何なんだ。
この状況を全く理解することが出来ない。
目が覚めたらここに居た。…いや、もしこの空間が夢の中なのだとしたら、気が付いたら、の方が良いのかもしれない。
何をするでもなく、この訳のわからない空間に一人ぽつんといる私。
不思議と、声を出そうとか、動いて移動しようとかは思わなかった。
“…ど…て……”
突然空間に響いた女の人の声。
どて、土手……ってなんぞや。
“ど…して……が…”
どうして?
が…って何?蛾?
何を言っているのか全くわからず、頭を悩ませる私。
“なまえ……っ”
え?
今、私の名前…
「じゃあ、行ってくるわね」
「はーい!行ってらっしゃい」
ギャリーが大学に行くのを見送り玄関が閉まる音を確認した後、リビングに戻って全身の力を抜く。そしてそのままソファーに倒れ込んだ。
「どうして、かぁ……」
天井を見ながら、考える。頭を支配するのは今朝見た夢のことばかりだ。
『なまえ……っ』
辛そうに、悲しそうに私を呼んでいた声。
何故か懐かしいと感じた。
「あーっモヤモヤする!」
胸の部分に何かがつっかえてる気がしてならない。いや実際そうなんだが。
こういう時は気分転換が必要だ。
ということで。
「外に出よう。そうしよう」
*********
「そーいや、一人で外に出たことなかったなぁ」
記憶だけを頼りに、この前イヴと待ち合わせをした公園に向かう。
確かこのパン屋さんを左に曲がって…
「…あれ?」
どこだここ。
目に写るのは、見たこともない風景。
落ち着け、落ち着け。パン屋に戻ってみよう。
「パン屋……あった!」
あぁ良かった、と胸を撫で下ろす。
でも、一回間違った事でかなりの自信喪失をした私は、確実な方法としてパン屋の店員に公園の場所を聞くことにした。
ドアを開けたら瞬間チリンチリンと鈴が鳴った。
「いらっしゃいませー!」
出迎えてくれたのは、茶色の長い髪をポニーテールにした可愛らしい女の人。
…あれ?
「日本人……?」
顔つきからして、THE 日本人だ。
「あー!もしかしてお客様、日本の方ですか!?」
レジの棚から身を乗り出し、満面の笑みを浮かべる女性。
いきなりの事に驚いて、コクコクと頷くしかできない。
「やっぱり!」
輝く目が眩しいっす。
「パパー!日本人のお客様が入ったよー!!」
「何だってええ!?」
早い。スタンバっていたのかと疑いたくなるくらい早い登場だ。
「渚、それは本当か!!」
「パパ、本当だよ!現実だよ!」
ああ解った。この親子はバカなんだな。
「私渚っていうの!あなたは?」
「あ、えっと、なまえです」
「ね、良かったらお友達にならない?」
ちょ、展開!早すぎる!
キラキラと瞳を輝かせる渚さんに苦笑いする私。
「お願い……!私、日本人の友達少なくて………だめ?」
コテンと首を傾げ潤んだ瞳を見ながら私の手を握る。
よく見る展開だけど……か、可愛い。
「い、いえ、全然駄目じゃないです!」
そう言うと、先程の一瞬で落ちてしまいそうな顔から一変、嬉しそうな笑顔になる渚さん。
「本当?良かった!私の事は渚か渚ちゃんって呼んでね!よろしくねなまえちゃん!」
「よ、よろしくお願いします」
「きゃーもう嬉しい!」
抱き付かれたじたじになる私。
あ、この子、自分のペースにさせるのが得意だな。
そう、思った。
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