the irony of fate | ナノ


声を押し殺して泣いている名前を見て、胸のあたりが痛くなるのを感じた。完全に僕のせいだと思って戸惑っているのもそうだが、何より彼女の姿が小さくて。

この世界にいる名前は面倒くさがりなのではない。怖がりなのだ。

お互い黙っている時間はどれくらいだったのかは分からないが、隣から籠ったような声が聞こえた。


「……あなたの言う通りです。私はもう、傷付きたくないから、一人になったんです」

「…………」


落ち着いたのだろう。顔は依然ぬいぐるみに押し付けたままだが泣いている様子は無かった。


「中学の時のこと誰に聞いたんですか」

「顔を覚えてない」

「え……」


顔をあげた彼女は、目元が少し濡れていた。目は一瞬合ったものの、逸らされてしまった。


「……まぁ大体、予想はつきます。私と中学同じなの、一人しかいないから」

「男だったのは覚えてる」

「……私の、友達です」


彼女の声が暗くなったのに気付いた。


「仲良かったから……。女子って人を好きになると怖いですよね。それでなくても悪口とか平気で言う人ばかりなのに」


その言葉を聞いて、彼女が仲間はずれにされた理由はなんとなく理解することが出来た。


「それで、君が学校に来なくなった理由は?」

「……知られちゃってたんです。私が中学の時にちょっとしたいじめに合ってたのを。それで……」


逃げ出したんです、そう小さい声で言う彼女の表情は、俯いていてよく見えなかった。


「だから、何度家に来て私を説得しても行けません。そんな勇気私にはないです。それに、今さら行っても単位とれないから……留年しちゃうし……」


確かに一度逃げ出した所に戻るのは相当な勇気がいる。彼女の言うように、勉強面の問題も無視はできない問題だった。


「学校に来るのは嫌か?」

「……嫌、です」


本人が嫌なのであれば、無理強いをしてはいけないのではないかとも思ったのだが、一度"強制"だと言った手前取り消しにするのも面倒だ。


「僕に会いに来る目的で来たらどうだ?勉強だって、部活終わりでもテスト前でも教えてあげられる。挽回は出来るよ、君の頑張り次第でね」

「……」

「僕は嫌い?」


この質問は少し意地が悪かっただろうか。


「……嫌いではないですけど」


彼女の応えに少しだけホッとする。


「それは良かった。じゃあまずは敬語を無くそうか、同い年だしね」

「え、」

「それと、貴方、君じゃ呼びにくいから名前で呼ぶ事にしよう」

「……あの、どうしてそうなるんですか」


心底不審そうな顔をして眉を潜める姿は、本当に意味がわからないと思っているのが分かる位だ。


「名前を学校に来させるためだ。どれだけかかろうとね」

「……どうしてそこまでするんですか?他人の私に」

「言っただろ?僕は君に興味を持っている」

「それだけですか?」

「ああ」


名前は呆れた様子だった。確かに、もし名前が起こりうる世界に存在していても僕に関わりがなければこんな事はしていなかった。だが、キッカケと言うのはそんなものだろう。いつ何が起こるかわからないのだからそんな事を言っていてはキリがない。


「本当に……」


溜め息を吐きぬいぐるみに顔を埋めたと思えば、直ぐに顔をあげて僕の方を見る名前。


「変わった人ですね…………赤司君は」


たださっきと違うのは、名前を呼ばれたことと、僕の目を見て話している事だった。


まずは、一歩。


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