「うぇっ……」 変わらない。何も変わらない。 「……っ」 変わったのは私。私だけが変わってしまった。 悔しい、イライラする。行き場のない怒りがぐるぐる回って、体が震えた。 「疲れてないか?」 「うん、大丈夫」 手を繋ぐのが大分慣れた頃、赤司君は私の事を気遣う言動が増えた。心配をしてくれている事が嬉しくて、でも申し訳なくて。大丈夫だ、と言うのが精一杯だ。 「あ、赤司君。……お、お手洗い行ってくる」 「ああ、わかった」 久しぶりに空気に触れた左手。ドキドキから解放されて、少しだけ落ち着くことが出来た。 本当にトイレに行きたくなった訳じゃなくて、少し休息が欲しかった。一人で高鳴る胸を落ち着かせたかった。トイレの鏡を見ると少しだけ顔が赤くなっていて、その事にまた恥ずかしくなる。 戻ったらまた手を繋ぐのだろう。自分の左手を見て、少し嬉しくなり緩んでしまう顔を必死に隠した。 「……よし」 待たせてはいけないと思って、もう一度鏡を見た。 「……あれ?名前じゃない?」 「……!」 鏡の向こう側に映る人物と目が合い、思わず息を小さく吸い込んだ。 「久しぶりにじゃん。元気だった?」 私に笑いかけてこっちに来る姿は、私にとって苦痛以外の何者でもなくて。思い出される中学の日々に手を握りしめる事しか出来ない。 「中学の卒業以来だね。まぁ、無視してたから話して無いんだけど」 サラリと言ってしまうのは、彼女にとってはそれくらいの出来事だからなのか。私の苦痛は、彼女にとっては所詮他人事。 「ねぇ、もしかして私の事怖いの?……中学の事はさ、水に流してよ。昔の話じゃない」 何を言っているの、この人は。 笑って言うなんて。 「高校行ってないらしいね」 「っ!」 その一言に体がいっそう硬直した。 「なに、面倒臭いから行かない〜とか?」 誰の、せいだと思ってるんだ。 「真面目だったのに、不良になっちゃったもんだね」 ひん曲がったその性格は、高校に行っても変わらないんだね。 「まぁ、どうでもいいけど」 イライラする。イライラする。 鏡に映る彼女の姿を見るだけでどす黒い感情が渦巻いて、抑えた気持ちが今にも溢れだしそうだ。 「何か喋ったら?口持ってないわけ?」 私が何をしたっていうんだ。どうしてこんなところで喧嘩を売られなければならないんだ。どうでもいいなら話しかけなかったら良いじゃない。私の事を何も知らないくせに、憶測で物を言わないでよ。 私に、構わないでよ。 「……うざい」 「は?」 「うざいうざいうざい!!」 「な、」 「嫌い……大っ嫌い!!」 気付いたら彼女の方に振り向いていて、今まで口に出せなかった言葉を吐いていた。 彼女も私からそんな言葉を言われるなんて微塵も思っていなかったのか、目を見開いて固まっていた。でも、その表情はみるみるうちに歪んでいき、閉じていた口をゆっくり開いた。 「……おかしいんじゃないの?」 そう言い、私を睨み付け去っていった。 残された私に込み上げてくるのは、涙ではなく嗚咽。 back |