鏡に写った自分は酷い顔をしていた。目の下には隈があって、顔色も寝不足のおかげで幾分か悪い気がする。そして未だに胸のモヤモヤが取れない。不安で仕方がない。吐き気まで催す始末だ。 会いたくない、怖い、消えたい。 「はぁ……っ」 吐き気のせいで涙目になる。私の精神はなんて脆いのだろうか。自分の弱さを呪いたい。 でも、自分でもよくわかってる。これは逃げだ。出来ないなんて言っていつまでも引きずって部屋に閉じ籠ったままじゃいけない。それじゃあ前と変わらないじゃないか。 赤司君が私にここまでしてくれている意味を理解しなくちゃ駄目だ。私は頑張らないといけない。一歩踏み出さなきゃいけないんだ。 ジャアジャアと音を立てて出る冷たい水を両手で掬い、身を引き締めるように顔を洗った。 それでも、胸のモヤモヤが取れることは無かった。 一人で乗り越えるには、今の私では少々高すぎる壁であるのは重々承知している。気が重くて仕方ない。 ああ駄目だ、また気分が下がって気持ち悪くなってきた。しっかりしないと。 「っ…………」 リビングに戻ってソファーに座っていても、どうしようもない、行き場のない不安だけが渦巻いている。 それでも、時間は待ってくれない。 機械的な、インターフォンの音が家中に鳴り響いた。その音を聞いたとき嘘みたいに不安が無くなった。心の中で逃げられないと諦めが着いたからだ。 誰かも確認せず、玄関に一直線に向かった。ドアに触れるが、手を止めてしまう。でもすぐに力強く取っ手を握りガチャリとドアを開けた。 「あっ…………」 最初に声をあげたのは彼の方。久し振りに見た姿は、何も変わっていなかった。強いて言うなら、私が記憶していた時より髪の毛が短くなった事くらい。 「……久し振りだな。半年……くらいか」 「……うん」 「元気だったか?」 「……普通、かな。い、市村君は?」 「俺は、うん、元気……かな」 「そっか……」 お互いに何を話したら良いのかわからず、沈黙が流れた。 「…………あの、今日、何の用でうちに来たの」 一番聞きたくて、聞きたくない事を切り出す。 「……中学の時から、一度も話してないから」 「あのときは、仕方なかったよ。状況が状況だったし……」 なんとなく、ここに来た理由がわかった。私に謝罪をしに来たのだろう。その予想は的中で、私が答えたあと彼が小さくごめん、と言葉を紡いだ。 私は彼に謝って欲しいなんて思っていない。 「謝る必要なんてないよ」 「……どういう、意味で言ってる?」 不安げな瞳が私に向けられた。 「市村君は悪くない。だから謝らないでいい。……そういう意味」 「でも俺のせいで名前が……」 いじめを受けてしまったのに。その言葉を言うのを渋ったのか、視線を下に向けて何も言わなくなった。彼が思い悩むのも無理はない。あの時の一件があったせいで高校にも来なくなってしまったのだから。 でも私は彼を恨む気なんてさらさら無い。 これは私の気持ちの問題なのだから。 「今、学校に行くために努力してるの」 「え?……本当か?」 驚いたように問う彼の質問にこくりと頷いた。 「だから、その……行けるようになったら、昔みたいに仲良く」 「そんなの!!当たり前だろ!!」 急に張り上げられた声に肩と心臓が跳ね上がった。 「び、ビックリした……」 「当たり前に決まってる……!お前と居るの楽しいし、話とか合うし……俺の方こそ、昔と同じように接して欲しいって思ってるし……」 とん、とん、と下がっていくように、不安だった気持ちがスッキリしていくのが分かった。それと同時に鼻の奥がつんと痛くなって、視界がぼやけていく。 嬉しい。嬉しいなぁ。 涙が出そうなのに口元がにやけて仕方がない。とても変な顔をしているんだろうな。 「ありがとう」 昔みたいな笑顔が戻ってきた。 back |