the irony of fate | ナノ


外に出たい。


それが君の願いだった。今となっては叶えられなくなってしまった、過去の君の記憶。花の中で眠る君は、とても綺麗だ。笑う姿には負けてしまうけど。

何を思い出す?僕は幸せだった記憶しかないよ。どこかで僕を見ているのなら、いっそ連れていってくれないか。

意味を持たなくなったこの世界で僕はどうやって生きていけばいいのだろうか。人は一人では生きていけない。つまり、そういうことだ。

僕は君が居ないと生きていけないらしい。




***********




「あの、赤司君?」

「、なに?」

「ここの問題を教えて欲しいんですけど……」


名前の指差す先には、数学の問題。


「ああ、ここは……」


少し、ぼうっとしてしまったようだ。そんなことでは駄目だ、と直ぐに切り替える。

名前の家に通うようになってもうすぐ三週間ほど。たった三週間、されど三週間。僕にとっては昔からそうしているかのような日課に近い事になっていた。

勉強を教え始めたのは最近の事だ。物覚えの良い名前の勉強を見るのは楽しかった。僕達は初めて会ったときとは比べ物にならないくらい、まるで普通の友人のような関係になっていた。名前の方は相変わらず敬語のままなのだが。


「あの、ずっと言いそびれていた事があったんですけど……」


教えた通りに問題を解いていく名前がシャーペンを止めて僕の方に顔を向ける。


「家族に、その、打ち明ける事が出来ました。一週間くらい前ですけど……」


打ち明ける、とは、きっと名前が学校に行かなくなった理由の事だろう。


「お母さんもお父さんも、学校に行けるようになるまで待つって言ってくれました」

「そうか。良かったな」

「はい。それで、その……ありがとうございます。赤司君が居なかったら、言えなかったと思います」


少しだけ驚いた。お礼を言われるなんて少しも思ってはいなかったからだ。すぐにシャーペンを動かして問題を解いていく名前。まるで僕の返答から逃げるようだった。


「……僕は、他の世界に飛べるんだ」

「……えっと、どう反応したらいいですか」

「聞いてくれたらそれでいい」


怪訝そうな顔をする姿は予想済みで、それは誰に話したとしたも当たり前の反応だ。でも、たとえ信じてもらえないとしても、ただ聞いてほしかった。

パラレルワールドの事、夢ではあるものの起こり得る世界に飛べる事、何も変わらない僕の事、そして、名前の事。

一つ一つ説明をしていき、全てを話終える頃には時計の針はもうすぐ22時を指しそうになっていた。


「…………」

「信じられない、そんな顔だね」

「だって、そんな、」

「良いんだ、信じてもらえなくても。僕が話したかっただけだから。……そろそろ帰るよ」


時間も遅いし、そう言って帰り支度をする。


「どうしてそんな話を、私にしたんですか」

「……どうしてだろうな」


僕は昨日、起こり得る世界にまた行った。

君が死んだ世界に。

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