手を引き続けた日々
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シュナイゼルは軍門に下った。
ギアスによって、ゼロに忠誠を誓う存在となった。





ダモクレスの鍵を得ようと、脱出挺から出ようとするルルーシュ。



出口の前にある別室の扉がそこに滑った。

「!」

咄嗟にコンタクトを外す。

だが出てきた…出てこようとした何者かは倒れた。


「何だ…?」


痣のように変色した腕には、折れた針が刺さっていたり無理に抜いたのか血が滲んでいる。

痩せ細った体は息をすることすら難しいのか、吸おうとして開いているはずの口からは掠れた息だけが漏れている。

その人物は立ち上がることすらできないようで、それでも動こうともがいている。





「レイシー…っ」





シュナイゼルの焦った声がして振り返る。

だがその長身はルルーシュの横をすり抜けて行った。


ルルーシュは驚いた。

人間味のない義兄のその姿と、ギアスの影響下のそんな行動に。そして、その名前に。



「(レイシー……レイシー・ミリアムか。あれが…?)」

その存在はよく知っていた


自分がブリタニアに捨てられる前から、その女はシュナイゼルの騎士になるだろうと囁かれていた。

チェスを挑みに義兄の宮殿に赴けば、大抵彼女もそこにいた。

話したことはないが、シュナイゼルと何かを話している彼女は、いや2人はとても穏やかな顔をしていた

だがシュナイゼルは誰も騎士とせず、後にレイシーは病により表舞台から姿を消したことを知った。



「…生きていたのか」


ブリタニアの医療技術でも長年治らない病。
すでに死んだものと思っていた。

ルルーシュはシュナイゼルの副官を見た。

その男は気まずげに目を伏せる。




「シュナイゼルが生かしたのか。
ああなってまで」




視線の先ではシュナイゼルがレイシーを抱き起こしていた。

「レイシー、……すまない」










シュナイゼルがその細い首に手をかけた。







「…殿下っ……!」

副官の悲鳴のような声が上がる。


ルルーシュも驚いた。

そうまでして生かした女を、その手で終わらせようとするシュナイゼルに。

それがゼロのためなのか、シュナイゼル個人としてなのかもわからない。

いや…。



「(彼女はもうどうやっても死ぬだろう。
あの状態では俺にも敵わない…)」





ならばシュナイゼルの意思。






力を入れれば折れてしまいそうな首を覆う手。


「で、…でん……か…」

微かな声が耳に届く。


「…ぉ、…おち、か……らに……な……………なれ…なぃ、の…は……む…ねん、…で…すが……」


何かを伝えようとしている。

その体で、最期であろう命を使って。



「止めろっシュナイゼル!」


思わずそう命じた。

彼が何を思ってそんなことをしているのかは分からない。

だが、そんな姿になってまで主君に尽くした彼女の言葉を、最後まで紡がせてやりたかった。


中々手を離さないシュナイゼルに再び強く命じた。

漸く従った。


覗き込んだレイシーの目は濁りかけていた。
もう何も映していないかもしれない。

震える唇は紫。











「…あ……なた、…さ…まに……ぁえ、て…………し、…ぁ、わ……せ、……でし…た。



ーーシュ、ナイ……ゼ…ル……さま……」








満足げに結ばれた唇の端が上がる。

完全に沈黙したレイシー。


シュナイゼルが殺したのか、レイシーの限界だったのか。

誰にも分からないことだ。



その体はボロボロだが、穏やかな顔をしていた。






ルルーシュは何も言わずそこを出た。


「(兄上がダモクレスなんて極端な手段に走ったのは、もしかしたら彼女のためだったのかもしれないな)」



手っ取り早く世界を平和に。恐怖によるものだとしても。

だがシュナイゼルは負けた。

その命が奪われないとしても、唯一の大切なものを喪う。
数少ない持ち物を永遠に。


一手足りなかったのだ。

レイシーという、剣であり盾となる存在が。

騎士を持たなかった理由がレイシーにあるとすれば、彼が埋めなかったレイシーという穴が、執着が彼に敗北を招いた。




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「殿下、どうか騎士をお持ちください。心配で堪らないのです」
「では早く元気になってくれないと。レイシーのために空けているのだから」
「殿下……無理を仰らないで下さい…」
「大丈夫、私は待っているよ、いつまでも」
「はぁ……イエス、ユアハイネス」


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