酷なうつつ
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すぐ隣に設けられた私室に下がったレイシー。

持ち出したショールをテーブルに置き、コーヒーを淹れる。


「ふぅ……」

革張りのソファに深く腰掛けリラックスする。





レイシーがシュナイゼルの寝顔を見たのは初めてだった。


普段から膨大な仕事を捌き、いつ寝ているのかわからない主君。昔ほどの隙は無く、守ると誓ったもののその出番すらほとんどない。

自分では彼の仕事を減らすことはできない。



力になりたくて側にいるのに、自分の不甲斐なさに気付いてばかりだ。











「レイシー」


シュナイゼルが入ってきて驚いた。

「殿下っ、どうしてこちらに?
お呼びいただければすぐ…」

そこでいつもと違う表情に気付く。



彼は時折そんな表情を見せる。

何か言いたそうなのに、言うことを諦めた顔。



「カノンが30分なら休んでいいと」

「でしたら仮眠室に……」

場所は知っているはずだが案内しようと駆け寄る。

だが手首を掴まれる。






「レイシーの側に居たかったんだ」






そう言って辛そうな、あまりに痛々しい笑みを浮かべる。


「殿下、」

思わずその頬に手を伸ばしていた。

「私は殿下の愁いをお払いする術を知らないのです。
もし私にできることがあるならっ」

「レイシー……」

手を重ねられ、ソファに連れていかれる。

決して大きくはないそこに座り隣に促される。



「ずっと隣に居てくれ」



懇願するように言われる。

「………イエス、ユアハイネス」

するとフッと笑って横になるシュナイゼル。

「あのっ、殿下…?」
「手を」

膝に乗った頭にあたふたしていると手が差し出された。


そこに手をおけば軽く握られる。

「30分だけ、弱い私を許してくれ」

長い睫毛が伏せられる。

気付けばシュナイゼルは眠りについていた。

このくらい寝付きがよくなければ、宰相なんて多忙な仕事はやっていられない。



3分ほど緊張していたレイシーも、その寝顔に落ち着く。










「殿下の弱さは全て、私が受け止めます。
だからどうか、私の前では無理をなさらないでください」



































ブリッジでいつもと変わらぬ采配を振るうシュナイゼル。

レイシーは出撃するために格納庫へ向かっていた。

途中、擦れ違った男に背中越しに問い掛ける。



「……カノン、殿下に何を言ったの?」



「怖いわね。
まるで私が余計なことを言ったような口ぶり」

冗談めかして笑う。


レイシーはかつてのカノンを知っている。

あれほど対立していたシュナイゼルに誓っている忠誠には、好奇心が多く含まれている。

だから完全には信用していなかった。


「……殿下を惑わせるようなことは言わないで」


するとカノンはため息をついて振り向いた。

「ねえレイシー、あなたは誰より殿下を理解しているつもりかもしれないけど、殿下も人の子よ」

レイシーもカノンを見る。










「あなたが思ってるほど強くもないし、複雑な方ではないわ」








「……分かってるわよ、それくらい」


いつも何か言いたそうで、何も言わない。
瞳の奥に感情を隠している。

だからレイシーは聞かないでいた。

主が隠そうとしているなら。

でもこの間の変化には驚いた。


だからといって今態度を変えてしまえば、これまでの関係が崩れてしまう確信があった。

「だからどうしろって言うの…。
私にそんな気はないのに」




「可哀想な殿下、一生報われないのね」




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「帰還いたしました」
「無事で何よりだよレイシー。本当は戦場になんて出したくないのだけどね」
「…、いいえ殿下。私は騎士ですから」
「そうだね…」


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