鞍替え
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その部屋は思ったより爽やかな空気を保っていた。

机を挟んでソファが置かれていたが、男は敢えて女の隣に寄り添うように座った。





「どうか考え直してくれないか、レイシー」







白魚のような手を包み込んで、ご機嫌を伺うように話す。


「そうベタベタしないでくださる?」

ツンとした表情で手を引き抜かれる。

シュナイゼルの幾つか年下のレイシーは、齢30を迎えようとしているが、その美貌には少しの陰りもない。



「何もかも私が悪かったよ。
でも君への愛は本物なんだ」


だから、と逃げる手を追いかける。

彼がその様なことをするのは初めてだった。

「シュナイゼル様のお気持ちなんて私の知ったことではありません」

警備の者に止められて不機嫌な様子を隠すこともなく立ち上がる。何がなんでも出てやると言う気持ちが伝わってくる。


「待ってくれレイシー」


自身より小さなその体を抱き締める。

皇族であったならこんな無粋な真似はしなかった。






「私にはレイシーしかいないんだ。
君に捨てられてしまったら私は一生独りだ」






その耳元に少しでも近づくように屈む。

「私などいなくても、心配ありません。
シュナイゼル様なら選り取りみどりですから」

少しの迷いもなく答えられ、眉を下げる。


「私はレイシーがいいんだ」


独り身の女性なら落ちない者はいないであろう、切な気な声で甘い言葉を囁く。

「勝手に仰っていればよろしいわ」

自立した女性であるレイシーには効かないようだった。




シュナイゼルは困り果てていた。

もう何を言っても聞いてくれそうにない。

諦めるつもりはないのだが、諦める以外の選択肢が思い浮かばない。


いっそ自分を負かした義弟に、いい手段はないか聞きたくなった。

だが彼は死んだことになっている。それに、そういった経験だけは、自分が遥かに勝っている確信がある。

いざという時に意見を聞きたい副官もいない。



「……お願いだよレイシー」


結局懇願するしかないのだ。
自分のあまりの無策っぷりに頭が痛くなる。



「もう……しつこい方っ。
ならはっきりと申し上げるわ」


レイシーがシュナイゼルを突き放してこちらを向く。

























「わたくし、好きな殿方がいるの」















・・・・・・










「……レイシー…?
いま、なんと……?」


受け入れがたい告白に聞き返した。



「ですから、好きな殿方がいると。
だからシュナイゼル様との婚約は破棄させていただきます」


そう言い切ったレイシーは、茫然としているシュナイゼルを置いて出ていった。

いや、シュナイゼルが閉め出されたのだ。

レイシーの人生から。










カノンはエントランスで警備の者を言い負かして出ていくレイシーに、まさか、と思って上司を探す。


すると扉の空いた小部屋の隣に立っているシュナイゼルを見つけた。

「あの、シュナイゼル様?
レイシー様とは……」

上司が言いくるめられなかったとは思えなかった。



だが、シュナイゼルの茫然としていながら本気で寂しそうな表情にギョッとした。



口ではどれだけ悲しいと言おうと、顔に出たことはなかった。

そんな様子を見てカノンは頭を抱えた

何があったか知らないが、出ていくレイシーを止められなかったのだけは事実だ。


「(この様子じゃ、明日からの仕事に影響が出るわね……)」




だが、その考えすら甘かったのだと、翌日思い知らされることになった。




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「えぇっ、お兄様、レイシーさんにフラれちゃったんですか」
「それで今日はもうお帰りいただいたの、ごめんなさい」
「それはいいのですけど……大丈夫でしょうかシュナイゼル兄様」
「うーん……隣にいるのが当たり前だと思ってらしたからね…」


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