溺れる
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「まさか殿下がこれほど彼女に入れ込むとは意外でしたわ」


私室から出てきた主にそう投げ掛ける。

「そうかな」





先程までしていた行為の余韻など感じさせないシュナイゼル。


彼が悠を保護して9年近く経った。

最近では朝夕関係なしに、彼の私室から微かに聞こえる甘い嬌声。悠の姿を見る者も格段に減った。







「私としては、ラウンズになっても妹を迎えに来ない彼に驚いているよ」



見据えた先では単機で敵を倒していくランスロット。

シュナイゼルを見かけては何か言いたげな目をしているのに何も言っては来ない。

今では会わせてくれと言ってくることもない。

まあ、言ってきたとしても会わせるつもりなどないが。



「以前からあまり良好な仲ではないようですから」


それはシュナイゼルも感じていた。

再会させた時のスザクの気まずげな表情と怒った悠。

「まぁ悠も、今さら彼の下に帰るつもりなどないだろうけどね」

「あら、殿下が帰さない、の間違いでは?」

悪戯っぽく笑う副官に笑みで返す。





シュナイゼルにとって悠は、今まで相手にして来たどんな女性とも違っていた。


外見からして日本人特有の幼さも色味も違った。

傷だらけの肌も珍しくはあったが嫌悪は感じなかった。

そしてすがるような従順さは心地好かった。





「兄がいらないと言うのだから私の好きにさせてもらうよ」

























「……またか」


荒れた室内に溜め息をつく。

つけっぱなしにされたテレビには、先日復活し合衆国日本建国を宣言したゼロのニュース。

恐らくテロ行為の映像を見てしまったのだろう。



「悠、もう大丈夫だから出ておいで」



暗い部屋を進んでいく。

奥に倒れている悠の影を見つける。

ピチャッ
「、?」


一番暗い明かりを点ける。

だが悠の怯える声はしない。

そして……。

「っ!」





自身の靴が踏んだ水気の正体。
尋常でない出血が血溜まりを作っていた。

「悠……?」

手首や首筋を真っ赤にしたその姿に眉をひそめる。





すぐに内線を繋いだ。

「至急医療班を向かわせてくれるかい」

何も聞かずに是と答えたカノン。


少しすればカノンと医療班がやって来る。

「これは……!」

部屋の惨状もだが、何より悠の状態に驚く。

「殿下、一体何が……」
「よくないニュースに触発されたんだろう」

手早く応急処置をし、設備の整った部屋に運び込む準備をする。



「折角落ち着いていたのに。
余計なことをしてくれたよ、……ゼロは」


ニュースに映された、去年とは少しデザインの変わったゼロに厳しい視線を送る。

そして暫く考え込む素振りを見せ、







「カノン、リフレインの研究をさせていた者を呼んでくれ」






リフレイン。それは幸せだった頃に戻れるという、植民エリアで出回っている薬物。

「、まさか本当に悠に使うのですか?
あれはまだ試作段階だと聞いていますが……」

その中毒性と脳への負担を緩和させようと研究させていた。

リフレインは強い効果のため、他人が気を付けて打っていても廃人になる可能性の方が遥かに高い。


「それはもう少し先だけど、そろそろ人で実験させておかないといけないからね」




カノンは固唾をのんだ。

この主君があの少女に抱いている感情がどんなものなのか計りかねていた。

だが、悠を側に置き続けるために、彼女の人格や意思が少しばかり歪んでしまってもいいと思っていることは確実だ。

それが彼女を生かす最善策だと本気で思っている。


カノンは同情する。

兄に迎えに来てももらえず、敵国の皇子に身を委ね、その心さえ思いのままにされようとしている悠。

死という罰を望んでも、誰にも叶えさせてもらえない。

哀れなあの少女を。
そして、何も知らないでいる兄、枢木スザクを。





「かしこまりました」


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「なあ、スザクの妹がシュナイゼル殿下のとこにいるって本当か?」
「え、何でジノがそれを?」
「やっぱり本当なのか。最近ずっと医療班を使われてるって話だからさ」
「医療班を……?(やっぱり悠に何かして……)」
「でさ、会いに行かねぇの?」
「ぁ、それは……」


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