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その日、私は初めて皇宮で迷子に出会った。





「皇宮も必ずしも安全とは言いがたいからね、子供一人で出歩くのはおすすめしないよ」



広く長い廊下を、小さく暖かい手を引いて歩く。

先程まで心細そうに泣いていた女の子は、私の顔色を伺いながらも人懐っこい笑顔を見せている。

だがその笑顔は普段私の回りにいる大人たちが見せる機嫌取りのそれとは違っていて、どこか不安げな色が見てとれた。まるで捨てられた小動物のような。


「お兄さんはいいの…?」


その呼び方に名乗っていなかったことを思い出す。

これまで相手が自分を知らないことなどなかったため忘れていた。相手が子供とはいえ、誰とも知らずに近付いてしまった失態も反省しなくてはならないだろう。

皇宮にいる子供という時点で行儀見習いに来ている貴族の子と推測されるが、家名を出して取り入ろうとしないことで警戒心を緩めてしまっていたようだ。

自分の傲りと不用心を反省しながら、変わった子だなと思う。




「私も怒られてしまうかもしれないね。
だから誰にも言わず、君の心にしまっておいてくれないかい?」



困ったように言えば、大変っとでも言いそうな顔をして、「わかった、秘密にする!」と約束してくれる。

「ありがとう」

そう言って頭を撫でてあげると、先程の不安など消え去った嬉しげな笑顔を見せてくれた。

打算も何もない笑顔に、まるでお互い貴族でも皇族でもない、ただの子供のような気分になった。


これまで感じたことのない居心地の良さ。

その余韻に浸っていたかったが、どうやら知っている場所に出たらしく、手を離して駆けていってしまう女の子。

だが寸でのところで思い出したらしく、振り返った。

「助けてくれてありがとう、お兄さん!」

まるで初めて誰かに助けてもらったかのような大仰な反応。

その足が再び動き始めてしまう前に「君の」と声をかける。



「名前を聞いてもいいかい?」










「レイシーだよ!」




((最後まで家名を言うことはなかった))
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もし私が名乗っていたなら
それでも君は変わらず笑いかけてくれただろうか?
名を、呼んでくれただろうか……?


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