突然の計画発表 - 1/2


side. N



夕食も食べ終わり、刻々と時間が過ぎていく週末の夜。
番組編成のせいでいつもは見ていないバラエティ番組がテレビから流れ、時折笑ってはいるけれど、全員が退屈しているのは明らか。
4シーターのソファに座っている俺の右隣には潤くんが、左には風呂から上がってパジャマ姿の杏奈が、俺にもたれかかりながら眠っている。
その足元では、雅紀がソファに寄りかかり床に座っていて、杏奈と同じように眠そうにしていた。


俺ももうそろそろ風呂に入って、寝るか、自分の部屋でゆっくりゲームでもするかしようかな。
ぼんやりそんなことを考えていると、今までダイニングの方にいた兄貴と翔ちゃんがこっちにやって来て、俺たちに声をかける。



「なあ、テレビ見てないんだったら消してもらってもいい?ちょっと、全員に話したいことがあるんだけど」



改まった調子でそう言う翔ちゃんに、潤くんがテレビを消し、うとうとしかけていた雅紀は思いっきり伸びをする。
ブランケットにくるまっている隣の杏奈を、俺も肩を動かして起こすけど、もたれたまま、とりあえず半分ほど目を開けるだけだ。



「なーに?どうかしたの?」



兄貴はウッドデッキ側、翔ちゃんはダイニング側に置かれた1シーターのソファにそれぞれ座ると、潤くんがコーヒーを一口含みながら、そう訊く。
それもそのはず、我が家で年上2人組がこうやって声をかける時は、決まって何か提案だったり、相談ごとがあったりする場合が多いからだ。



「うん…。じゃあ…、翔くん?」

「っ、俺ぇ!?智くんが決めたんだから、俺じゃなくてあなたが言うべきでしょう?!」



そう言って約1分間、俺ら4人そっちのけにして、どっちが話を切り出すかで揉め始める。
兄貴たちの性格上、激しく言い争うことが無いのは分かっているけれど、話題の全容が見えないだけに、俺たちが若干不安になるのは当たり前のことだ。
ちょっとした不穏な空気を感じ、俺と潤くんが様子を伺っていると、雅紀ですら何かに気付いて視線を合わせてくる。でも、隣の妹は未だに俺にもたれたまま、ぼんやりとしているだけだった。



「うぅ〜ん…。分かった。俺が言うよ、ちゃんと」



何を話そうとしているのかは分からない。でも、翔ちゃんの真っ当な意見に納得したのか、兄貴が姿勢を正して俺たち4人を見つめる。
創作活動をしている時以外で、久しぶりに目にしたその真剣な表情に、まさかどっちかが結婚でもするんだろーか?という想像が、一瞬頭を過った。
でも、仕事や趣味ばっかりの、俺たち兄妹の中では特に色気の無い2人だということも同時に思い出し、んなわけねーか、と考え直す。
例えそうだったとしても、杏奈が1回泣き喚くだけで、すぐにそんな計画が無くなるのは想像しなくても分かることだ……、



「みんな!この家、一旦潰すことにしたから!」

「「「『!!?』」」」

「っ、…違う!何か違う、それ!」



突然の衝撃的な兄貴の言葉に、俺と潤くん、雅紀の動きが止まる。
杏奈もさすがに眠気が吹っ飛んだらしく、俺の肩に頭を乗せたまま、確かめるように、何度か瞼をパチパチと開いているのが分かった。


ちょっと待って?今、何て言った、このおじさん?



「へえっ!??な…何で!!?潰すって…ええっ!?」

「破壊することにした」

「ちょっ…だからそれ、何か違、」

『雅兄ぃがGWの時、照明壊したりするからーっ!智くんがもう全部壊しちゃえ、ってヤケ起こしたでしょ!どーするの!?』

「俺のせい!?」

「それ関係あんの?てか、そこに関しては雅兄ぃだけじゃなくて、兄貴のせいでもあるじゃん」

「っ、!?」

「いや、おじさん、このバカとキャッチボールしてた相手はあんたでしょーが。しらばっくれるのやめなさいよ」

「ちょっと待て、話がズレてきて、」

『雅兄ぃと智くんに、殺されかけた!』

「そんなつもりじゃ…!雅紀がやろうって言うから、俺は仕方なく…!」

「さと兄ぃ、酷っ!俺だって、杏奈のこと殺すつもりなんてなかったよ!?」

「お前、その言い方殺したことになってんじゃんかよ!」

「っ、おいちょっと、」

「完全に犯罪者のセリフだったな、今の」

『私、生きてるもん!雅兄ぃのバカー!』

「ああ〜、ごめん杏奈〜!俺、別にそんなつもりじゃ…、」

「っ、…ぅおい!お前ら、一旦ちょっと黙れ!!!」

「「「「『!!』」」」」



兄貴の発言を皮切りに、蒸し返されるGWの事件。不毛な言い争いと、クッションを投げたり、投げ返したりの止まない応戦。
それにいよいよキレたのか呆れたのか、翔ちゃんが家中に響くような大きな声で制止する。
その姿に、そういえばこの人、小児科医で優しいイメージはあるけど、若い時はそれなりに尖がってたっけ…なんて思い出した。
でも結局、最初っから俺がちゃんと話進めるべきだったわ…とすぐに反省しているのを見ると、やっぱ丸くなったな、と思う。



「はあ…。そうじゃなくて…まだ具体的に決まったわけじゃないけど、パン屋はここでやったら?って…そういう話だよ」

「「「『え?』」」」

「智くんのやってるパン屋を、ここの自宅で出来るようにしましょう、っていう話」

「「「『……』」」」

「んふ…。そういうこと」



兄貴が他人事のように笑うのを余所に、その後も翔ちゃんがため息を吐きながら、詳しく説明をする。
話を聴くに、わざわざ場所を借りてやるより、自宅で店をやる方が、結果的には時間も金も節約になるんじゃないか…ということで、別に兄貴がイカレたわけでも、ヤケを起こしたわけでもないらしい。
ようやく全容が明らかになった話に、俺も潤くんも、ほっと一安心する。
ただ、的確で単純明快な翔ちゃんの説明を聴いていると、さっきの無意味な騒ぎはなんだったんだよ!とツッコミたくなったけど。



「なんだ〜、そーいうこと!?」

「ん。どーせ、2階はともかく、1階はだいぶスペース余ってるし。大した距離でも無いから、こっちに店が移っても、お客さんにも影響は無いだろうと思って」

「確かに隣のサンルームっつーか、ゲストルームっつーか、物置っつーか…。とにかくビックリするぐらい使ってないもんな〜…」

「まーね。それこそ、個展やる前とかは兄貴が作品だったり、雅紀が仕事で使う借りてきた服置いたりしてるだけだもんな。いいんじゃない?金さえあるなら、あのパン屋をこっちに移しても」



潤くんと俺が続けざまに賛成の意見を述べると、翔ちゃんと兄貴が満足そうに笑い合う。
俺の隣では、杏奈と雅紀が、そもそも智くんの本業ってパン屋なの?と今更な議論をヒソヒソと交わしていた。いつの間にか、雅紀もソファに座り込んできていて、自分のスペースが狭くなっている。



「でも、どこまで手加えようかっていうのは、ちょっと迷ってるわけ。1階部分は確実に工事が入ることになるだろうけど、それ以外はどうしようかなーって、ずっと智くんと考えてたの」

『“それ以外”…?』

「うん。GWの時みたく、これから先何があるか分からないし。俺がパン屋をやるにも、結局改装は必須だからね」

「…? 、つまり…?」

「翔くんとも話したんだけど、だったらいっそのこと、全部潰しちゃおうかって思ってる」

「「「『!?』」」」

「っ、…建て直しね?さっきから話が飛び過ぎだし、表現が雑なんだよなぁ…」



再び登場した衝撃的なワード。でも、今度は兄貴の発言を翔ちゃんがしっかりフォローしてくれているので、動揺は少ない。
潤くんと雅紀が、建て直しの計画について2人に質問もするけど、それを聴いている限り、何も問題は無さそうだ。
それぞれ収入はバラバラでも、全員が真面目に働いているおかげで貯金も十分らしいし、こういう時に金で揉める必要が無いのは素晴らしい。
常に家計を支えているのが、稼ぎ頭の翔ちゃんなのは確かだけど、なんだかんだで、兄貴が才能をフルに活かして大金を稼いでいるのも事実だ。こういう言い方すると、すげー下世話な感じだけど。



「う〜ん…なんか、話が急過ぎてよく分かんないけど、さと兄ぃと翔ちゃんの話を聴く限り、俺たちは余計な心配をする必要はないんだよね!?大丈夫なんだよね!?そーいうことでしょ!?」

「いや、お前、ちょっと落ち着けって!言動が一致してないにも程があるでしょーよ!」

「はは!雅紀、確かに不安一杯って感じ!」

「だって!」

「んふ。大丈夫、心配しなくていいよ、雅紀」

「そーいうことなら、俺も異論は無し。自分たちの家だし、きちんと資金面でも協力するよ。杏奈は?」

『うーん…今の家好きだし、思い出無くなるみたいで少し寂しいけど、みんなと一緒なのは変わらないもんね!』

「「…!…」」

「杏奈…!」

『ふふ、だったら平気。パン屋がこっちで出来れば、智くんも今まで以上に家に居てくれる、ってことだし!』



潤くんの問いかけに、そう答える杏奈。
今の家を名残惜しみながらも、瞳をキラキラ輝かせて嬉しいことを言う妹を、雅紀がギュッと抱き締める。それだけで、さっきまであった雅紀の不安は吹っ飛んでしまうらしい。
生憎、杏奈みたいにセンチメンタルな要素を俺は持ち合わせて無いけど、特に反対する理由も見当たらないので、何か言う必要も無かった。
ただ一つ気になることがあるとすれば、可愛い妹のこの発言に、年上2人組が顔を見合わせて苦笑していることぐらいだ。


やべ…。なんか、良い予感がしないわ、これ。



「そのことなんだけどさ…?」

『? 、うん?』

「この家を建て直すってことは、しばらく別な場所で生活しなきゃいけないわけで…」

「? 、一時的に引っ越しする必要があるってことでしょ?それぐらいは、俺たちだって理解してるつもりだけど」

「いや…そんな、簡単なもんじゃねーんだよ。なあ、翔くん?」

「っ、また俺ぇ!?…っ、ああ、…まあ、でも何て言うか…、」

「「「『?』」」」

「…簡単に言えば、マンスリーマンション借りるにしても、この人数で1部屋は足りなくね?」

「「「『!!』」」」

「……って、…ことなんだけど…」



翔ちゃんが言葉を選びながら、俺たちの反応を伺う。出来る限り揉めないように、出来る限り騒がないように…。
そんな希望というか、願いというか。とにかく、俺たちのことを想って言っているのが、よく分かる。
でも、まだ問題提起をしただけなのに、たったそれだけの翔ちゃんの言葉で何かを察するのは、ずっと6人でやってきた俺たちならではだ。


ああー…。やっぱり面倒臭いことになりそうだなー、これ…。



「ええっ!?全員一緒じゃないの!?」

「調べたけど、マンスリーマンションじゃ2LDKが限界なんだよ。俺ら男は同室でもそんな気にしないけど、杏奈もいるし…」

「俺も、雅紀と同じ部屋は嫌だけどね」

「おい!」

「でも…たとえ2部屋借りるにしても、同じマンションなんじゃないの?隣同士とはいかないかも知れないけど」

「それが、上手いこと部屋が2つ空いてないみたいでさ…。ちょっと離れた場所にあるマンションを、もう一部屋借りるしかないんだよ…」

「「「『!?』」」」

「だから、俺と智くんの意見では、3、3に分かれるのは必須じゃないか…ってことなんだけど…」



予想はしていたことだけど、翔ちゃんの説明を聴いてやっぱりな、と思う。
つまり話を整理すると、俺たち6人という大所帯じゃ、どう頑張っても2部屋借りるしかなく、しかも都合が悪いことに、色々あって同じ棟のマンションには住めないらしい。
仕方ないとは言え、離れて暮らすということに慣れて無い…ってか考えたこともない俺たち兄妹にとっては、なかなかのトラブルであり、問題だ。


でも、何が一番騒ぎになるって、やっぱり……。



「だから、みんな!これからグーパーやって、どう分かれるか公平に決めよう!」

「え?仕事場からの通勤距離とか、そーいうので決めるんじゃねーの?」

「決めない。だって、そういうことやってると、結局みんな杏奈と一緒になる為に、調子の良いこと言い始めるから」

「「『っ、!?』」」

「おじさん、あんたそーいう時だけ頭が冴えるんだから…」

「ははっ!まあ、確かに揉めるのは否定出来ないけどね?」



兄貴の似合わない正論に、同じソファに肩を寄せている俺たちは、気まずそうな表情を浮かべる。
でも、当の本人である妹は相変わらず俺の隣でマイペースにやっていて、両手を広げたり握ったりしては、グーとパー、どちらを出すか決め兼ねているようだった。



正直なところ、俺だって杏奈と一緒の方が、やっぱり嬉しい。
でも、そのことだけに重点を置いていると、食事だったり、洗濯だったり、掃除だったり…。生活していく上で、自分でやらなきゃいけないことも多くなるという事実を忘れがちになる。
なんだかんだ言ってやれば出来る子たちだから、その気になったら全員が1人でも生きてはいけるんだろうけど、それが億劫だから、俺なんかは家を出ない理由の一つをそれにしているわけで…。



「おし!いくぞ!」

「「「「『!!』」」」」

「「「「「『っ、…いっせーのせーで!』」」」」」



けど、そんなことを考えている暇も与えないとばかりに、あっと言う間に3、3に分ける為の勝負は始まる。
たかだか数カ月離れて暮らすだけなのに、俺も含めて全員が必死の形相でグーかパーを出しているなんて、なかなかシュールな光景だ。



「き、決まった…か?」



何回か同じシーンを繰り返し、翔ちゃんの確認で、ようやくグーとパーが綺麗に分かれたことを、他の5人が知る。
でも、いつの間にか全員がソファから下りて、ローテーブルを膝立ちで囲んでいることには、誰も気付いていないらしい。



「げ…。雅兄ぃと兄貴と一緒って…。やべー、上手く行く気がしねー!」

「んふふふ。ご愁傷様、潤くん」

「おい!だからそれ、どーいう意味だって!」

『翔ちゃんと和兄ぃと一緒だ〜!』

「杏奈と離れた…!」

「はは!自分でやり方決めたのに、地味に一番傷ついてるじゃん、智くん」



各々の反応で分かる通り、兄貴と雅紀と潤くん、俺と翔ちゃんと杏奈…という二手に分かれることが決まる。
翔ちゃんが早速、杏奈に一部屋譲るから、同室でも大丈夫?と確認するけど、俺的には何の問題も無い。
どうせ翔ちゃんは夜勤や何やで忙しくて、想像しなくても、俺たち2人の部屋ではどうせ寝て起きて、また寝るだけになるからだ。


こうなってくると、本当に潤くんには申し訳ない。
世話を焼くことも無いだろう翔ちゃんに、可愛い妹をほぼ独り占め出来るこの環境は、ちょっとばかり出来過ぎだと自分でも思うから。
それなのに潤くんは、自由気ままに生活を送る兄貴と、テンション高めでうるさい雅紀と一緒に暮らすなんて、なかなか気の毒だよなぁ…。まあ、こっちのメンバーとトレードするつもりもないけどさ。



『ねえ、でも私、せめて夕食ぐらいはみんなで食べたいなー…』

「「「「「え?」」」」」

『どっちの家ででもいいから、夕食ぐらいはみんなで食べよーよ〜。そんな大した距離でも無いんでしょ?』

「杏奈〜…っ!」



寂しそうな顔でそう言う妹に、全員が顔を見合わせる。
二手に分かれると聴いた時もそうだけど、これから先の展開を予想出来るのが当然だとしたら、ある意味これも、その内の一つだ。
杏奈がこんな風に言い出すのはなんとなく分かってはいたし、俺たちがそれに対してどう返すのかも、もはや分かり切ったことだった。


やっぱ、そんな簡単に、独り占めとはいかないんだな。



「俺は…、どうせ3人分作るのも、6人分作るのもそんな変わんないから、別にいいけど…」

「うんうん!だよね!?そーしよ!さと兄ぃも、その方がいいよね!?」

「うん。そーすれば、いつもみたいに杏奈と食材の買い物も行ける。んふ」

『雅兄ぃ!智くん!』

「あ〜あ、結局こうなるんだもんなぁ…。そりゃ、そっち側3人は反対なんてしないでしょーよ。もう…」

「はは!ま、逆の立場だったら…って考えてさ?それに潤が夕食作ってくれた方が、俺ら的にも助かるし。何より、杏奈がその方がいいんだよな?」

『うん!ふふっ』



最終的に、可愛い妹がとびっきりの笑顔を俺たちに見せるだけで、難なく問題は解決する。
若干の不満はあるし、ツッコミたい部分も何個かあったけど、それでもこんな風に平和なところに落ち着くんだから、俺たちはさすがだ。
そう思うと、離れて過ごす数カ月も、悪くない気がしてくる。



「じゃあ、みんな!これにて家を潰す計画の相談は終わりだ!解散!」

「っ、…だから、それなんか違うって言ってんじゃん!」



とりあえず、新しい家を楽しみに。

それまでの数カ月も、俺たち兄妹流に楽しんでみますか。





End.


→ あとがき





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