真夏の夜の花火大会 - 1/2


side. O



「お前ら!自販機の方まで声聞こえてるぞ?!少し静かにしろって!」

「あ、翔くん、おかえり。夕食、食べるよね?」



今日も家族が夕食を食べ終わった後に帰って来た、翔くん。
リビングに入ってきて早々、ウッドデッキではしゃぐ杏奈たちに、呆れたように声を掛ける。



「え。あ、うん。お願い。サンキューな、潤」



でも残念だけど、その翔くんに気を遣えているのは潤だけだ。
俺を含む残りの4人は、異常なほどテンションを上げて笑い合う。

その手には、赤や青や黄色の火花。



『あ!翔ちゃん、おかえりーっ!花火やる?!』

「だから、ちょっとボリューム下げろって!」



――― やっぱり、俺たちの夏の最後を飾るのは、みんなでやる花火だ。



リビングと繋がるウッドデッキ。
デッキと同じ色をしたテーブルの上には、それぞれのアイスコーヒーが入ったグラス。
そこからは、デッキとリビングの境目に立つ翔くんと、キッチンでその翔くんのために夕食を用意している潤が見えた。



「つーか、なんで今頃花火なんてやってるの?もう9月じゃん」

「んー?なんか、あのバカなスタイリストがコンビニに行って来た時に買って来てさ」

「おい!いーじゃん、別に!今年は縁日にこそ行けたけど、花火はやってなかったし…。ねー?杏奈!?」

『ふふ。ねー!』

「んふふ…。にしても、買って来すぎだよね。これ、全部は出来ないんじゃない?今晩中には…」



バケツに終わった花火を入れながら、その隣に大量に広げられていてる花火を見て、そう言う。
すると、翔くんも思わず“なんだその量?!”と声を上げた。



「ひゃひゃひゃ!足りないかなーと思って、色んなコンビニに行って買い占めて来ちゃった!」

「だから、なんかもう耐久レースみたくなってんだよね。開始してから、もう1時間は経ってるし」



夕食後、急にアイスクリームを食べたくなったのが、最初の発端だった。
まず、誰が買いに行くか、ということでジャンケンをして、それに負けた雅紀が結局買いに家を出たのだけど、商品入れ替えのために安売りされていた花火セットを見て、無性に寂しくなったらしい。
家に戻って来た時には、大量の花火は抱えていたけれど、頼んだアイスクリームは見当たらなかった。


そんな説明を和がすると、翔くんが“だから、俺にメールでアイスクリーム買って来るように言ったのか…”とため息を吐きながら言う。



『!、ねえ、翔ちゃん、買ってきてくれたよね?!』

「はぁ…。冷凍庫に入ってるよ。いつでもどーぞ?」

「んふふ。良かったね、杏奈」



すると同時に、カレーの良い匂いがウッドデッキに流れ込む。
気付けば、プレートに翔くんの分の夕食を乗せて、潤が戻ってきていた。
さっき食べたなかりなのに、その匂いを嗅いで、また食べたくなってしまう。
今日の夕食は、潤と杏奈で作ったキーマ・カレーだ。



「翔くん、どうする?ウッドデッキで食べる?」

「んははは。がんがん煙舞ってるけど?」

「ははは!確かに。…でも、まあ、いいよ。独りでダイニングテーブルで食べてるのも哀しいし」

「あっ!じゃあ、翔ちゃんが食べ終わったら、みんなでアイス食べよ?ね、杏奈」

『うん。いいよ』



そう言って、“今度は何やる?”、“打ち上げいく?”と雅紀と和が相談する。
俺の隣では杏奈が一緒に種類豊富な花火をまじまじと見つめていて、テーブルでは翔くんと潤が、仕事の話をしていた。


ふと空を見上げると、月が綺麗に光を放っている。
それを見て、杏奈が小さく呟いた。



『…今年も、もうすぐ夏が終わるね』

「だね〜。陽が落ちるのも、ちょっとずつだけど早くなってない?今日なんて、撮影スタジオ出てくる時にはもう結構暗かったよ?」

「うん。朝も、少しだけど涼しくなってきた。朝食作ってる時に、最近よく思う」

「でも、今年は最高に暑かったよなぁ〜!病院でも、子供がわぁわぁ文句言ってたぐらいだし」

「んふふ…。ニュースでも言ってたな。今年は異常でした、って」

「んはは。そんなの、言われなくても知ってるよね?体感してるんだから。つーか、誰だよ!今年は冷夏だって言ったの!」

『気象庁だ!いぇーい!』

「ひゃひゃひゃ!いぇーい!」

「ははは!なんで今、盛り上がったの?」



今年の夏を振り返りながら、杏奈と雅紀が、意味も無くハイ・ファイブをする。
もしかしたら、1時間も花火をやっていて、テンションがおかしくなっているのかも知れない。



「ふあ〜…」



リビングの時計を見ると、22時になるところ。
なんだか眠くなってきて、ついウッドデッキの上で寝そべるけど、その瞬間に訊いておかなくちゃいけないことがあったのを思い出す。
夏が終わった後も、全員で楽しく過ごすための質問だ。



「…ねえ、翔くん。休みって取れないの?」

「え?何、いきなり。まあ、しばらく休んでないし、取る気になったら取れると思うけど」

「潤は?」

「俺?俺も、翔くんと同じかな」

「雅紀と杏奈は…、いいや。和は?」

「え?!ちょっと、なんで、さと兄ぃ、」

「公演終わったし、次の決まるまで時間掛かるから、別にいつでも休めるけど?」

「そっか〜」



全員にそう訊くと、暗い空を見ながら思わず笑みが零れる。
空よりももっと向こう側を見ていると、雅紀の“ちょっと、さと兄ぃ!”という声が聞こえたような気がしたけど、別にいい。
どうせ雅紀は、訊かなくても予定は空けてくるはずだから。



『? 、どうしたの?智くん』



不思議そうに、杏奈が俺のそばに来て訊いてくる。
杏奈だけじゃなく、翔くんたちも気になっているのか、視線が自分に集まっているのが分かった。
きっと、言ったら、雅紀たちはまた騒ぐんだろうなぁ、とぼんやり思う。



「んふふ…。個展開いて、またお金入ったから、どこかに旅行に行きてぇーな、と思って」

「へえっ?」

『本当に!?智くん?』



この夏。俺を気に入ってくれてる画廊のオーナーから依頼があって、また個展を開いた。
緊張はしないけど、久しぶりだったからか、俺も凄くテンション上がり気味で打ちこんだ個展。
パン屋もその間は休業したり、釣りにも行かなかったりするぐらいに。
だから、それぐらい本気になって取り組んでいたことが、こういう形で成果が出るのは凄く嬉しい。


それは俺だけじゃなくて、予想通り、杏奈たちはもちろん、翔くんたちも驚き、喜んでいてくれてるのが空気で分かった。
だって、全員が手を叩いて喜んでいる。



「凄いじゃん、兄貴!」

「智くん、俺が帰ってくる時まで、ずっと作品作ってたもんなぁー。良かったよ、マジで」

「んふ。自分でも、よく出来たなって思った」

「あ。今、調子ノった」

「ふはっ。ノったね?確かに」



すると、いつの間にかリビングに行ったのか、旅行雑誌を持って杏奈が隣に戻ってきた。
そして、“ねえどこ行く?智くん、どこに行きたい?”と嬉しそうに訊いてくる。



「え。…熱海?」

「おっさんか!」

「あ!ねえ、俺、沖縄に行きたい!」

「いや。まず予算はいくらなの?兄貴。それ聞いてから、場所は決めようよ」



潤の言葉に、全員の瞳がまた俺を見る。
その質問に、今日来た画廊からの手紙を思い出してみる。確か、振り込まれる金額も書いてあったはずだ。


えっと、確か……。



「…たぶん、普通に海外旅行も行けると思うよ?あの金額なら」

「マジで?!智くん、やっぱ凄いわ…」

『わわ!この雑誌じゃ、決められないよ!国内旅行のだもん!』

「ひゃひゃ!じゃあ明日、本屋に行って買ってこよっか?」

「んふふふ。…まあ、ゆっくり決めますか。大事なお金だしね」

「うわー!マジでテンション上がったわ。ありがとね、兄貴?」



そう言って、また花火に火を点ける。色取り取りの火花は、綺麗に散っていった。
それでも、賑やかな声はずっと響いていく。
こういう感じが、たまらなく好きだ。少なくとも、俺は。



「んふふふ…」



こんな風に花火をしたり、旅行に行ったり。時には、お互いの仕事場を覗いてみたり。
俺たちにとっては当たり前のことが、今の世の中、どれくらいの人が出来ているんだろう?と思うのだ。


でも、それがもしかしたら普通で、俺たちが異常なのかも知れない。
だってここまで仲が良いのって、俺たちの歳から考えれば、ちょっと不思議だろう。
特に杏奈なんて、年頃なんだから、少しは嫌がってもいいはずなのに。



『雅兄ぃ、花火振り回さないで!もう!』

「ひゃひゃ。ごめんね?だって、なんか超楽しいんだもん!」



けど、きっとこれでいいんだ。俺たちは。
だって、前にこんな言葉を聞いたことがある。



“家族全員で楽しめることなんて、ざらにあるもんじゃない”



俺たちは、それが出来る家族なんだ。
だから、俺たちはこれでいいんだ。



「俺、やっぱり熱海がいいんだけどなぁ〜」

「「「「『却下!』」」」」



これからの季節も、きっと楽しく過ごせるんだろう。

俺たちなら、きっと。




End.


→ あとがき





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