一時の夏休み - 1/2


side. S



和紙に透過される、幾つも並ぶオレンジのほのかな光。
でも、そんな繊細な光とは対照的に、全体の雰囲気は賑やかだ。



『翔ちゃーん!私にも大阪焼き買ってー!』

「はあっ?さっき、雅紀が買ってただろ?!分けてもらえよ」

『だって、なんかもう既に完食って感じなんだもん。ねー、買ってー!?』

「っ、…分かったって!分かったから、袖引っ張るなよ。ったく…」



そう言って、財布から千円を出して杏奈に渡すと、すぐさま嬉しそうに屋台の方へ走っていく。
俺の隣では潤が、“おい!お礼ぐらいちゃんと言えって!”とその背中に声を上げる。
ただでさえ6人という大所帯で目立つのに、この賑やかさは嫌でも他の人たちの注目を浴びた。



――― 昔からそう。縁日にくると、必要以上にはしゃぐやつが約2名いる。



「んふふ…。杏奈、楽しそうだなぁ」

「それはいいんだけど、もうちょっと静かにして欲しいよな〜」



世間は夏休みの真っ最中。でも、社会人の俺たちは休みを合わせるだけでも困難だ。
まあ、ほとんどは、俺の仕事のせいだったりする。
それでも奇跡的に全員が揃った今日は、雅紀と杏奈の提案で、こうやって縁日に来ていた。


陽が沈んで、夜風が涼しい縁日は風情抜群。
けど、そんな場所で大人とは思えないぐらいはしゃげるのは、俺たち兄妹の得意技らしい。
視線の先では、早速手に入れた大阪焼きを、和と杏奈が一緒に食べている。



「…ていうかさ、こんなたった1日のために、かなり散財したんじゃない?翔くん。お金大丈夫?」



そんな様子を見ながら足を進めていると、隣を歩く潤が心配そうに訊いてきた。
1人だけTシャツにジーンズのその姿は、やけにスタイリッシュでカッコイイ。



「うーん。まあ、平気。盆小遣いだと思うことにした。どうせ、あんまり構ってやれないし。思い出作りにもいいだろ、ってことで」

「うん。杏奈の浴衣姿も可愛いしね。別に、潤がそんなに心配することじゃないよ」

「そ?なら、いいけど」



確かに、計5人分の浴衣と甚平は、かなりの値段になった。
これも提案の一つで、俺と杏奈が浴衣、和と智くんと雅紀の3人が甚平は、全て雅紀のプロデュース。
なんでも、“皆で浴衣とか着て写真撮りたい!”らしく、ここに来る前に店に寄って、着付けをしていたのだ。


正直、浴衣なんて滅多に着ないから気恥かしくて仕方ない。
でも、1人1人本気で選んでくれている弟の姿を見て、拒む気も失せた。
それに智くんの言うとおり、可愛い妹の珍しい浴衣姿も見れたことだし、結果オーライってことにする。



「つーか、潤は本当に着なくて良かったわけ?もしかして、気ぃ遣った?」

「いや。俺は単に、こういう和装って似合わないから。それに、いざとなった時に本気で動けるやつが必要でしょ?下駄なんて履いてたら、絶対に走れないだろうし」

「そっか」



生活費を心配して、浴衣を着るのを断っていたと思っていたから、その言葉に安心する。
そして同時に、その見解にも確かにな、と思った。



「んふふ。さっきも潤がいなかったら、きっと危なかったしね。杏奈」

「つーか、ぼんやりひよこなんか見てるから悪いんだって、あれ。変な男たちに声掛けられるまで気付かないって、自分の妹だけど呆れたもん、俺」



そう。ついさっき、杏奈が屋台のひよこに釘付けになっている時に、既に事件は起きている。
勝手に俺たちから離れた挙句、ちゃらそうな男たちにナンパされていたのだ。
たぶん、本当に潤がいなかったら、ちょっと危なかったと思う。


そんな無防備すぎる妹は、今は雅紀と和のそばで大阪焼きを頬張っている。
ようやく追いつくと、その頬にソースが付いているのが分かった。



『翔ちゃん、潤くん、智くん!大阪焼き、すっごい美味しいよ!やっぱり縁日に来たら、まずは粉ものだね!』

「うん、それはいいんだけどさ。杏奈、頬にソース付いてる」

『あら?』

「ね。せっかく、大人っぽい浴衣着てんだから、もう少し気にしなさいよ。台無しだよ」



からかう和に反抗しようとするけど、その前に付いたソースを和が指で拭いて、その親指を舐める。
同時に潤が髪に触れてかんざしを直すので、怒るタイミングを逃した杏奈は大人しくなってしまった。
すると、その様子を見て、雅紀が不思議そうな顔をして訊く。



「…ねえ、それさー。俺、知らないんだけど、どうしたの?浴衣に付いてたの?」

『このかんざし?これは、雅兄ぃが智くんたちの甚平選んでる時に、潤くんが買ってくれたの。かわいいでしょ!』

「へー。いいじゃん。似合ってるよ」

『…和兄ぃ、本当にそう思ってる?』

「んははは。なんで、そこ疑うのよ。似合ってるよ。ソース付けてなかったら、もっと似合ってたけど」

『もう!やっぱり、そうやって意地悪言うー!』



浴衣の着付けが終わった後は、潤が俺たちを自分の店に連れて来て、杏奈の髪をセットした。
和が俺の横で、“これって職権乱用だよね”なんて笑っていたけど、きっと潤も雅紀の仕事ぶりを見て、何かしたくなったんだろう。
クラシカルでレトロな紫のビーズのかんざしは、大人っぽくてちょっと新鮮だ。



「やっぱ浴衣だからね。浴衣が落ち着いた感じだから飾り物も大人し目にしたけど、こういうのも好きだろ?杏奈」

『うん!』



満足そうに杏奈が笑顔を見せると、俺たちも嬉しくなって一緒に笑う。
普段は仕事が忙しくて、なかなか一緒に時間を過ごすことが出来ない実情。
休みの日は出来る限り一緒にいようと思うけど、いなかったらその後、それぞれが色々話してくれる。


それでも、知らないことも、十分じゃないことがあるのも分かっているから。
だから、ほんの少しだけでも、自分の弟たちの仕事ぶりというか、成長が垣間見ることが出来た今日は、俺にとっては新鮮だった。
今更になって、雅紀たちがお仕事訪問ツアーなんてことをやっていた理由も、ちょっと理解出来たりして。


なぜなら、雅紀のスタイリングしていく様子も、潤が髪をセットしてやってる姿も、普段はなかなか見ることは出来ない。
今だって、また全員で歩き出し始めると、逸れないように和が杏奈に手を繋ぐよう声を掛けたりすることさえも、俺にとっては成長を垣間見る瞬間だ。
昔はもっと小競り合いをしていたイメージがあるだけに、大人になったな、と思うのだ。
そんな兄妹たちを見ていると、なんだか妙に感慨深い。



「…?…」



けど、そんな中。ちょっと心配そうに妹を見ている1人の弟に気が付く。
前を歩く智くんたちは楽しそうだというのに、俺の隣ではらしくない表情をしている雅紀。
こういう場だったら、もっとテンション上がっていてもいいはずなのに、その様子に俺まで不安になった。



「何?どうかした?雅紀」

「えっ?ああ、うん。なんていうかね、ちょっと間違っちゃったかなー?って」

「は?何が?」

「ひゃひゃ。大したことじゃないんだけどね?」

「うん?」

「杏奈の浴衣、もうちょっと他の女の子みたく華やかなやつ選んであげれば良かったかなー?って、思って」

「!」

「…なんか、さっきから周りの女の子たちの浴衣見ながら、羨ましそうにしてるみたいだから。ちょっと失敗したかな、って」



“シンプルだけど、粋でカッコイイかなーって思ったんだけどね!”と気まずそうに笑うその浴衣は、確かに同じぐらいの歳の女の子からしたら、きっと地味な方だ。
藍色に紫陽花柄のそれは、雅紀の言うとおり、粋でカッコイイ。
けど、周りを歩く女の子たちは、思い思いの華やかな浴衣に身を包ませていて、楽しそうにしている。
それを、杏奈が目で追っているのも確かだった。


でも、ちょっと違うんだよなぁ。その理由は。



「ははっ。別に、そういう意味で見てるわけじゃないと思うよ?杏奈」

「へ?」

「…俺も、それはちょっと気になったから訊いたんだよ。会計した時に。“本当にそれでいいのか?”って」

「? 、うん?」



思い出すと、ちょっと笑いそうになる。
だって、いくら雅紀が腕の良いスタイリストでオシャレだろうと、そんな理由で全部納得してしまうものなのか、と思ったから。
そういう意味では、杏奈だけは、ちょっと成長していないのかも知れない。



「そしたら、“だって私だけピンクの浴衣とか着たら仲間外れになっちゃうじゃん!”、だってさ。はは!」

「え?」

「だから、嫌なんだろ。きっと。俺たちと一緒にいるのに、自分だけ浮くのが」

「………」

「ほんと、考え方が子供っぽいんだよなー。杏奈は。ま、それが良いとこでもあるんだけどさ」



俺の浴衣も含めて、雅紀がスタイリングしたのは、全て落ち着いた色合いのものだった。
たぶん、雅紀の中で何かしらテーマがあったんだと思う。
それに対して、いちいち文句を言うやつは俺たち兄妹の中にはいないし、杏奈だってそうだ。
みんな、雅紀のプロとしての仕事を信頼しているから。


現に、杏奈はこうも言っていた。



「…それに、“雅兄ぃが選んでくれたんだから、これが一番私に似合うはずだもん!”、だってさ。周りの子の浴衣見てんのは、そういう意味で比べてるんだろ。杏奈なりに、自信を持って」

「杏奈〜…」

「だから、そんな風に思うなよ。ちゃんと気に入ってんだから、みんな」

「うん…!」



そう言って、雅紀の頭をくしゃくしゃにして、今度は2人で笑い合う。
そんな俺たちの様子に杏奈たちが気付き、“何やってんのー?2人とも”と不思議そうな顔をした。



「ひゃひゃひゃ!別にっ!ね、杏奈!金魚すくいしない?!」



ようやく、らしくなった雅紀にほっとする。そして、ちょっと気付く。
どんなに成長しても、してなくても、弟と妹だということには変わらないんだよな、ということに。



「? 、どうかしたの?翔くん?」



雅紀が割り込んで行ったことによって、杏奈の隣を奪われた智くんが、俺の隣に来てそう訊く。
目の前では、もう社会に出て働いている大人だというのに、屋台にはしゃぐ弟たち。
その後ろ姿はやけに楽しそうで、自分の兄妹だというのに微笑ましくなる。
周りを歩く、どの家族やカップル、学生たちよりも楽しそうだ。



だから、俺もまた笑って、こう言った。



「んー?あいつらのためにも、これからもしっかり働かなくちゃなー、って思っただけ」



ほら。一応、これでも稼ぎ頭で、あいつらの“お兄ちゃん”だから、さ。





End.


→ あとがき





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