五男との買い出しデート - 1/2


side. M



「アイルランド」

『えっと、…ネパール』

「ギリシャ」

『あっ。それ、次に言おうと思ってたのに!』

「残念でした。…杏奈、レモン1個取って」



そう言うと、山のように積んであるレモンの中から一つを手に取り、カゴの中に入れる。そこには既に、大量の野菜が転がっていた。
もしかしたら、今日は金を使いすぎたかも知れない。



久しぶりの休日。しかも、平日。
いつもだったら、通常の業務以外にも雑誌関係のヘアメイクもやっているから、忙しい。
でも今日は珍しく、上手いこと仕事が重ならずに済んだので、以前から約束していた杏奈の髪を切ってやったりしていたのだ。


その後、気分を良くした杏奈が“買い物に行こう!”と言いだした。
どうせ他の3人は仕事だし、兄貴も俺が休みだと知ると、早々とパン屋を店仕舞いして釣りに行って。
最近、構ってやれなかったのもあり、今日は夕食の買い出しをするこの時間まで、ずっと2人で買い物をしていたのだ。
けどさっき、車のトランクいっぱいになった紙袋や箱を見て、調子に乗りすぎたかも、なんて思っていたりもしなくはない。



『えっとねー、じゃあ…。あっ!ニュージーランド!』

「ノルウェー。次」

『?! 、もぉーっ!潤くん、なんでそんなにすぐに答えるの!…ちょっと、待って。考える』

「…つーかさー、何なのこのゲーム。もうやめない?俺、全然楽しくないんだけど」



オーガニック専門のスーパーマーケットでカートを押して食材を選ぶけど、車内からずっと続けている、この“国名を順番に言っていく”というゲーム。
なんとなく付き合っていたけど、いい加減に疑問が湧いてくるのは当然だ。
第一に、買うべきものは頭に入っているけど、こんなことをしていると数を間違えそうで怖い。ただでさえ、今日は金を使いすぎているのに。



『えー?潤くんが勝ってるからってズルイ!まだ出来るもん。それに、智くんとはいつもやってるよ?こうやって買い物中に』

「いや、そういう問題じゃなくて。つーか、こういうことやってるから、買って来るもの間違えんだって」



基本的に、買い物は常に家にいる兄貴と、帰りが他の4人よりも早い杏奈が担当だ。
毎日、朝かもしくはメールで、買って来る食材を俺が頼んでいる。
でも時々、明らかに買って来るものが違かったり、数を間違えている時があるのも紛れもない真実。
この前は生クリームが飲むヨーグルトになっていたり、オリーブ・オイル1本のところを4本も買ってきたりで、信じられないことをやらかしていたりする。



『でも、智くんとこのゲームやっててもつまらないんだよ。雅兄ぃもそうだけど、5回まわってくればマシな方。和兄ぃは絶対に相手してくれないし…』

「兄貴たちには悪いけど、レベル低すぎない?それ。しかも思ったけど、和の対応が一番正しい気がしてきた。なんで俺、こんなことやってんだろ…」

『ひどい!せっかく、まともにゲーム出来るようになったのに、あ、エクアドル!』

「勝手に続けるなよ…。つーか、翔くんは?翔くんだったら、ノってくれそうじゃん。こういうゲーム、好きそう」

『あー…。翔ちゃんと買い物行く時は、ケーキ買って!とか言うのに忙しいから…』

「おい…」



呆れながらも、またカートを押していく。
普段、自分がいないところでは、そうやって時間が過ぎて行っているのか、と思うと不思議な感じがした。
翔くんに比べれば、俺なんかは全然一緒に過ごせている方だけど、こうやって話を聞く限り、兄貴たちとはやっぱり違うんだな、と思う。
そう考えると、今日、杏奈と一緒に1日中買い物が出来たのは、良かったのかもしれない。



「杏奈、そのアボカドも1個取って。あと、赤玉ねぎ3個」

『はーい』



ショッピングカートのカゴの中には、次々と食材が入れられていく。普通に見たら、多すぎるほど。
でも、兄妹6人ともなると、そうは言っていられない。
俺ももちろん食べるけど、雅兄ぃや翔くんを筆頭に、本気で食うやつは我が家には多い。
兄貴ものんびりしながらもずっと食べているし、余り食べないのは和ぐらいだ。
杏奈も、医者である翔くんがいるせいなのか何なのか、今時の女の子には珍しく、きちんと食事をとっている。



そんなことを考えていると、杏奈がカゴの中を覗く。
その姿が小さい頃の姿と被って、ちょっと懐かしくなった。



『ねえ、潤くん。今日、何作るの?』

「ああ…。今日はチョップド・サラダとパエリア作ろうかな、と思ってる」

『チョップド・サラダ!』

「うん。杏奈好きだろ?それにこれなら野菜だから、和も量多めできちんと食ってくれるだろうし」

『翔ちゃんもパエリア好きだしね!』

「今日は早く帰れるって言ってたし、これぐらいしてもいいでしょ。だから、杏奈も帰ったら手伝って?」



今日の朝から決めていたメニュー。
そのことでテンションを上げて、“うん!”と喜ぶ妹を見ると、作っている者として嬉しくなった。


昔は俺が一番歳が近いのもあって、常に後ろに杏奈がくっついていたのを覚えている。
俺も自分よりも下で、しかも妹だったから、余計に大事にしている部分があったし、未だにある。
それを兄貴たちはからかうけど、そんなの仕方ないと、今はもう開き直っていた。
正直、ワケ分かんない男に持っていかれるぐらいなら、家にいてくれた方がずっと安心だからだ。



「? 、何?」



すると、隣を歩いている杏奈が、突然クスクスと笑いだす。



『ふふふ…。あのね、思い出したの。私、小さい頃はずっと“潤くんのお嫁さんになる!”って言ってたなー、って』

「ああ…。そういえば、あったね」

『今、“なんか私と潤くん、新婚夫婦みたーい!”って思って。ふふ。だから』

「ふっ…。バカじゃねーの?」



ちょっと意外だった。俺はともかく、杏奈も覚えていることが。
確かにそういう会話は、あの頃は良くしていたけれど。


キラキラと瞳を輝かせる杏奈に、雅兄ぃがやたらショックを受けて、“俺は?俺は?”と何度も訊いていたこと。
“兄妹同士で結婚って出来るの?”、と素でビックリしていた兄貴。
それに対して翔くんと和が、“出来ないから”、と言っていたこと。
そして、それでも杏奈が、“やだ!潤くんと結婚するのー!”と聞かなかったこと。


俺は全部、はっきりと覚えているから。


だから、誰よりも小さかった杏奈が、それを覚えているとは思わなかった。
俺の言葉に、“なんでそういうこと言うのー!”と拗ねるけど、その反応も覚えているということの証拠だと思うと、なんだか嬉しい。



すると、とことんめげない性格は雅兄ぃ譲り。
また、笑顔で嬉しいことを言い放つ。



『でもね、でもね?今でも、そう思ってるよ?』

「は?」

『みんなの中だったら、一番潤くんと結婚したい!って』

「…!…」

『ふふふふ』



大人になって、一緒に時間を過ごすのはだいぶ減った。6人それぞれ、自分にしか知らない世界があるのも当たり前。
今でも、こんな風に一緒に暮らしていること自体が、奇跡だと思うぐらいだ。
でも、その選択を選んでいるのは、きっと目の前にいる妹が原因なんだろう。きっと。



「…杏奈。そのグァテマラ、取って」

『え?次、潤くんの番だったっけ?』

「ゲームじゃないから。後ろのコーヒー豆、400g分。つーか、マニアックすぎるだろ。普通、グァテマラって出て来ないぞ」



カゴの中には、6人分の食材。全員が、まだ一緒にいることの証。妹を一人にするのが不安で仕方ない、俺たち兄弟がいる証だ。
“結婚したい”、と選んでもらえるのは光栄だけど、俺たちの愛情は平等。
だから、今の言葉は他の5人には内緒にしておこう。



『ねえ、潤くん。じゃあ次は、セロリの種類でゲームしない?』

「コーネル。はい、次。杏奈の番」

『?! 、…ふ、普通のセロリ?』

「たぶん、それがコーネルだから。分かんないなら、やんなって」



でも、とりあえず。


今日だけは、帰ったら新婚夫婦気分で手伝ってもらいますか。





End.


→ あとがき





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