ノープランな夏の始まり - 1/2


side. M



雲が動いて、太陽の光が家の中に射し込む。
まだ朝のせいか、温度も湿度も予想していたより高くない。
なのに、この空間が賑やかなのは理由があって、それは我が家の三男を筆頭に、常にフルパワーで動くヤツがいるからだ。



「ねー、何する?今日。せっかく全員揃ってるのに、何もしないのは勿体なくない?!」

「や、まだ全員揃ってないし。翔ちゃんは夜勤からまだ帰ってきてないし、兄貴もまだパン屋終わってないから、戻ってきてないじゃん」

「つーか、おい!誰だ、アイスコーヒー出して、そのままにしてるヤツー!?」

「杏奈でーす」

『!? 、な、違うってば!和兄ぃでしょ!?私が飲んでるのはアイスティーだもん!』



冷蔵庫から出し、そのまま放置されているポットを見付け、ソファに座って寛いでいる3人に声をかける。
食べ終わったばかりの朝食でも出したグラスは、グリーン、イエロー、ピンクとローテーブルに並んでいて、まるでビー玉みたいに綺麗だ。



「はぁ…。まーた、そうやって俺のせいにするんだもんなー、杏奈は…。いいですよ、俺が片付けますよ。はいはい」

『ちょっ、…なんで私がやったみたいな空気出すの!?リアルにしないでよ、もう!』

「ひゃひゃひゃ!」

「どっちでもいいから、さっさと片付けてー?せっかく冷やしてんのに、意味無いじゃん」



そう言うと和がソファから立ち上がり、しぶしぶキッチンへと足を動かす。
雅兄ぃと杏奈は、それを笑ったり文句を言ったりしながらも、切り替えは早く、これからの予定について、またわーわーと騒ぎ始める。


時計を見ると、8時半。
まだ兄貴や翔くんが帰ってきてないだけに、面倒なことが起きなければいいな、と密かに思う。



「てか、珍しいね?雅紀はともかく、潤くんが週末に休みで家にいるなんて」

「ああ…。ずっと休んでなかったから、有休取るように言われて。正直、夏休みに入って忙しくなってる今、超気まずいんだけど…」



まだ帰ってこない兄貴たちの為、すぐに食えるように2人分の朝食を用意していると、和が再びグラスにアイスコーヒーを注ぎながら、そんなことを訊いてくる。


確かに和の指摘どおり、週末での休みは久しぶり。俺の場合は、時々雑誌でのヘアメイクも担当しているから余計に。
でも、今言ったように、既に学生などの世間一般は夏休みに入っているワケで、店は超忙しい。
俺にはよく分かんない感覚だけど、地方からわざわざ足を運んでくるお客さんもいたりと、働いている美容師の負担はハンパじゃなかったりする。
それにもちろん、女の子にとって夏はイベントが多いわけだから、オシャレを楽しみたい時期だというのもある。



「………」

「…? 、どうかした?」

「や…。杏奈も夏休みに入ってるけど、なんか予定ねーのかな、と思って。普通にこうやって家にいるけど」

「あ〜…。何?デートとか、ってこと?確かに色気の無い妹だけど、それは潤くん的には良いことなんじゃないの?んふふふ。彼氏なんかいない方が安心でしょ?」

「うっせーな!否定はしないけど、和だって似たようなもんじゃん。俺のことばっか、そうやってからかうけど」

「んははは。そうきたか」



視線の先では、雅兄ぃとソファに座り、ファッション雑誌を一緒に読んでいる妹の姿。
最近の客の中では杏奈ぐらいの年齢の女の子もいて、そういう子たちは皆、今年の夏の過ごし方についてワクワクしていたのを覚えてる。
杏奈は一切そういう話をしないけど、隠してるだけなのか、それとも本当にそういう類のことは無いのか。
プライベートをうるさく言うつもりは無いけど、たった1人の妹なだけに、やっぱり心配だったりする。

俺だけじゃなく、きっと全員。



「…杏奈〜?お前、夏休みってなんか予定無いの?」

『? 、だからさっきから、これからどうする?って言ってるでしょ!?せっかく全員揃っての休みなんだから、早く決めて、何か楽しいことしよーよ!』

「そうだ、そうだ!ひゃひゃひゃ!」

「……何も無いみたいだし、安心していいんじゃない?今は」

「…だね」



こっち2人がそんな話をしているなんて露知らず、ソファに座ってる2人はやっぱりテンションが高い。
話題は杏奈の着ているハワイアンキルトのサマーワンピースで、先日、学校へ迎えに行った雅兄ぃが、帰りに買ってやった物らしい。
俺から言わせれば凄くデート向きだけど、もはや部屋着のように着ているのを目の当たりにすると、それが正解かはともかく、妙にほっとする。

我ながら、妹を大事にしすぎだな、俺…。



「ただいまー、って……あれ、何?今日は全員いんの?」

『! 、翔ちゃん、お帰りー!』

「お帰り〜!」



エントランスから音がしたのに気付くと同時に、リビングまで歩いて来る音もして、翔くんが帰って来たのが分かる。
相変わらず荷物は多いし、帰宅してすぐは杏奈曰く、“お医者さんの匂い”がする。
それでも身なりはきちんとしてて、疲れた顔一つ見せないんだから、本当にタフなんだろう。



「お帰り、翔くん」

「お帰り、翔ちゃん。意外に早かったね?」

「あ、ただいま。…なんつーか、帰されたんだよ。もう今日は大丈夫だから、って」

「へー。でも、良かったじゃん。早く帰れる時は早く帰った方が良いんだって、絶対。翔ちゃんがこんな時間に家にいるなんて、滅多に無いんだからさ」

「はは。まーね?でもおかげで、朝飯食いそびれたんだよ〜。潤、なんかある?」

「一応、兄貴の分と一緒に残しておいた。すぐ食べる?」

「うん。食う、食う。サンキューな」



ソファに荷物を置き、していたネクタイを緩めながら、ダイニングテーブルに着く。
でも、すぐにその後ろからテンションが上がった杏奈が翔くんに抱きつき、雅兄ぃも更にその上から抱きつくもんだから、うるさくて仕方ない。



「しょーちゃんっ!」

「ちょっ…!?重い!なんか、倍以上に重くなったぞ?!今!絶対に雅紀だろ?!お願いだから、下りて、下りて!!」

『あははは!翔ちゃん、必死!』

「ひゃひゃひゃ!」



こんな風にベタベタしてくる妹なんだから、和の言う通り、見ていると心配は無用だな、と思う。
でも、仕事から帰ってきたばかりの翔くんに、悪気は無いとはいえ、こんな仕打ちは些か問題だ。
いくらタフだと言っても、夜勤明けだぞ?


すると、同じようにダイニングテーブルに着いていた和が、きちんと注意をする。



「おーい?これらか食事すんだから、やめなさいよ。ただでさえ疲れてるのに、更に疲れるようなことしてどうすんの。あんたら、翔ちゃんをダメにする気?」

『だってー』

「だって、じゃないの。嬉しいのは分かるけど、早く下りなさいよ。ったく…」

『はぁーい…。ごめんね?翔ちゃん』

「ははは。ま、そんな気にしてないけどね?…てか、“ダメ”って、なんか言葉悪くね?」

「んふふふ」

「ひゃひゃひゃ!」



1人増える毎に、もっと賑やかになっていく空間。
翔くんが遅めの朝食を取る脇で、まだ決まっていない今日の予定を、面白おかしく雅兄ぃと和が話し、杏奈が笑う。
そんな中、正直俺は既に結構疲れていて、翔くんに比べれば何てことないけど、どこかに出かけるとしたら若干面倒だなー、なんて。



「…あれ。…翔くんの方が早い?」

「「「『!!』」」」



けどその時、珍しく一番最後の帰宅となった兄貴が姿を見せて、更に賑やかさを増す。
……ま、兄貴の場合、ボリュームは他の4人に比べたら、超抑えめだけど。



「いや…。つーか、その前にちゃんと“ただいま”でも何でもいいから言えよ、兄貴…。足音も静かだから、びっくりすんだけど」

「ひゃひゃ。気配消しすぎ、さと兄ぃ!」

「ははは!お帰り、智くん。今日はちょっと早く終わったの」

「“ちょっと”じゃないと思うけどね、俺は。んふふ」

『智くんも早かったね?まだ…、9時過ぎたばっかりだよ?』

「うん。なんかもう疲れたし、満足しちゃったから、閉めてきた」

「へえっ!?お客さん関係無しに!?それってアリなの!?」

「? 、うん」

「…相っ変わらず、マイペースだなぁ…。智くん…」



翔くんはそう驚くけど、時々、平日には休みを貰える時がある俺にとっては、余り珍しいことじゃない。
兄貴にとってパン屋は本当に趣味の範囲内のものであって、ランチの時間まで営業してたら拍手もんだ。
パンを焼き終わったら、レジ前で頬杖をつき、ボーっと客を待ってるのが常だし、それを見て杏奈なんかは、“待ち方が魔女の宅急便のキキみたいだね!”なんて言っていた。
たまーに、そんな兄貴の写真と一緒にメールが送られてくるのだ。


件名が、【キキ待ち中(はーと)】とかいう、そんなメールが。



『! 、智くん、それ何?』

「え?…ああ、これね。貰ったの。小学生から」

『…種?』



そんな下らないメールを思い出してると、杏奈が兄貴の持っているビニール袋に気付く。
袋の中には大量の向日葵の種が入っていて、それを見て杏奈と雅兄ぃが瞳を輝かせた。



「んふふ…。ほら、ラジオ体操してるでしょ?今。その帰りに店に寄ってってくれた小学生が、“いつも美味しいパンをありがとう”って」

「へえ〜!」

「だから、杏奈たちにあげる」



兄貴がそう言うと、早速テンションを上げた雅兄ぃと杏奈が、“庭に蒔こうよ〜!”と騒ぎ出す。
この2人には既に向日葵の花が満開になった画が見えているようで、もう止められそうにはなかった。
あっと言う間に、ドタバタとウッドデッキの方へ走って行き、“ここがいいんじゃない?”と楽しそうな声を上げる。
気付けば、“疲れたから”なんていう理由でパン屋を閉めて来たくせに、兄貴も一緒にガーデニングの道具を用意していて、和もウッドデッキまで外へ出ていた。



「頑張ってー」

「おい!お前もやるんだよ!ほらっ!おいで!!」

「ちょっ…!お前、マジふざけんなよなー!?俺の服に土付けてんじゃんかよ!」

「ひゃひゃひゃ!いーじゃん、いーじゃん!楽しいよ!?」

「んふ。…杏奈、どの辺に蒔く?」

『ここら辺かな?ねえねえ、これって上手くやれば、また種取れるよね!?楽しみー!』



そんな4人の様子を見て、“たぶん、今日は1日中こんなことやってんだろーな”と思う。
久々の週末の休日で、普段余り“疲れる”という意識は持たない俺だけど、朝から朝食作ったり、やたらフルパワーで騒ぐ兄妹を相手にしてるだけに、ほんの少しほっとした。


なので、そのままソファへとダイブする。



「! 、…どうした?体調悪いの?潤」

「んー?そういうワケじゃないけど…。単純に、今日はゆっくりしたいなーって。ちょっと眠ってていい?」

「ん、どーぞ?あいつらの相手は、俺がしてるから」

「うん。ありがと」



いつの間に朝食を食べ終わったのか、翔くんも窓の側まで来て、ガーデニングに勤しむ兄妹4人を応援する。
本来、俺がソファを占領すべきじゃないんだろうけど、今この瞬間だけは譲って欲しい。
それを俺が言わなくとも分かっているのか、翔くんはそのまま窓の側に立ち続け、俺も寝そべりながら、元気すぎる4人を眺めていた。



「はははっ!マジで、あいつら種蒔くだけで、良くこんなテンション上がんなぁ〜!尊敬するわ」

「…翔くんも、似たよーなもんだけどね」

「へ?なんか言った、今?」

「別に?……ねえ、今日の昼飯、どっか食いに行かない?面倒だし。夜は俺が作るからさー」

「うん、別にいいよ?」

「っ、おし…!…昼飯、何食いたいかあったら言ってーー!?」

「「「『!!』」」」

「ははは!反応いいな!」



翔くんからの了承を得ると、仰向けになって目を瞑り、本格的に眠る体制に入る。
でも、その前に全員が何を食べたいかだけは聞いておこうと思い、大声を上げた。

返答は、以下の通り。



「ラーメンっ!」

「蕎麦〜!」

「焼きそばぁ〜!」

『冷製パスタ!』

「あー…、うどん!」



キラキラと光る太陽の下、賑やかな5人の声が木霊する。
予想通りのそれぞれのリクエストに笑いつつも、答えはもう決まっていた。


まあたぶん、どれになるかは、全員が分かっているとは思うけどね?



「…オッケー。考えとく」



でも、とりあえずそれまでは。

ほんの少し、休憩を頂きます。





End.


→ あとがき





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