旅行計画への第一歩 -1/2


side. S



「おし…。これでオッケーかな。…おーい、ちょっと話したいことあるから、全員こっちに来てー?」



ソファに座って、2人でゲームをしている雅紀と和。
キッチンで6人分のコーヒーを用意している、潤と杏奈。
そして、なぜか俺の隣で、夕食後からずっとダイニングテーブルに着いたまま眠っている智くんに、そう声を掛ける。



「杏奈、冷蔵庫に買ってきたタルト入ってるから、出して?俺、先にコーヒー入れちゃうから」

『はーい。…翔ちゃん、どうかしたの?何、話って』

「うん、まあ、色々あるんだけど。…おい、お前らもさっさと来いって!」

「ちょっと待ってー?あと少しで、終わるからー」

「ひゃひゃひゃ!俺、ちょーサポート上手くない?!」

「ったく…」



時計を見ると、ちょうど20時半。久しぶりに定時で帰ってくることが出来て、揃って夕食を食べた後。
それもこれも全部、これから話すことのためだというのに、ゲームに夢中になる弟2人を見て、ため息が漏れた。



「お待たせ。タルトは全部種類違うから、好きなの選んで」



しばらくすると、潤と杏奈がコーヒーとタルトをテーブルに出して、いつものように座る。
そのタルトをキラキラした瞳で見ているので、“杏奈、先に選んでいーよ”と言うと、嬉しそうにミックス・ベリーのタルトを自分の方に引き寄せた。
そして、ようやくゲームを終えた2人がテーブルに着き、全員が揃う。
雅紀に至っては既に自分の分を選んでいて、残った分を俺と和と潤で分け、それぞれのタルトを取った。



『ふふ。美味しいね、このタルト。智くんのも、一口ちょーだい?』

「いいよ。杏奈のも一口くれる?」

『どーぞ。ふふ』



隣の智くんと杏奈と同じように、全員がデザートを一通り楽しんでいるのを確認して、話を切り出す。
出来れば、それぐらいのテンションで、俺の話も受け止めてくれるとありがたいんだけど…。



「さてと…。食べながらでいいから、聞いてくれる?この間、智くんが言ってた旅行の件なんだけどさ」

『! 、旅行!』

「ああ。あったね、そういえば。んふふふ」

「やべ。俺、まだ店の方に有給欲しい、って言ってないや」

「あっ、杏奈!買った旅行雑誌、どこに置いたっけ?!」

「んふふ…。雅紀、またテンション上がってる」



“旅行”というワードを出しただけで、分かりやすいぐらい全員のテンションが上がる。
気付けば左隣に座っていた雅紀が、“雑誌、みんなが見れるように持って来るね!”と言って立ち上がった。
その行動に、思わず腕を掴んで、“雑誌は必要ないから!”と声を上げる。



「へ?なんで?だって、まだ行き先決まってないよ?」

「いやっ…。だから、そのことについて、」

『翔ちゃん!私ね、イタリアに行ってピザ食べたいっ!』

「杏奈、翔くんの話聞いてからにしろって。…どうかしたの?」



俺の様子に何かを察したのか、潤が杏奈を制止する。
こういう時、潤や和は誰よりも空気を読んで、普段はそれが兄としては心配だったりするんだけど、今は心底感謝だ。
楽しみにしている雅紀たちには悪いけど、さっさと言った方がいい。
じゃないと、また大騒ぎするのに決まってる。



「翔ちゃん?」

「ふぅ…。…単刀直入に言う」



深呼吸をして、全員の顔を1人1人見ていく。
2人は不安そうに、もう2人はやたらキラキラした目。
でも不思議なことに、右隣からの視線は、これから俺が言うことを分かっているかのように、優しい気がした。



「…海外旅行は無理!」

「「「『え?!』」」」

「んふふふ…。やっぱりなぁ〜」



智くんを見ると、そう笑いながら、またタルトを一口食べる。
でも、俺の放った言葉に他の4人は“なんで?!”と一斉に騒ぎ出した。
早く次の話に進みたいんだけど、仕方ない。きちんと言わなくちゃな。



「海外だと、全員の休みが合わせづらい。特に俺と潤と雅紀は、そこまで簡単に休みが取れるような仕事してるわけじゃないし。だろ?」

「う、うん…」



視線を投げかけると、雅紀が気まずそうに頷く。
潤も、“確かに海外だとよっぽど近場じゃない限り、移動に時間が掛かり過ぎるね”と言う。



「正月でもないのに、そんな気軽に休み取れるほど、仕事は甘くない。自分たちのキャリアのためにも、今はある程度の我慢はすべきだと、俺は思うんだけど」

『そっか〜…。そうだよね』

「…まあ、全員揃わないと、行く意味もないしね。仕方ないんじゃない?そればっかりは。翔ちゃんの言うとおりだよ。…でも、さ?」



全員が俺の意見に納得して同意を示す中、和だけが言葉を続ける。
その表情は、何もかもお見通しだ、とばかりの笑顔だ。

本当に空気を読み過ぎなのだ、和も。



「…だからこそ、翔ちゃんは話があるんでしょ?」

「…!…」

「んふふふ。何、企んでんの。早く言っちゃってよ。また、このおバカさんたちが騒ぐ前にさ?」



そう言って、コーヒーを一口含む。
和の言っている意味が分からないのか、杏奈たちは、ひたすらきょとんとした。
それが面白くて、俺も笑ってしまうと、雅紀が再び椅子に座って、“なんなんだって!翔ちゃん!”と肩を掴んでくる。
だから、後ろに隠しておいた資料をテーブルの上に出して、本題に移ることにした。



『? 、なーに?これ』

「海外は無理。でも、国内ならなんとかなんだろ?」

「「「『!!』」」」

「仕事の合間に、旅行代理店に行って相談してきた」

「翔くん…」

「結局、最初の智くんの希望通りの旅行になったけど、行かないよりマシだと思ってさ」

「ひゃひゃひゃ!しょーちゃん、最高!!」

「でも一応言っておくけど、国内っていっても、海外旅行並みに金使ってるんだからな?!マジで半端ねーよ。あの担当者…」



勝手だとは思うけど、仕事の合間を見て、旅行プランを今回のために、自分なりに練ってきた。
その、俺が出した資料に、全員が身を寄せて注目する。
そこには熱海から伊豆を目的地とした、観光地やホテルのガイド。それに、綿密に練られた行程表。
さっきまでの真剣さが嘘みたいに、一気にテンションが上がっていくのが分かった。



「おお。すげーな、翔くん。下調べ、既に完璧じゃん。んふふ」

「うん…。俺っていうか、あの担当者がちょっとね…」



海外旅行計画に早々と無理だと気付いて、慌てて掛け込んだ病院近くの旅行代理店。
うっかり予算をバカ正直に話してしまったせいか、すべてがハイグレードになった気がする。


でも、弟たちはもちろん、念願の熱海旅行に笑顔になっている智くんを見ると、どうだって良くなってくるのも確かだ。
元々は智くんのお金だし、本人の希望通りになるのが一番。
あの担当者の人も、忙しい時間の中、一生懸命になって提案してくれて助かった。
だから、全て含めて結果オーライということにしよう。



「すげー!こんないいホテルに泊まるの?超オシャレなんだけど」

「ん。こういう所なら、杏奈もインテリアの勉強になっていいかな、と思ってさ」

『! 、翔ちゃん、ありがとう!嬉しい!』

「杏奈、杏奈!これ見て!バナナワニ園にも行けるよ!?ちょーテンション上がる!!」

「つーか、お前はもう上がってんだろ!ちょっと落ちつけよな!」

「はは!」

「んふ。水族館とみかん狩りも行くんだ。ホテルも海に近いし、釣り道具持っていかなくちゃな」



持ってきた資料を、回しながら見ていく。
その度に、“おー!”とか“凄ーい!”とかいう歓喜の声が上がって、それだけでもう満足してしまうんじゃないかと、心配になるほど。
でも、日にちはこれから合わせていくとしても、“確かにここまで見たら、テンション上がるよな”と自分でも思った。


すると突然、泊る予定のホテルの内容を見て、杏奈が声を上げる。



『翔ちゃん!水着買って!』

「は?なんでだよ?!」

「あ…。もしかして、これのことじゃない?翔くん。だべ?杏奈」



そう言って智くんが差し出した資料には、【1日2組限定!ドームプール貸切】の文字。



――― こ、この妹は縁日の浴衣に引き続き…!



「っ、だめだめ!貸切はする予定だけど、たった1時間のために水着買うとか、絶っ対にダメっ!!」

『えー?!』

「えーって言っても、ダメなものはダメだから!」



ただでさえ、縁日の1日のためだけに浴衣を買ったっていうのに、今度は1時間のプールのために水着を買うなんて、言語道断だ。
ここは兄として、きちんと言ってやらなくちゃいけない。


そんなやり取りをしていると、和が作ってもらった行程表を睨みながら、“それよりもさー、気になることがあるんだけど”と言う。



「これさー、どう見ても車移動だけど、誰が運転するの?俺、絶対にやだー」

「え?」

「あー…。俺も朝苦手だし、こんな朝早くから運転とか無理」

「え?いや、全員で交代しながら、」

「ひゃひゃひゃ!俺も、杏奈と一緒にお菓子とか食べてお喋りしたいから、出来ないよ!」

「はあっ?!」

「んふふふ…。俺、免許ないから」



智くんはともかく、次々と運転を拒否していく弟たち。
“ちょっと待てって!”と言うと、和がまたニヤリと笑って見せた。
そして可愛い、可愛い妹の、トドメのこの一言。


それは、水着を買ってやらないと言った、仕返しなのか?



『仕方ないよね。勝手に、こうやって1人でプラン進めちゃったんだもん!』

「くっ…!」

「翔くん、頑張ってね。3日間。んふふふ」



“予定は未定”

この言葉は、今回の旅行では通用しないらしい。



「つーか、3日間ずっと?!」



それでも、旅行は楽しみなんだ。俺だって。





End.


→ あとがき





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