21時の着信ラッシュ - 1/2


side. S



「うわっ!」

「あ、翔ちゃん…!ごめん、ちょっと…!!」



仕事から帰ってきてリビングのドアを開けようとした瞬間、雅紀がそのドアを勢いよく開けた。
軽く謝ったと思ったら、そのまま慌てた様子でエントランスへ向かい、家を出ていく。



「なんなんだよ、いったい…。ったく、…って、うわ!」

「翔くん…。おかえり。俺、ちょっと出てくるから…」

「智くん?!」



雅紀が出て行ったと思ったら、すぐに智くんも同じように家を出ていく。
時間は21時になるっていうのに、妙に慌ただしい雰囲気に嫌な予感がした。


そして、ようやくリビングのドアを開けると、ソファに座る和が目に入る。
キッチンには潤が立っているけど、いつものように美味そうな料理の匂いはしない。
というか、料理を作っていた形跡すら無い。
俺が帰ってきたと分かると、2人とも“おかえり”、と言う。



「ただいま。…なんか様子おかしくね?てか、…杏奈は?」



いつも俺が帰ってくると、たいてい智くんや雅紀とじゃれ合っている、妹の杏奈の姿が見当たらない。
夕食も作ってなさそうなだけじゃなく、テレビもつけずに、今まで何をしていたのかと考えると、さっきの予感が現実になりそうだ。


そして、次の瞬間。
潤が伝えた言葉に、さっきの2人の行動に合点が行く。



「翔くん…。杏奈がまだ帰ってきてないんだよね」

「えっ?!」

「…どうする?」



俺の判断を伺うように訊く、潤。
でも、帰って来たばかりの俺にとって、今のワードは上手く呑みこめない。だって……、



「っ、21時過ぎてんだぞ?!いつもだったら、遅くても19時には帰ってくんだろ?!なんで…!」

「因みに連絡なーし!電話もメールもしてみたけど、返事もなーし!」

「はあっ?!」

「ついでに言うと、さっきの2人は探しに行ったくせに、ケータイ持って行ってない。ここに置きっぱ」



和が指差すローテーブルの上には2台のケータイ電話。


ここにケータイ置いて行って、どうやって連絡取り合うつもりだよ…。
心配で居ても立っても居られなくなったんだろうけど、最低限のことは忘れるなよな…。



「…で、どうする?翔くん。一応、翔くんが帰ってくるまで待とう、って言ったんだけどさ。兄貴たちは出て行っちゃうし…」

「ああ…。そうだな…」

「さっきから杏奈に電話掛けてるんだけど、やっぱり全然出なくて」

「…あいつも一応大人だからさ。バカな真似はしないと思うんだけど。でも、女の子じゃん?杏奈自身はその気がなくても、巻き込まれることだってあるだろうからさ。どうしようか?って、潤くんと話してたところなんだよね、今」

「そっか…」



いつもは冷静な和と潤ですら、今の状況には戸惑っているらしい。
でも、それは当然の話で、現に俺だってパニック気味だ。


なんたって、こんなことは初めてだから。



「………」



いつもだったら、予定が分かっていれば事前に各自連絡をしていたし、急な変更があっても電話、もしくはメールで取り合っていたのだ。
なのにそれも無いどころか、こっちが連絡を取ろうとしても反応が無いなんて、俺たちらしくない。
あまり考えたくないけど、万が一のことを考えると、警察に電話した方が良いのかもしれないな……、



「いやいやいやいやいや…。ちょっと待て、俺…」

「? 、翔ちゃん?」



いくら何でも、それは早すぎる。絶対。もうちょっと様子を見るべきだ。
いや、っていうか、その前に ……、



「…智くんたち、呼び戻そ。全員揃ってねーと話になんねーよ…」

「ああ…。それは確かに」

「んふふ。…じゃあ、俺がちょっと行ってくるわ。たぶん、まだその辺うろうろしてると思うし」

「悪いな、和。よろしく」



ソファから立ち上がり、和が言う。
そして、サイドボードに置いておいた自分のケータイをジーンズのポケットに入れながらドアを開けた。



「どういたしまして。…その代わり翔ちゃんの方から、あの2人にちゃんと教育しておいてね?今度から人探しに行く時にはケータイ持って行け、って」

「はは…。了解」

「んふふふ。行ってきます」



和の背中を見送ると、ずっと持ったままだったバッグをソファに置き、自分の身も沈める。
そしてケータイを開き、アドレス帳から杏奈の番号を出してコールしてみるも、やはり出る気配は無い。



「んー。俺の方にも連絡は入ってないし、電話も出ないなー…」

「そっか。…俺、帰ってきたの一番最初だったんだけど。兄貴が妙にそわそわしてて。訊いたら、“杏奈がまだ帰ってこないんだよね”って言うからさ」

「さっきも、智くん、珍しく慌ててたもんなぁ…」

「うん。見たら、いつもは夕食の材料買っておいてあるはずなのに、それも無かったから、かなり焦ってたんだと思、…あ…」

「?」

「…ごめん、翔くん。夕食、全然作ってないんだよね。こんな状態だったから、作る暇無くて」



申し訳なさそうに潤が言う。
確かに長時間労働のせいで腹は減っていたんだけど、そんなことは仕方ない。
寧ろ、いなくなった妹に気を取られてて、帰宅してから今まで、空腹であることを忘れていた。



「はぁ…。なんか、男5人もいるのに情けねーな…。俺たち」



そんな、独り言を呟いた時。

さっき出て行った3人とは違う軽めの足音が、リビングに向かってくるのが聞こえる。
まさかとは思いつつも潤と顔を見合わせると、すぐに答えは姿を現した。



『ただいまー!』

「「!?」」

『あれー?翔ちゃんと潤くんだけ?雅兄ぃたちは?』

「………」

「お前…」

『? 、何?』



聞こえてきたのは、元気な声。視界に入ってきたのは、いつも通りの弾けた笑顔。
俺たち2人が信じられない気持で見つめていると、“どうかしましたか?”とばかりに、きょとんと見つめ返してくる。



――― この妹は…っ。



「ぅおい!杏奈!!“何?”じゃねーだろ!今、何時だと思ってんだよ!!」

『え?』

「杏奈!お前、どんだけ電話掛けたと思ってんだよ?!みんな心配してたんだぞ!」

『電話?!…あ…!』



俺と潤が怒涛の勢いで杏奈に詰め寄ると、本人も現状を把握したらしく、気まずい表情を浮かべる。
見たところ酒は飲んでないみたいだし、トラブルに巻き込まれた様子もない。
つーか、こんな明るい被害者がいて、たまるかっつーの!



「ただいまー。翔ちゃん、連れて来たよ…って、……はあ?!」



俺たちが問いただそうとしていると、杏奈の背後にあるリビングの扉が開いた。
そこには、智くんと雅紀の2人を連れ戻して来てくれた、和との3人。
当然のことながら、同様に目の前にいる妹にびっくりしている。



『! 、和兄ぃたち…』

「なんで、お前ここにいんのー?…この人たち、ケータイ忘れてまで探しに行ってたのに…」

「杏奈…」

「杏奈〜!!良かった、無事だったんだね?無事なんだよね??」

『雅兄ぃ…』

「もー、俺、すっごい心配したんだよ?!何やってたの??どうして連絡ぐらいしてくれなかったの?!」



数週間前に杏奈が怪我をした時の様に、雅紀が訊く。
その目は潤んでいるだけじゃなく、赤くなっていた。



「「「「「………」」」」」

『あ…。えっと…』



俺たちの放つ怒りのオーラに、ようやく自分のしたことが理解出来たらしい。
視線を自分の握り締めた両手に落としながら、途切れ途切れに反省を述べ始めた。



『…迷惑かけて、…本当にごめんなさい…』

「本当にねー」

「何やってたんだよ?今まで」

『えっと…、友達に誘われて…。…カラオケに、…行ってました…』

「カラオケ?!…はぁ。…っ、じゃあ、なんで電話にも出ないんだよ!?俺たち、全員で相当な回数掛けてるぞ?!!」



和と潤と俺とで訊き出すと、信じられない答えが返ってきて、思わず声を荒げてしまう。
ケータイに関しても、“出たくても出られなかった”と言い、その答えがまた…!



『…今日、自分の部屋に忘れていってしまったので…』

「おい…」



つまり、何度も掛けてた電話は、この家の杏奈の部屋で鳴ってたってことかよ…。最悪。


そんな風に呆れていると、和が“杏奈もこの2人と一緒。ケータイ持ってる意味、全然無い”と言う。
その言葉に雅紀が、“うるさいっつーの!意味はあるから!”と返した。



『で、でも…!まだ、21時半だよ?!そんな、怒らなくたって…』

「お前、杏奈…!」

『他の友達は24時過ぎまで遊んでたりするのに…。私だって、もう大人なんだから…!別にそれぐらい、』

「杏奈!!」

「「「「『!!』」」」」



突然響いた怒鳴り声に、杏奈も含め、全員が静まり返る。



「………」



ずっと、黙っていたはずの人。
いつもは、こんなキャラじゃない人。



――― 智くんが、杏奈を怒鳴ったのは初めて見たかも知れない。



『智、くん…』

「…杏奈、みんな心配してたんだよ。時間とかそういうこと以前に、“連絡する”っていうルールを破ったから。だから、みんな怒ってるんだよ。だって、ケータイ忘れても、家に電話するぐらい出来ただろ?」

「さと兄ぃ…」

「みんな夕食も食べないで、心配して杏奈の帰り待ってたんだからさ。杏奈が自分の権利を主張する資格は無いよ。…分かるよね?」

『…っ、はい…』



杏奈の瞳から、一粒涙が零れ落ちた。
でも逆に俺は、その様子を見て笑顔になる。



別に、俺たちは妹を束縛したいんじゃないんだってこと。
ただ、この家で生活する以上、支え合っている以上。
最初に決めた約束は守って行こう、それだけのことなのだ。


そう。“束縛”したいんじゃない。
“守りたい”んだ。俺たちは。


だから、智くんは怒ったんだと思う。
大事な妹が、そのせいで危険な目に遭って欲しくないから。
すぐに駆け付けてやれるように、しておきたいから。



「うん。なら、いいんだ。ごめんね。大きな声出して」



杏奈が返事をしたのと同時に、智くんが頭を撫でた。
そこにはいつもの笑顔。つられて、杏奈も俺たちも笑顔になる。



「…おしっ。とりあえず、杏奈。お前、明日から寄り道禁止な?」

『え?潤くん?』

「いや、それじゃ軽いでしょ。学校以外の外出は禁止、ぐらいにしといたら?」

『和兄ぃ?』

「ひゃひゃひゃ!じゃあ、俺が杏奈のこと、学校が終わったら迎えに行ってあげるからね!」

『雅兄ぃ、そんなの私、望んでない!』

「ははっ。でも、“約束”破ったわけだし?」

『…翔ちゃんまで…?』



口々に、今回への罰をからかうように言って行く。


ま、これぐらいは仕方ないよな、と思う。
なんたって、全員の夕食を遅らせた罪は重い。



「杏奈。そこの自販機にも、ひとりで行っちゃダメだからね」

『自販機にも?!』



うん。それは、やりすぎだと思うけど。





End.


→ あとがき





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