June Berry - 8/9
side. N
兄貴が手慣れた手つきで、スポンジに生クリームを塗っていく。 その様子はさすがパン屋をやっているだけあって、思わず感心してしまう。 あとは、デコレーション用に残しておいたブルーベリーを乗せていくだけだった。
「土台がミルフィーユを砕いたやつでしょ、スポンジにブルーベリーのソースも染み込ませて…。今まで一番凝ってるんじゃない?このケーキ」
「何しろ、ブルーベリー自体も獲りに行ってるからね?まさか、自分が行くことになるとは思ってなかったけど」
そう言って、この計画の発案者だという杏奈を見るけど、ケーキ越しに笑顔を返す。 今日ばっかりは、悪びれない様子にいつものように返せないのは俺の方みたいだ。
「はは!まあ、いいじゃん?遅れちゃったから出来る限りのことをしたいね、って皆で言ってたんだよ」
「ひゃひゃ!そうそう。手作りケーキなんて、なかなか無いしね?!」
「んふふ。それに、良い思い出になったべ?」
「ふっ…。妹独り占めしてね?」
『ふふふふ』
「ま。…そういうことにしておきますか」
そんな風に言うと、潤くんが“素直じゃねーなー”なんて言うんだけど、その通り、ちょっと素直じゃないかもな。 ブルーベリー摘みに行かされたり、車の運転させられたりで大変だったんだけど、確かに良い思い出にはなったと思うから。 ここまで、杏奈と2人だけで時間を過ごせたのは久しぶりだったし、何よりケーキを作るなんて珍しいことだ。
でも、だからこそ訊きたいことがあった。 その理由に納得することが出来たら、素直に認めてもいい、と思う。
「…ところでさー。なんで、ブルーベリーなの?」
「「「「!!」」」」
『………』
「別に悪くないけど、買ってきてもいいわけじゃん?これだと。なんか理由でもあんの?」
俺がそう訊くと、杏奈以外の4人が一斉に笑って、その本人を見る。 雅紀に“言っちゃえ!杏奈”と促されて、ボウルに入ったブルーベリーを一粒手に取り、こう言った。
『…和兄ぃ。これ、ただのブルーベリーじゃないんだよ?』
「は?」
『ふふっ。…これね、ジューンベリーっていうの』
「ジューンベリー?」
『うん。6月にしか出来ないブルーベリーなの。だから、“June”』
「…!…」
『6月生まれの和兄ぃに、ぴったりでしょ?』
遅れた誕生日に、やっと全員揃った兄妹。 でも、どの家よりも、本気で誕生日を祝うのが俺の家だ。
この日のために、全員が忙しくして。 この日のために、全員が一致団結する。 全員が、自分が生まれた日を本気で喜んでくれるのが、この家で、この家族だ。
だから、俺はどんなに遅れてもいいの。 だって、そこにある気持ちは本物だから。 そうじゃなくちゃ、ずっと一緒にはいられない。
「………」
手渡された、一粒のジューンベリー。 口の中に入れると、甘い果汁が広がった。 きっと、今までで一番うまいケーキになる。
「ありがとね。嬉しい」
だから、言うよ。
俺の素直な気持ちを、ね?
End.
→ あとがき
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