新年の誓い - 1/2


side. O



2週間ちょっとの冬休みも終わり、あっと言う間に日々は元通り。学校へ通う日常は再スタートし、気温は冬休み前よりもグっと低くなった。
そんな中、心を温かくするのは久しぶりに会ったクラスメイトや先生でも、もちろん頭が痛くなるような授業でも無い。それはそれで大切なものだけど、俺の学校での“日常”に欠かせないものは他にもある。


例えば、自分の席から見えるイチョウの木の観察。例えば、登下校での風を切る感触と清々しい空気。例えば、部室での絵の具やワックスの匂い。
そういう色んなものが学校生活を彩っていて、例えどんな変化を遂げようと、自分にとってはそれらが安定剤の一つだ。そして、心を温かくする変わらないものは、ここにももう一つある。



「ひゃひゃ!いっただきまーす!」

『いただきまーす!』



雅紀と杏奈が手を合わせ、全員がそれに続く。春は中庭、夏は屋上。そして、寒くなって来る秋から冬にかけては、ここ生徒会室。俺たち兄妹が色違いの弁当箱を囲む場所は、季節によって違う。
でも、ここに自分たち以外のヤツが割って入るようなこともなければ、誰かが欠けるようなことも無い。
もし、何か嫌なことがあった時に、真っ先に話を聴いてもらったり、冷静にしてくれたりする兄妹が学校にもいるということはラッキーだと思う。
楽しいことは誰とであっても共有出来るけど、ネガティヴなことが許されるのは、やっぱり家族だけだ。



「あ、そうだ。ねー、翔ちゃん。これ食ったら、見て欲しい数学の問題があるんだけど。次の授業で当たりそうなんだよね。いい?」

「ん、別にいいけど」

「和のクラスってもうそこまで進んでんだ?俺んとこ、冬休み前の復習ばっかやってるけど。どーせ忘れてんだろ、って」

「潤くんのクラスと違って、あのオバサン先生はとにかく先に進めたがるのよ。こっちが理解してもしてなくてもね」

「うわー。面倒臭そう」



学生らしい話題に、ほんの少しの不満。おにぎりを頬張りながら、和は目の前に座る翔くんに教科書を渡す。その隣で、潤は一緒に教科書を覗き込む。
この3人はやっぱり根が真面目で、モチベーションはそれぞれ違うとも、きちんと次の授業に備えるのが当たり前。もはや見慣れた景色だ。



「杏奈は?なんか分かんないとこあったら、今の内に聴いとくけど」

「くふっ…。翔くん、先生みてぇだな」



先生よりも先生らしくて、先生よりも頼りになる翔くんの言葉に静かに笑う。そんな俺の独り言のような呟きに、目の前に座っている雅紀も同じように声をあげる。
俺たち2人のリアクションに翔くんは気まずそうに顔を歪め、おにぎりを詰め込んでいた杏奈も、もごもごしながら笑顔を見せた。



『…っ、ううん。何にも無い。だって次の授業、書き初めだもん』

「書き初め?」

「…って、あの校長の趣味丸出し書き初め大会のこと?」

「あー、そういえばあったね、そんなの!でも、授業内でやるもんなの、それって?俺のクラスはLHRでやるよ?」

『私のクラスは担任の現国の時間にやってるの。前回は練習に当てて、今日は練習2回目。で、次回に一番良いものを提出するんだー』

「なんか、無駄に気合い入ってんな…。道理で、杏奈のクラスちょいちょい騒がしいなと思った…」



俺たちの通う学校では、年明けすぐに書き初め大会という行事がある。何とも風流な行事だけど、和の指摘する通り、ただ単に書道の段を持っている校長がやりたいだけだ。
普通は雅紀のクラスみたいにLHRでテキトーにやってさっさと終わらせるものだけど、杏奈のクラスは担任が自ら盛り上げていて、十分すぎる時間を取っているらしい。
でも、大方の面倒臭い雰囲気を余所に、杏奈自身は意外と楽しそうだ。他のクラスメイトも、同じテンションかは分からないけど…。



「書き初めかー。俺のクラスないからなー、それ」

「そっか。特進クラスは希望者のみで良いんだっけ。…あー、俺もなー!特進クラスで受験しとけばなぁー!」

「ははは。確かに面倒だよね。和のクラスもまだやってないんだ?」

「うん。まあ、どっちにしろ一発勝負で終わらせるつもりだから良いんだけどさ。どっかのクラスみたく、時間を懸けてまでやるとは思えないし」

『別に良いでしょー!?結構面白いよ?』



和と杏奈が隣同士でキャーキャー言い合う。これも、見慣れた景色の一つ。本当は杏奈が可愛くて仕方ないクセに、普段はからかうようなことばっかりするのがお決まりだ。
そんな2人を見て、俺も同じ学年だったら杏奈のクラスに遊びに行ったり出来るのになー!と、羨ましそうに雅紀が玉子焼きを食べた。



『智くんのクラスは?普通科だもん、ちゃんとやるよね!』

「うん。…たぶん、俺んとこもLHRでやるんじゃないかな。よく分かんないけど」



杏奈に質問されて、この約1週間を思い返す。でも、普段からぼんやりしているせいか、そういう類の連絡があったかどうかも怪しかった。
書き初めのことなんて、本当に聴いたっけかな…。



「さと兄ぃ、また何か賞貰えるんじゃないのー?去年、銀紙貼られてたよね、確か!」

「兄貴、やっぱ字上手いもんね。今年も狙えんじゃない?」

「でも、何か貰えるつっても、どーせまた筆とかだろー?この人、それ全部絵に使ってダメにしてんじゃんかよ!」

「はははは!そーいえば、そんなことあった!」

「書道も楽しいから好きなんだけど…。ちょうど筆が無かったから、つい使っちゃったよね…」



去年の大会で銀賞を貰い、そのささやかな賞品だった立派な毛筆と高そうな半紙は、今は俺の絵を描く道具の一つとなっている。
もしまた賞を獲れるなら、今度はきちんと用途に合わせなくちゃ…と思いつつも、毛筆ならではの発色の独特さも気に入っていて、実行出来る自信がまるで無かった。



「てか、お題って何だっけ?自由?それとも学年によって違うのかなー?」

「いや、確か同じじゃなかったっけ?」

『うん、同じ。“新年の誓い”!』

「なんだかなぁ…。お題からして、やる気が出ないんだよなぁ…」

「はは!杏奈は?そのお題で、何て書いてんの?」



翔くんが尋ねると、杏奈がフォークをくわえたまま、自分のカバンの中をガザゴソ探し始める。それに対し潤が、行儀悪ぃぞ!とたしなめ、隣に座る和がフォークを口から引き抜く。
でも、当の本人は唇を尖らせながらも、探し物を見つけると表情をパァっと明るくし、お小言が効いてないのは明らかだ。



『じゃーん!これ!』



そう言って、取り出し広げたのは書き初め用の紙。折り畳んでいたせいか少ししわくちゃになっていて、僅かに懐かしい墨の匂いがした。
でも、そこにあった文字に杏奈以外の俺たちは、一瞬首をかしげてしまう。真っ先に反応したのは、わざとらしくため息を吐いた和だった。



「えっと、杏奈?…“Born This Way”?でいいの、それは?」

『うん!』

「へえっ、レディー・ガガ?てか、英語ってアリなの!?」

「いや、俺もよく知らないけど、たぶん提出した瞬間、遊んでたと思われるよね…」

『えー!なんでー!?』

「当然でしょーが。よく前回の授業で注意されなかったな、それ!どう考えても、ふざけ過ぎだろ!」

『ふざけてないもん!』



思いっきり紙を横に使って書かれた文字は英語で、翔くんが復唱した通り、“Born This Way”。色んな意味でカッコ良く仕上がっているけど、これでオーケーを出されるかはテーマ的にも微妙だ。
ただ、杏奈自身もその不安はあったらしく、他にも数枚、きちんと日本語で書かれた作品も用意しておいたらしい。



「なんつーか…。あれだね、さっきよりはいいんじゃないかな…。英語ではないし…」

『ほんと、潤くん!?』

「う、うん。そーだな。上手く書けてるし、英語ではないし…」

「“飛びたつ!”とか“真っ直ぐ!”とか、ざっくりしすぎてるけどね。まあ、勢いあって良いんじゃない?とりあえず、英語ではないし」

『良かったー!じゃあ、ここから選んで提出するね!』



翔くんたちのとりあえずのGOサインに、杏奈は満足そうに席に座り直す。全員が最後に同じ言葉を付け足していたことなんか気にも留めず、雅紀も良かったね!と声をかけた。
こういう時、杏奈も雅紀も素直でいいなぁ、と思う。俺は最初の“Born This Way”がインパクトがあって好きだけど、言わない方がいいんだろうな、きっと…。



『ねえねえ!じゃあ、みんなは何て書くの?私も教えたんだから、教えてよ!』



再びフォークを持ち直した杏奈は、無邪気に質問を投げかける。その目はどこかキラキラしていて、天真爛漫そのものだ。
杏奈のキャッチフレーズは、英語で書かれたものや力強い言葉よりも、“天真爛漫”がぴったりだと密かに思う。



「え〜…なんだろうな。そう言われると、書き初めやんなくてもちょっと悩むな。“一所懸命”とか?」

「俺は“一意専心”かな。去年はダラダラしちゃった部分もあるし、目標っていう意味も込めて」



一瞬ポカンとしちゃったけど、翔くんと潤の説明を聴いて、らしいなぁ、としみじみ思う。真面目っていうか、誠実っていうか。この2人は決してブレたりしない。
きっと言葉通りにこの1年を過ごすだろうし、周りの人たちも、自然にそういう言葉を2人に当てはめるはずだ。



「俺はまあ、オフィシャルとしては“現状維持”でしょーな。プライベートでは“ゲーム三昧”だけど」

「はははは!二つあるのね?」

『えー?そこは“目指せ甲子園!”でしょ、和兄ぃは〜!』

「ひゃひゃ!だよねぇ!?」

「んふふふ。甲子園は俺だけの力じゃいけないんで。だったら、こっちの方が現実味あるでしょ?」



まさかの二つ出てきた言葉に、全員がケラケラ笑いだす。
冗談なのかそうじゃないのか分かり辛いけど、和は元々こういうことを口に出すようなことをしない。自分のペースで着実に階段を上っていくタイプだ。
たぶん、自分からも周りからも、変なプレッシャーを与えられたくないんだと思う。



『雅兄ぃは?』

「俺はそうだな〜、やっぱり“感謝を忘れず、いつも笑顔で”とかかなぁ」

「雅兄ぃっぽいけど…ちょっと長くない?紙に収まる、それで?」

「入んないかな?」

「てか、そもそも普通すぎてつまんないしね。これだったら、杏奈の方が上だよ」

「くふっ!」

「っ、何だよつまんないって!書き初めに面白さいらないでしょ!?真面目にやってんだけど、俺!」



せっかくの雅紀らしい良い言葉を、和のツッコミによって普通と評されてしまう。
でも、その後もなんやかんや言いながらも、落ち着いた言葉は結局同じような感じで笑ってしまった。少し短くはなったけど、雅紀もみんなと同じで、ブレたり出来ないんだと思う。
本人的にはあれー?と悩むとこでも、俺としては見ていて安心出来る、絶対的な長所だ。



「智くんは?もう決まってんの?」

「俺?俺は……、」



そんな風に、それぞれ一通りの書き初めの言葉を知って、俺はなんだろうなぁ…と考える。特別な拘りは無いけど、何でも良いわけじゃない。
新年の誓いにしても目標にしても、はたまた信念にしても。後で後悔するような言葉を、わざわざ書き初めしたくはない。
だからといって、性に合わないようなことを、わざわざ全校生徒に晒したくもないしなぁ……、



「…俺は、じゃあ“健康第一”かな」

「けんこーだいいち?」

「うん。俺だけじゃなく、みんなのことも含めて」

『智くん…』

「んふ。やっぱり全員が元気じゃなきゃ、楽しいことも楽しめないもんね」



俺がそう言うと、杏奈は嬉しそうに微笑む。
これからやって来る12カ月をどんな風に過ごしたいか、誰と共有したいか。どうすれば、1年を終える時に自分が笑っていられるか。あらゆる可能性を考え、想像して出てきた答えはたった一つの言葉に納まった。
安直すぎるかも知れないけど、これが俺の誓いであり、願いだ。どれだけ季節や人が変わっても、たとえ何が起こったとしても、ここだけは大切に出来るようにしていたい。
俺にとって、5人はいつだって特別な存在だから。


そんな、大好きな温かい雰囲気で部屋中が満たされていくなか、和だけは不思議そうに俺を見る。発された言葉の意味に再びポカンとしかけたけど、分かった瞬間、ついつい子供みたいに拗ねてしまった。
だって、別にいいじゃんかよ。俺がそう思ってることに、変わりはないんだから…。



「…あなた、去年の書き初めは何て書いてましたっけ?」

「え?“健康第一”?」

「へえっ!?同じ!?」

『えーっ、2年連続一緒なの!?』

「確かに兄貴、毎年同じこと言ってる…」

「えっ、ダメなの?」

「うーん…。いや、別に良いんだけどさ?ちょっとね。それで賞狙うのか、って思うとさ…」

「んふふふ。大会的には反則なんじゃないか、ってね?」



空気は一変し、あっと言う間に俺を見る瞳も言葉も悪戯になる。
ある意味チームワークの良さを実感するシチュエーションだけど、たとえ冗談だと分かっていても、やっぱり攻められるのは辛い。みんな、生き生きしてくる感じが余計に…。



「っ、なんだよ、お前ら!さっきまで嬉しそうにしてたクセに!」



それでも、やっぱりここに居たいと思うのは俺たちだから。
今年も来年も再来年も。誰1人欠けることなく笑顔でいられることが、いつだって俺の願いだ。


今年も1年、健康でありますように。





End.


→ あとがき





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