告白の行方 - 1/2


side. M



「あ…もう来てんじゃん。翔くんたち」

『ほんとだー』



階段の踊り場で足を止めて、後ろからひょこひょこ付いて来る杏奈に、そう声をかける。
聴こえてきた賑やかな声は、毎日のように耳にしているものと同じもので、やたらと楽しそうだった。2人で残りの階段を上っていくと、その声はどんどん近くなる。



「あっ!杏奈ー!じゅーん!」

『雅兄ぃ!翔ちゃんと智くんも!』

「待ってたよ〜!早くおいで!ひゃひゃ」



屋上の扉を開けた瞬間に出迎えたのは、優しく暖かい風と、雅兄ぃの元気すぎる声。
快晴の空を仰いでいると、隣にいたはずの杏奈が、そんな雅兄ぃにつられて走り出したのが分かった。俺が同じ場所に辿り着くのは、その10秒後だ。



「早かったんだね、みんな?」

「ああ…。だって、雅紀が大騒ぎして教室に迎えに来るからさー。そのまま智くんのことも呼びに行って、それで」

「雅紀が翔くん呼ぶ声、俺のクラスまで聴こえてたよ」

『ふふ!凄い音量!智くんのクラス、結構離れてるのに』

「だって屋上の鍵持ってるのって翔ちゃんだけでしょ?だから、翔ちゃんだけはすぐに来てもらわないと!と思って。ひゃひゃ!」



聴くだけで容易に想像出来る雅兄ぃたちに、後から合流した俺と杏奈も笑い声を重ねる。
ここは紛れもなく学校なはずなのに、こうやって集まるだけで同じ空気を作れてしまうのは、俺たち兄妹の得意技だと言えるかも知れない。
座りながらケラケラと笑い合う全員の前には、今朝、俺が作ったそれぞれの弁当箱が並んでいた。



「てかさ…今更だけど、こんなことして大丈夫なの、翔くんは?勝手に屋上の鍵持ち出したってバレたら、まずくない?」

「うーん…普段、滅多に使わないから大丈夫だとは思うけど、」

『生徒会長なのに!って言われたりして』

「っ、ぅおい!杏奈、」

「ひゃひゃひゃひゃ!生徒会長の権力を悪用してるって?」

「っ、だから、お前らが言ったんだろーが!何、自分たちは無関係ですみたいな空気出してんだよ!?」



自分の言葉をカットインされた挙句、からかうような真似を杏奈と雅兄ぃがするので、翔くんが顔を歪める。
それもそのはず、今、昼休みに立ち入り禁止のはずの屋上に全員が集まっているのは、この2人が原因なのだ。



『ふふ、ごめんなさーい。でも、楽しいでしょ?こうやって屋上でお弁当食べるのも』

「それは否定しないけど…。でも、言うならもっと早く言って?いつでも生徒会室から拝借出来るわけじゃないんだからさ、俺だって」

「んふ…そうやって文句言いつつ、どっちにしろ持ってきてくれるんだよね、翔くんって」

「ひゃひゃ!俺ねー、翔ちゃんのそーいうとこ好き!ありがとー、翔ちゃん!ふふっ」

『ありがとう、翔ちゃん!私も大好き!』

「っ、まあ何でもいいけどさ…」



さっきとは打って変わっての言葉に、今度は別な意味で翔くんが顔を歪める。
今朝、家を出る直前に突然発表された計画はそういうことで、雅兄ぃと杏奈が決めたことだった。余りの天気の良さに、昼飯は外で食べたいね、となったらしい。


我が家の朝は、大抵この2人を筆頭にテンションが高く、大抵この2人が発端になって、色んな(無茶な)ことが決まったりする。
こっちが必死になって弁当の用意をしている脇で、支度に焦ることもなく、ウッドデッキでのんびりしているのが当たり前。だから、翔くんや和にうるさく言われることになるのだ……、



「…って、そういえば和は?まだ来てないみたいだけど」

『!』

「あ、うん。まだ来てないね。授業終わってないんじゃない?」

「えー?それは無いでしょ、さと兄ぃ。もう、だいぶ経ってるし」

「俺、電話してみよっか?」



自分たちの会話に必要不可欠である、的確なツッコミが足りないことに気付き、翔くんがケータイを取り出す。
雅兄ぃの言う通り、授業終了のチャイムが鳴ってからだいぶ経っているし、何より和は、授業が終われば教室からさっさと出てくるタイプだ。



『……』

「…?」



でも、そんな時、杏奈と僅かに目が合ったのも束の間、すぐに逸らされて不思議に思う。
そういえば、クラスから出てすぐに、待ち伏せしていた杏奈に腕を引っ張られてここまで来たけど、和のことは誘わなかったんだろうか?
和のクラスである隣の教室は、既に人がまばらだったから、てっきり杏奈が和に置いてかれたんだと思っていたけど。



「…杏奈?和が遅れてる事情、なんか知ってんの?」

『! 、っ、それは…』

「「「?」」」



俺がそう問いかけると、不安そうに口ごもる。さっきまで雅兄ぃとふざけ合って、笑っていたとは思えないほど、表情も険しい。その様子に、隣に座っていた雅兄ぃも声をかけ、翔くんと兄貴も俺と目を合わせる。
仕方なく、黙ってしまった妹に根気強く尋ねること約1分。ようやく杏奈が口を開いた。そこで、やっとのことで事の詳細と、杏奈の不可解な言動に納得がいく。



『…告白されてるの』

「え?」

『今頃、音楽室で…』

「へえっ?」

『私のクラスメイトに…』

「「ええっ!?」」

「…誰が?」

「っ、いや、普通話の流れで和だって分かるでしょ。てか、翔くんと雅兄ぃ、リアクションでかすぎ」



年上3人のおかげで、ほんの一瞬空気が和らぐけど、不安そうに震える妹の瞳だけはそのまま。
杏奈のこういう顔を見る度に、どれだけ自分たちが必要とされ、どれだけ自分たちが大事にしてきたのか、良い意味でも悪い意味でも、強く思い知らされる。
だって、こんな分かり易くご機嫌斜めな態度、逆にどう扱えばいいっつーんだよ…。



『…朝、潤くんはさっさと先に行っちゃったから知らないけど、和兄ぃの下駄箱に手紙が入ってたの。音楽室で待ってます、って…』

「で、でも…そんなのいつもとは言わないけど、しょっちゅうあるでしょ?別に、杏奈が気にするようなことじゃないと思うけどなー、俺は!」

『でも、その手紙くれた子、凄く可愛いし、男子にも人気あるって他の子が言ってた!和兄ぃだってきっと、』

「っ、いや!雅紀の言う通りだって、杏奈!和もそんな簡単に他人に心開くようなヤツじゃないし、それに、」

「でも、和がちゃんと会ってあげるなんて珍しいよね」

『!!』

「っ、智くん!!」



翔くんと雅兄ぃの必死のフォローを、空気が読めないのか、兄貴があっさり台無しにしてしまう。
でも、簡単になびくはずがない!という2人の意見も、直接会ってやっているということが、かなり意外なことだと言う兄貴の見解も、確かに間違いでは無かった。
年上3人は、どんなカタチであれ律儀に対応してやってるけど、俺と和は、大抵(忘れてたとか、気付かなかったという体で)無視してしまうから。
だから、もし敢えて今、俺がここで何か言うべきことがあるとしたら、こういうことなんだと思う。



「…だったら、杏奈はどうしたいの?言いたいことがあるならはっきり言わないと、和だって俺たちだって、どうすることも出来ないじゃん」

『それは…』



でも、せっかくの俺の言葉も、意を決して答えようとする杏奈の想いも、たった一つの声が遮った。
いつもは閉じているはずの扉から姿を現したのは、さっきから話題の中心になっているヤツだ。



「あらら、まだ食べてなかったんだ?」

「お、和だ…」

『!』

「んふふふ。いや、俺以外に誰が他に来るって言うのよ?おかしいでしょ、その反応。てか、先に食ってて良かったのに」

「あ…い、いや、待ってたんだよ、和のこと!やっぱ全員揃ってからの方がいいんじゃね?ってさ」

「ああ、そーだったんだ。遅れてごめんね?じゃあ、早速食べますか。腹減ったでしょ?」

「う、うん!そーだね!いっただきまーす!ね、杏奈!ひゃひゃ…!」

『…いただきます』

「「「…っ、…」」」



雅兄ぃの合図に、杏奈が渋々と手を合わせ、兄貴と和以外の俺たち3人が、その様子に苦笑する。
一斉に広げられた弁当箱は色違いで、我ながら今日も上手く作れたと全員の反応を見るけど、取り囲む空気はやっぱり良くない。
見つめていると言うよりは、睨んでいると言った方が正しい杏奈の視線は、真っ直ぐに和だけを捉えていた。そして、そんな嫌な視線に和が気付かないわけもない。



「ねえ、さっきから何なのか、ちょっと訊いてもいいですかね?」

「「「「!」」」」

「気分悪いんだけど、その目つき。んふふふ」



からかうような口調で尋ねる和に、それに動揺することなく見据える杏奈。
分かっていたこととはいえ、始まってしまった感が否めない状況に、残りの俺たちはただ見守るだけだ。



『…告白、どうしたの?会いに行ったから遅くなったんでしょ?ここに来るの…』

「まーね?」

『っ、…OKしたの?』

「んははは、そんなことお前が知ってどーすんのよ?どーしようと、俺の勝手でしょーが!」

『っ、そうだけど!でも…!』



余裕の態度を崩さない和に比べ、杏奈はどんどん追い詰められているようで、声も瞳も震えてきている。
今にも泣きそうな妹に、翔くんは2人を制止し、雅兄ぃも杏奈の頭を撫でた。



「はあ…仕方ないなぁ、もう」

『!』

「ほんっと、面倒臭いんだから…」

「和…」



そう言って、一旦腰を下ろした場所から立ち上がり、杏奈の傍へ移動する。


若干の違いはあっても、ある種、俺と同じスタンスの和は、安易な言葉でその場を収めたいとは思わない。
杏奈が、こういう類のことを嫌がるのは中学の時からずっとだし、そもそもの原因が自分たちにあることも、何となくだけど分かっている。
だからこそ、逐一ちゃんと話を聴いて、その不安を自分たちの言葉で解消してやらなきゃいけないのだ。
なぜなら、先にも言ったことだけど、妹をこんな風にしたのは、やっぱり俺たちだから。



「…で?お前は何がそんなに怖いのか、きちんと話してみなさいよ。別に、告白の答えが本気で知りたいわけじゃないんでしょ?」

『…っ、…』

「まあ、知りたいんだったら、それはそれで、後で教えてやるけどさ?んふふ」



相変わらずの調子で話す和に、必死に抑えようとしていた涙が杏奈の瞳から零れ落ちる。
でも、逆に全体の空気は、いつも通りを取り戻そうとしていた。



『なんか、嫌なの…』

「嫌って、何が」

『っ、……みんなが、彼女作ったりするのが…』

「「「「!」」」」

「…なんで?」



ある程度は、全員が予測していたはず。でも、ストレートすぎる妹の表現に、思わず和以外の全員が目を合わせた。
深呼吸をした後、杏奈が俯き加減に、理由を説明する。



『分かんない…。でも、もし彼女が出来たら、こうやって一緒にお昼食べることも無くなるんでしょ?一緒に帰ったり、休みの日も遊んだりしなくなるんでしょ?』

「……」

『っ、…分かんないけど、とにかく何か嫌なの!ムカツクの!心が狭いかも知れないけど、みんなが他の女の子と仲良くするのはヤだ!』

「杏奈…」

『他の女の子とよりも私と一緒にいて欲しいし、他の女の子と一緒にいる方がいいなんて思って欲しくないし、楽しいとか嫌…!』

「……」

『っ、私がいなくても関係無いみたい…』



そう言って膝を抱え、顔を埋める。
普通だったら、この荒々しい言葉に、慰めつつ笑い飛ばしてしまうのが当然なんだろう。でも、それが出来ないのが、俺たち兄妹だったりする。
何て言うか…、分かってしまうし、理解出来てしまうのだ。杏奈の、こういう気持ちが。



「はあ〜…もう、ほんとバカすぎて…」

『!?』

「ちょっと、顔上げなさいよ、こら」

『え……っ、!!?』

「か、和!?」



でも、和の突拍子もない行動に、杏奈はもちろん、全員が驚いてしまう。無理矢理に顔を上げさせたと思ったら、そのまま両頬を捻って、自分に顔を向けさせる。
杏奈も、ほんの少しの痛みと突然の仕打ちに、目を大きく見開いた。



『痛いっ!痛いってば、和兄ぃ!離し…っ、』

「っ、関係無いわけないでしょーが!」

『! 、……え…?』

「「「「!」」」」

「俺たちにとって、お前が関係無くなることなんて、これから先何があったとしても、絶対有り得ないことなの」

『……』

「じゃなきゃ、なんでこんな面倒な関係を、好き好んで続けてんのかって話になるでしょーよ。それぐらい、お前も考えれば分かることじゃないの?」



和の言葉に、全員が静かになる。でも、その言葉の意味を本当に理解出来ていないのは、たぶん杏奈だけだ。
そんな妹の様子に、再び和がため息を吐き、掴んでいた頬を、今度は手の平で覆うように涙を拭いた。



「…俺も、潤くんも雅紀も翔ちゃんも兄貴も。…みんな、お前と同じ気持ちだよ」

『え…』

「俺たちだって、出来る限りお前と一緒にいたいと思ってるし、守ってやりたいと思ってるよ。ちゃんと」

『……』

「分かる?俺たちは、お前がいなかったら幸せじゃない、って言ってんの。でしょ?」



そう言って、俺たち4人に笑いかける。真っ先に応えて見せたのは、雅兄ぃだった。



「ひゃひゃ…!そーだよ、杏奈!杏奈がいなかったら、俺たち寂しいよ!ね、さと兄ぃ!」

「うん。杏奈のいないところで、幸せになんかなれないよ」

『雅兄ぃ、智くん…』

「はは!杏奈がいるから、わざわざ危険を冒してまで、屋上の鍵持ってきてやってんのに!」

「ね、今更だよね?」

『翔ちゃん、潤くん…』

「ほら、見なさい。んふふふ」



未だに涙目のままの杏奈の頭を、言い聞かせるように、和がポンと叩く。
そしてすぐに、結局告白はどうしたのかと、兄貴が和に尋ねる。今回の発言の空気の読めなさは、もちろんわざとだ。



「あ、もちろん断りました」

「はは!そんなあっさり」

「本当はいつもだったら無視してんだけどさ、潤くんと同じように。でも今回は、杏奈に手紙見られちゃったから」

「あ、だから和、わざわざ会ってやったんだ?」

「うん。とりあえず結果が無いと、訊かれた時に答えようがないしね」

「そういうことだったんだ…。んふ。良かったね、杏奈?」

『智くん…』

「それに、妹の悪口を影で言ってるような女子は、そもそも好きとか嫌いとか、それ以前の問題なんで」

「へえっ!?わ、悪口!?杏奈の!?」



それから、あーだこーだ。全員で和のことを、よくやった!と称えたり(そしてありがとうございます!と和が敬礼する)、杏奈の方が百倍可愛いよ!と文句を言ったりする(主に雅兄ぃが)。
その間、状況がよく掴めない杏奈は、ただ1人できょとんとしていた。だから、笑ってこう言ってやる。



「そういうこと、なんだよ」



それは、さっきまで揉めていた問題のことでもあるし、こんな風に笑い合っていることでもある。
全員でいるから自分たちは成り立っているし、誰か1人でも欠けているなら、それはやっぱり間違い。だから、今はそれを大事にしたいだけなのだ。
恋愛が楽しくないとは思わないけど、それが心から楽しめるようになるのは、もうちょっと先な気がする。



「ってことで、もういい加減食べますか。昼休み終わる前に鍵返さなきゃいけねーし」

「杏奈も、彼氏作らないって約束してくれて安心したしね!」

『えっ!?』

「え!じゃないでしょーよ!ここまで人に色々言っておいて!」

「てか、雅兄ぃのどさくさ感も凄いよね…」

「んふ、さすがだな」



ほら、ね?





End.


→ あとがき





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