冬休みまでのカウントダウン - 1/2
side. A
夕食を食べ終わった後の、週末の夜。外は風が強く、庭の木が大きく揺れている。 夏の間は大活躍だったウッドデッキも、冬の今は影を薄め、全員が家の中で思い思いに過ごしていた。
例えば、潤はキッチンカウンターでレシピ本を見ながら、明日の夕食のメニューを考え中だし、翔ちゃんはソファに座って雑誌を読んでる。 その翔ちゃんの隣では、和がいつも通りゲームをやっていてテレビを独占中、さと兄ぃは1シーターのソファの方に座って、テレビ画面を一緒に眺めているみたいだけど、もしかしたら半分眠っているかも知れない。 そして俺は、ダイニングテーブル、いつもはさと兄ぃが座っている席に着いて、目の前でせっせとペンを動かす妹の杏奈を、ジッと眺めていた。
『よし…!これで5枚目完成〜!』
「「「「「……」」」」」
――― でも、俺は分かってる。ぜーったいに、みんな意識は妹に集中してるんだ、ってこと!
もうすぐ、クリスマス。もうすぐ、俺の誕生日…、って違う!今はそこじゃないんだ。もうすぐ年末で、師走で、もうすぐ冬休み。 つまりは、年が明ければもうお正月で、お正月と言えば年賀状! ということで、杏奈は今年届いた年賀状を見たり、アドレス帳を捲ったりしながら、来年の分の年賀状をせっせと書いている最中だ。
でも、同時に年賀状と言えば、今年初っ端から繰り広げられた、俺たち兄妹の揉め事の原因でもある。 俺たち宛てに届く、女の子達からの年賀状。名前を見てピンとくる子もいるけど、知らない子の方が多いその年賀状は、決して杏奈にとって嬉しいものじゃなかったらしい。 そんな風にヤキモチ妬く妹に困惑しつつも、可愛いなぁ〜、なんて思っていた俺たちは、なのに次の瞬間、痛い目に遭ったことを、今でもはっきり覚えてる。
『…雅兄ぃ?』
「っ、へえ?!…あ…、っ、なーに?杏奈」
『雅兄ぃ、ずっとそうやって私が年賀状書くの見てるだけだけど、雅兄ぃは書き終わったの?』
「ああ〜…。うん、終わってるよ。見る?」
頬杖をついて、ずっと杏奈の書く住所や宛名、メッセージを見ていると、杏奈がそう訊いてくる。 サイドボードの引き出しに仕舞っておいた、自分の年賀状を取り出しに席を立つと、和に潤に翔ちゃんに…、ああ〜、つまり全員だよね?全員が俺に、“余計なことは言うなよ、するなよ”みたいな視線を送ってくる。 分かってるよ!分かってるに決まってるじゃん!俺だって、そこまでバカじゃないよ!
「はいっ!今年も良い感じでしょ?」
そう言って、頼まれてもいないのに、自分の分だけじゃなく、他の4人の分も持ってきて杏奈に渡す。 バラバラの筆跡で書かれた宛名に、もちろん女の子の名前は無い。 俺たちからは絶対に女の子に年賀状なんて出してないからね!という証明の為にも、きちんと杏奈には見て欲しい。 でも、杏奈は宛名よりも裏面の絵が気になったらしく、目にした瞬間、“うわ〜…”と小さく声を漏らした。
『相変わらず雅兄ぃの絵、気持ち悪い…』
「そこっ!?」
『こんなの、ただの嫌がらせだよ。やり直したら、雅兄ぃ?』
「はははは!」
杏奈の感想に翔ちゃんが大きく笑い、それにつられて、和たちも笑い出す。 俺は絵を見て欲しかったワケじゃないのに、なんでそっちの方に注目しちゃうかな〜?! ってか、やっぱり全員、自分がやってることに集中してないじゃん!だったら、その雑誌や本も閉じて、ゲームも消しちゃえよ!ああ〜、もうっ!
「てか、そういう風に笑ってるけど、しょーちゃんだって絵に関しては俺のこと笑えないでしょ!?」
「っ、なんだよ、その流れ弾!?」
「でも、翔くんと和と俺は、年賀状は基本、印刷だから。翔くんの絵心の無さは否定しないけど」
「おーい、潤?」
『あははは!ほんとだ、翔ちゃんたちは印刷にしたんだね。去年までは和兄ぃ、私と同じでスタンプだったのにー!』
「面倒臭いんだよ、一枚一枚捺していくのも。今年は翔ちゃんがパソコンで作るソフト買ってきてくれたし、一緒に印刷してくれるって言うから、そっちにしたの。無駄な労力も、スタンプ代も出さなくて済むし」
「おーい、和?」
「ひゃひゃひゃ!利用されてやんのー、翔ちゃん!」
いつの間にか、雑誌は膝の上に、本はカウンターの上に置かれ、ゲームも一時停止で止まってることにも気付かないまま、全員でケラケラ笑い合う。 唯一、俺たちほど大きく反応することなく、静かに笑っていたさと兄ぃもソファから立ち上がり、杏奈の座っている隣、いつもは潤が座ってる席に着いて、同じようにペンを取る。
『どうしたの、智くん?』
「…いや、俺もそういや、まだ全部終わってなかったな、と思って。杏奈、ペン貸してね?」
『うん、いーよ』
そう言って、自分の分の葉書を取り、杏奈と並んで年賀状制作に取り掛かるさと兄ぃ。 そこには、年賀状用にするようなレベルじゃない、来年の干支である龍が描かれていて、細かすぎる作業に、杏奈も俺も頬杖をついて観察してしまう。
『ふふふ!智くんはやっぱり上手だね。貰った人は、本当に嬉しいだろうなぁ〜!』
「んふ。杏奈のスタンプも可愛いよ。字も綺麗だし」
『本当?雅兄ぃも、せめてボールペンの黒一色じゃなくて、色染めたら?やっぱり雅兄ぃの酷すぎるよ』
「ええぇ〜?そこまで言う?」
「ふはっ!てか、黒一色って、いくらなんでもシンプルすぎね?俺、今ビックリしたんだけど!」
翔ちゃんにまた笑われ、杏奈にもそう言われちゃうと、だんだん不安になってくる。 だから、俺も杏奈にペンを借りて、完璧に終わったと思っていたはずの年賀状に、再び手を伸ばした。 それを見て、気を遣ってくれたんだと思う。キッチンに居た潤が、コーヒーを入れようか俺たちに尋ねてくれる。
「ひゃひゃ、さすが潤!」
『飲む〜!潤くん、ありがとう!』
「んふ。俺も。ありがとね、潤」
「どーいたしまして。…翔くんと和はー?」
「…っ、良かったー!俺らの分もちゃんと訊いてくれんだね」
「ははは!ちょっと不安だったよね?今」
「んははは。結構ね?」
「はは。大丈夫。入れるよ、ちゃんと」
いつも通りの、俺たちらしい、和やかな雰囲気。 その後も潤が美味しいコーヒーを作ってくれたり、合間合間に翔ちゃんと和が、明日の予定について話していたり、時間はゆっくり確実に過ぎていく。 でも、俺たちは誰1人忘れていなかった。というか、忘れるわけなんてなかった。
――― 可愛い妹を護る為なら、俺たちお兄ちゃんたちは、なんだってするんだからね!
『次は〜…、いくたとうま…』
「「「「「!!」」」」」
『ん?とうま?とおま?どっち?』
杏奈が独り言で呟くその名前に、全員の動きが1秒止まり、また何事も無かったように動き出す。 でも、分かる。感じる。全員が同じことを思っているし、あの嫌〜な記憶が蘇っていることも。
「…どっちでもいいんじゃない?宛名は漢字で書くわけだし、読み方なんて関係無いよ」
『! 、そうだよね。ふふ。なんか気になっちゃった』
「んふ」
「「「「……」」」」
名前の読み方に疑問が湧いてきた杏奈を余所に、隣に座るさと兄ぃが静かに諭す。 杏奈は気付かないみたいだけど、その声の温度はさっきまでと絶対に違うし、笑って言ってるけど、なんかちょっと怖いし、とにかくさと兄ぃらしくない。 それに、俺は聞き逃さなかった。テレビから流れる軽快なゲーム音に混じって、和がさと兄ぃの言葉を繋いで言った一言を。
「…てか、どうせ届かないしね〜。その年賀状」
…怖い!怖いよ、ちょっと!何するの?!…いや、大体分かってるけど! あの苦い今年のお正月から、っていうか、去年の秋頃から、和と潤が杏奈のクラスにしょっちゅう出向いては、俺たちのライバルを威嚇して、杏奈に近づかないように見張っていたし。 でも、それなのに、お正月に届いた年賀状やメールで、何もかもが破綻した。安全神話が崩れた、っていうか、そのせいでより一層、俺たちはその名前に敏感になったのだ。
「ね、ねえ、杏奈?」
『なーに、雅兄ぃ?』
「その、さ…。生田斗真くん?とは仲良いの?」
「「「「!!」」」」
杏奈に近づくヤツは、いっぱいいる。和と潤が邪魔してくれてるおかげで、遠巻きに見ているだけのヤツの方が多いけど、それでもめげないヤツはいる。 それが、杏奈と同じクラスのヤツで、生田斗真だ。俺たちの、一番の敵! でも、一方的に邪魔ばっかりするだけじゃなくて、杏奈の口から、どういう状況なのか聴いておきたかった。 もちろん場合によっては、俺も休み時間の度に、自分のクラスと杏奈のクラスを往復しよう!っていう覚悟も込めて。
すると、杏奈が“うぅ〜ん?”と唸りながら、首をかしげる。
『…よく分かんない。友達は、みんなカッコイイって言って騒いでるけど、私は思わないし、別にそこまで話したこともないし』
「そ、そうなの?」
「「「「……」」」」
『メールも、お正月に来た時以来、全然来てないし』
「あ、ああ…」
「「「「……」」」」
…メールが来ないことに関しては、和が杏奈がケータイを放置してる隙に、勝手に受信拒否設定にしてるからだ、…っていうのは言わない方がいいんだよね?もちろん。 “なんでそんなこと訊くの?”と逆に質問もし返されるけど、“なんとなく!”っていう返し方は正解だよね?大丈夫だよね? でも、俺たちの会話に、ソファで和と翔ちゃんがコソコソ言い合ってるのが見えるし、キッチンカウンターにいる潤も気まずそうに苦笑してるし、杏奈の隣に座るさと兄ぃは、黙って俺に視線を投げかけるし! …分かってる!分かってるよ!分かってるってば!だから、そんな風に見ないでよ!ちょっと、訊いてみたくなっただけなんだからさ!
「…? 、杏奈、その葉書は何?他のとは、色とか違うけど…」
「「「「!?」」」」
『え?…あっ…!』
さと兄ぃにそう言われてハッとした杏奈は、慌てて、その色の違う葉書を両手と体で隠す。 でも、隙間から見えるそれは、確かにさと兄ぃが言う通り色が違く、絶対に他のものとは異なる仕様。 謎の年賀状と、杏奈の過剰な反応に、今度は1秒どころか、全員の動きが完全に停止する。
「杏奈…?そ、それって…?」
『…っ、…』
何コレ?まさかの新たなライバル登場?聴いてない!聴いてないよ、そんなの!和と潤、今まで何やってたの!? お兄ちゃん、泣いちゃうよ?いいの?ダメだよね?ねえ、なんでそんな風にほっぺたピンクにするの?!そんな風になるぐらい、好きな子いたの?! ええぇぇ〜、ズルい。ダメだよ、そんなの。杏奈は俺らのたった1人の可愛い妹なんだから、そんなの許されないよ……、
『み、見た…?』
「見た」
「っ、智くん、そんなハッキリ、良い声で…」
『もぉ〜っ!なんで見るの!』
「そんなの、お前が悪いんでしょーが。自分でそこに出しといて、文句言わなーい」
『っ、…』
「…で、誰に出すの?その年賀状は」
それぞれ、バラバラの場所に居るはずなのに、綺麗に想いは一致する俺たち。潤の核心を突く質問に家の中は突然静かになり、視線は妹の杏奈に集中する。 不安なのは全員一緒。でも、俯きながら、恥ずかしそうに得られた答えは、俺たちの思っていたものとは180度も違うものだった。
――― あれ?これも、聴いてないよね?きっと。
『…絶対に笑わない?』
「わ、笑わないよ!」
『智くん…』
「え?」
『…それに、翔ちゃんに、雅兄ぃに、和兄ぃに、潤くん…』
「「「「「!!」」」」」
『来年は他の女の子たちに負けたくないから、私もみんなに出したかったの…』
杏奈の言葉に、今度は違う意味で全員の動きが止まり、上手く反応が出来ず、家の中が静かになる。 その空気に耐えられなくなったのか、杏奈が大声を出して、“何なの、みんなして!”とか、“バカだって思ってるんでしょ、どうせ!”とか、そんなことを言い出す。 そこでようやく、どこかに飛んでいた意識は俺のところに無事に戻ってきて、席を立つことが出来た。そして、思いっきり杏奈のこと抱き締めてあげる。
「ありがとー、杏奈ーっ!!お兄ちゃん、誰に貰うよりも、すっごーく嬉しいよ!!」
『雅兄ぃ…』
「んふふ…。俺も、雅紀と一緒で凄く嬉しい」
『本当に…?智くん』
「うん。俺も杏奈に出してあげるね、じゃあ」
「! 、俺も!俺も出すよ、杏奈!てか、全員出すよ!ねえ!?」
『え…』
「はははは。…出すしかないんだろうなー、こうなっちゃうと」
「んふふふ。出さないと、うるさそうだしね?」
「ってことで翔くん、印刷1枚ずつ追加でお願い」
「っ、また全部、俺がやるの?」
『…ふふふふ!』
再び賑やかに、温かく、明るくなっていく空間。本当の意味で、全員が安心した瞬間。 だって、可愛い可愛い妹が、今年の女の子達からの年賀状に嫉妬して、自分も俺たちに年賀状を出すとか、もっともっと可愛いことしてくれてんだよ!? 嬉しくないわけない。っていうか、嬉しすぎて、俺泣きそうだもん!
『だから、まだ見ないで!これからメッセージ書くんだから!』
「ひゃひゃ!いーじゃん、別に〜!」
それだけで、お正月が待ち遠しくなる。それだけで、来年も楽しく過ごせる気がする。
だから、来年もずーっと一緒にいようねっ!
End.
→ あとがき
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