新年最初の闘い - 1/2
side. M
「杏奈、もうここはいいから、コーヒー入れて?」
『はーい』
食べ終わった雑煮。 食器の後片付けをしているとお湯が沸いたのが分かり、ケトルを指差さしながら、杏奈にコーヒーを用意するよう言う。 ソファの方では、雅兄ぃたちがいつもと変わらないテンションで、今日の予定を考えていた。
年が明けてお正月1日目の今日。学校も冬休みに入っていて、どこかのんびりモード。 昨夜は年越しでベッドに就くのも遅かったせいか、みんな起きてくるのも遅かった。 雑煮を食べた後にコーヒーなんていうミスマッチさは、実は眠気覚ましのためだったりする。
「やっぱりさ、最初は初詣じゃない?」
「ヤだよ。絶対混んでんじゃん。面倒臭い」
「えー?!でも、おみくじとか引いて、今年最初の運試しみたいなことしたくない?!ねー?杏奈!」
杏奈と2人で6人分のコーヒーカップにお湯を入れて温めていると、雅兄ぃがソファから身を乗り出して声を掛けて来る。 その横で兄貴が眠そうな目をしているのに対し、雅兄ぃはもう完全に覚醒したようだった。
『ふふ。うん!おみくじ引きたい!』
「ねーっ!ひゃひゃ」
「んふふふ…。雅紀、大吉引きそう」
「そう?どっちっかていうと、全体の1割しか入ってないのに、雅兄ぃは凶とか引きそうだな、って俺は思うけど」
「おい!潤!」
「分かる。なのに、ウザイぐらいテンション上げんだろ、お前の場合。それが一番面倒だから、行きたくないって言ってんの」
そう言いながら、和がWiiリモコンを手に取り、ゲームを始める。 テレビ画面を見たまま雅兄ぃをあしらう様子は、こっちもこっちで、やっぱりいつもと変わらない。
すると、今度はリビングの扉が開くのと同時に、翔くんの姿がキッチンから見える。 その手には、たった今届いたであろう、“今年最初の贈り物”。 雅兄ぃと同じくらい、隣に立つ杏奈のテンションが上がったのが分かった。
『翔ちゃん!それ、年賀状?』
「ん。なんかもう、振り分けるのが億劫になるくらい届いてる。毎年思うけど、やっぱ6人分ってすげーのな…」
翔くんがそう言うと、杏奈がコーヒーを用意するのを放棄して、“じゃあ、私がやる!”と立候補する。 若干呆れつつも、嬉しそうに葉書を受け取る妹を見て、何も言えなくなった。 今年は高校生になって友達も増えたから、より一層、年賀状をチェックするのが楽しみだったんだと思う。
そして、そのやり取りを聞いて、雅兄ぃたちもダイニングテーブルに集まって来る。 あっと言う間に、テーブルは葉書で埋め尽くされた。
「やっばい!今年も、ちょーいっぱい来たね!」
「んふ。今年は誰が一番多いんだろーな」
「やっぱ、翔ちゃんじゃない?毎年そうじゃん。そもそも俺は、全然出してないし」
「や、俺もそんなに出してないよ?確かに年々、来るのは多くなってる気がするけど…」
翔くんたちが喋っている傍ら、杏奈が自分の椅子に座り、葉書を分け始める。 でも、さっきの嬉しそうなテンションとは変わり、なぜか瞳は厳しく、扱いは雑だ。 その様子に、なんだか嫌な予感がしなくもない。 なぜなら、俺の気のせいかも知れないけど、杏奈が宛名以上に差出人をチェックしている気がするからだ。
『雅兄ぃでしょ、翔ちゃんでしょ、…こっちは和兄ぃで、これは潤くん…』
「ひゃひゃ。バスケ部の仲間からも来た〜!ね、杏奈はどう?誰から来た?」
『智くん…、これも翔ちゃんで…』
「? 、杏奈?」
「「「「………」」」」
『潤くんに、和兄ぃ…。こっちも雅兄ぃ…?もぉ〜っ…!』
「杏奈ー?聞いてる?」
「杏奈…?」
必死で振り分ける妹に、雅兄ぃがフローリングに膝をつきながら声をかけるけど、気付く様子は一切無い。 隣に座る兄貴も心配そうに見つめる中、俺と和の目が合った。 透明な瞳は、“ちょっとマズいかもね?”と言っている。 そして、完全に振り分け作業が終わった後、杏奈が俺たちをキッと睨んで、それが現実のものになったことを知る。
新年早々、俺たちの可愛い妹は、俺たちのせいで、また不安になってしまったらしい。
『なんでこんなに、女の子から年賀状が届くの!?なんで、半分以上が女の子からなの!!』
「へえっ?」
「まーた、始まったよ…」
『昨日も、メールいっぱい来てたし…。こんなピンクばっかりのうさぎ、私、嫌い!』
「ま、まあ、確かにピンクのうさぎばっかだよな…」
『特に、智くんが一番女の子から多かった!』
「あ…。ほんとに?」
大量の6人分の年賀状。 でも、その大半は杏奈の言うとおり、やけに可愛らしい字とデザインばかりで、一目で女子からのものだと分かった。 兄貴と雅兄ぃが“え〜?本当に?”とチェックする中、杏奈は完全に拗ねている。 慌てて翔くんが、“でも、俺らは別に送ってないしさ!?”とフォローするけど、返ってくる言葉は子供のような、“そんなの知らない!”だ。
「つーか、なんで一度も話したこともない人から、年賀状が来るの?クラスメイトならまだしも、全然知らない名前とかあんだけど」
用意した6人分のコーヒーをテーブルの上に置き、自分も葉書を確認する。 ただでさえ低血圧で朝が弱いのに、年明け早々こんなことになって、若干イラっとした。 もちろん、その対象は妹じゃなく、こんな不安材料を作ってしまった自分。 他の4人も同じなようで、顔を歪めながら年賀状の内容をチェックしていく。
「確かに…。なんか内容から見るに、他校の女子もいるっぽいよね?」
「あれじゃない?この前の文化祭に来てた、他の学校の女子とか!いっぱい来てたしさ!」
「え…?でも、なんで家の住所知ってんの?俺、教えたことないけど…」
「誰か、知ってるヤツが流してんでしょ、どうせ。あー!もう、マジで面倒臭いわ」
『………』
「と、とにかくさっ!?こんなの俺たちは知らないし、返すことも無いから、杏奈は心配しなくてもイイんだよ!?ね、しょーちゃん!」
「え?あ、ああ。うん、うん!もちろん!」
そう言って、雅兄ぃが膝をついたまま杏奈を抱き締め、翔くんが頭をポンポンと撫でる。 その光景がまた、昨夜とまったく同じだったりするのだから情けない。
2010年が終わる前から、部活やクラスの友達に混じって舞い込んでくる、知らないアドレスからのメール。 年越し蕎麦を作ってる時も、誰かしらのケータイがひっきりなしに音を鳴らすので、思わず全員がケータイの電源を切ったっけ。 和に至っては、“ムカツクから”と言って、杏奈が寝た後、それらのアドレスを一件ずつ、受信拒否設定に登録していたのを、俺は見た。 他の3人はどうしたか知らないけど、たぶん、みんな似たようなもんだと思う。
そんな、完全にご機嫌斜めになってしまった妹を見兼ね、雅兄ぃが杏奈宛てに届いた年賀状に手を伸ばす。 やっぱり高校に入って友達が増えたせいか、杏奈の葉書の枚数も増えているようだった。
「ほら!杏奈もいっぱい来てるじゃん!ひゃひゃ」
『………』
「これって、いつも移動教室の時に一緒にいる子?優しそうな子だったもんね!杏奈も年賀状出したの?」
『……うん』
「! 、あ、これは?部活仲間?“今年も大会目指して頑張ろうね!”って書いてあるよ!良かったね、杏奈!」
『まあ…』
雅兄ぃが手渡していく年賀状に、少しずつだけど機嫌が直っていく杏奈。 隣に座る兄貴も一緒に覗きこみながら、“みんな可愛いうさぎ描いてあるね”と声を掛けたりする。 それを見て、翔くんと和と俺は目を合わせ、ようやくコーヒーに手を伸ばした。
「えーっと、ほら!この子も部活の子だよね?それに〜…、」
けど、次の瞬間。 雅兄ぃの読み上げた名前に、示し合わせたように、全員の動きがぴったりと止まる。
――― その名前を聞くのは2度目だけど、いったいどういうことだ?
「…“生田”、…“斗真”…?」
「「「「!!」」」」
『あ。斗真くんからも来たんだ?』
「「「「!?」」」」
「え?あ、れ?杏奈、…この名前って確か…」
『同じクラスの斗真くん。…へ〜。学校終わる前に“年賀状出したいから住所教えて”って言われたから、来るかなって思ってたけど、本当に来たんだ〜!』
そう言って、雅兄ぃの手から年賀状を取る。 嬉しそうに年賀状を眺める杏奈とは逆に、俺たちは無意識にお互いの顔を見合わせてしまう。
今にも、瞳が潤みそうになっている雅兄ぃ。 ただただ、呆然と妹を見つめる兄貴。 その2人の後ろで、向かい側に立つ和と俺に、気まずそうな視線を送るのは翔くんだ。 俺の隣では、“いい度胸してんじゃん、あいつ”と和が呟いたのは、絶対に俺の気のせいなんかじゃない。
『あれ、メール?斗真くんから?』
「「「「!?」」」」
「へえっ?!な、なんで?!」
そして、メールの内容を読む妹の言葉に、俺たちはまた一致団結をする。 なんてったって、こういう時の意志疎通は、ハンパじゃないから。
つーか、なんでメールアドレスまで知ってんだよ。あいつ。
『“これから初詣に一緒に行かない?”だって!』
「「「「「…!…」」」」」
正直、すっげー面倒だけど、行くしかない。 なんだったら、顔を合わせるのを阻む為に、もっと遠くの神社を選んだっていい。 この瞬間、今日の予定に初詣は組み込まれたんだから、この際何だってしよう。 あとは、さっさと支度をして、家を出るだけだ。
「…やっぱり、行きますか。…初詣」
「ね!だよね!?そうしようよっ!!」
2011年。 色々あるとは思うけど、今年も全員で頑張る、ってこと。
もちろん、良い意味でも、悪い意味でも。
End.
→ あとがき
|