ミッションを遂行せよ!文化祭 - 1/2
『翔ちゃん!』
「ちょっ、引っ張るなって!…ごめんね?えっと、で…」
私が呼んでいるのに、翔ちゃんは無視して女の子たちと話を続ける。 見慣れた自分の制服は、その子たちに負けているような気がして、なんだか悔しい。 だから、翔ちゃんの腕を引っ張るのをやめて、逆に両手で絡ませると、女の子たちが私を睨んできたけど、そんなの知らない。
だって、目的は場所を知ることじゃなくて、絶対に翔ちゃんに決まってるから!
「たぶん、ここで合ってると思うけど…。もし分からなくなったら、マップ配ってるから、それ貰うといいよ?」
『………』
「入口で配ってるし、各クラスにも一応置いてあるはずだからさ」
翔ちゃんが優しく笑う度に、目の前の女の子たちのハートがキュンとしているのが分かる。 他校のセーラー服はやけに眩しいし、他の子も周りに集まってきている。 そんな様子に、まだ始まったばかりなのに、不安で不安でなんだか泣きそうになった。 しっかりと絡ませている翔ちゃんの腕で顔を隠すけど、こんな状態が続くなら、いよいよ泣いてしまうかもしれない。 それぐらい、待ちに待った文化祭は、なかなか計画通りには進んでいなかった。
生徒会長である翔ちゃんは、始まるまでは忙しかったけど、始まってからはプログラム通りに進んでいるのか、確認しながら回らなくちゃいけない。 だから生徒会室で待ち合わせをして、こうやって一緒に見て回っていたはずだったのだ。
それなのに……、
『翔ちゃーん…。もういいから、智くんのところに行こうよぉ…』
一歩足を進める毎に、女の子たちが“ここ、どうやっていけばいいんですかー?”なんて、猫なで声で声を掛けて来る。 その度に翔ちゃんは翔ちゃんで、丁寧に道を教えるから、こんなことになってしまうのだ。 生徒会長という肩書は、この文化祭では邪魔だっていうことが、凄く良く分かった。 会長であるせいで、下心見え見えの質問だって無下に出来ないんだから。
たとえ会長でなくても、翔ちゃんが無視出来るかは置いといて。
「…ってことだから。後は、そのマップ見ながら頑張って?俺、自分の仕事進めなくちゃいけないからさ。ごめんね?」
『!!』
でも、いい加減にうんざりしてきたのか、翔ちゃんから、質問を全部シャットダウンする。 おかげで零れそうだった涙も、ギリギリで止めることが出来た。
「ほら。行くぞ、杏奈」
『う、うん!』
そう言って、歩き出したことで離された腕に、また自分の腕を絡ませる。 すると翔ちゃんが怪訝そうな顔をして、“もう良くね?”と言うけど、黙って首を振る。 また女の子たちが寄ってきたら、大変だから。
「つーかさ。…杏奈はこうやって俺と歩いてるけど、自分のクラスの手伝いとかはいいの?メイド喫茶だっけ?なんか割り当てられてるはずだろ?」
『もう、終わったもん』
「は?」
『私、最初の開店前の準備係だったから…。本当は、決まった時はちゃんとメイドさん役だったのに…』
「あ、ああ…。てか、メイドって役じゃなくね?」
期待していたクラスの催しものは私の計画と同じで、予想通りには行かなかった。 メイド服が足りなかったとかで、体育祭のチア・ガールに引き続き、また加藤くんに断られたのだ。 クラスの女の子たちが可愛いメイド服を試着し合っている時はなんだか寂しかったけど、今となってはこれで良かったと思ってる。 翔ちゃんたちを護るには、この方がきっと都合が良いはずだ。
『ねえ、翔ちゃん。そういえば、智くんのクラスって何やってるの?私、聞いてない!』
終わったことより、自分の計画。 そう思って、翔ちゃんに智くんのクラスの企画を聞いてみる。
「え?あー、ちょっと待って。確か…、なんだっけ。…お化け屋敷的な。そんなやつだったと思うけど」
『お化け屋敷…?』
「なんか、気付いたらそれに決まってたらしいよ?どーせ智くんのことだから、また眠ってたんだろ」
『ふーん…』
お化け屋敷ならまだ安心?でも、何が起きるか分からない。 もし智くんがお化け役で、来る女の子たちがそれを分かってたら、チャンスと思って抱きついたりするかも知れない。 だって、お化けの格好なんてしててもたかが知れてるから。所詮、学校の文化祭レベルだ。
「ちょっ!杏奈、さっきから痛いんだけど、腕!そうしてるのは良いけど、もうちょっと加減して?!」
『あ!翔ちゃん、あそこだよね?!智くんのクラス!』
「え?ああ、そうだけど…。てか、話聞いてる?杏奈」
智くんのクラスを見つけて、指を指す。 想像していたとおりに教室は暗幕で覆われていて、正にお化け屋敷の佇まい。 でも、これじゃあ智くんがいるかどうかなんて、分からない。 お客さん側だけじゃなくて、同じクラスの女子にだって、ちゃんと釘をさしておかなくちゃいけないのに。
「杏奈〜」
『…!? 、え?』
どうすれば良いか分からなくて動けずにいると、その瞬間に私の肩を、たぶん智くんが叩いた。 “たぶん”っていうのは、振り向いた今でも、本当に智くんなのか確信が出来ないから。 声は、確かに智くんなんだけど。
「ふはっ。智くん、何その着ぐるみ!くまっ?!」
「んふふ…。可愛いでしょ?お化け屋敷っぽく、一応頭に包帯してるの」
そう言いながらくまの頭部を取ると、ふにゃっと智くんが笑いかけてきて。 でも同時に、配っていたはずの宣伝用のビラがパラパラと落ちて舞っていった。それを、翔ちゃんが智くんの代わりに、律儀にも拾ってあげる。
『智くん!中でお化けの役をやってたんじゃなかったんだね!』
「うん。ビラ配ってお客さんを集めてきて、って言われて…」
「はは!客引きだ」
「そしたら、雅紀が“さと兄ぃ、これ着ない〜?”って、この着ぐるみ持って来たの。んふふふ…」
『雅兄ぃが?!』
「自分のクラスで使わなくなったみたい。それで」
翔ちゃんが智くんの着ぐるみ姿を笑うのを横目に、私は雅兄ぃに感謝をする。 これなら係り的にクラスの女子と一緒にはならないし、他校の女の子たちも智くんだって気付かない。 寄ってくるのは、せいぜい子供だけだ。 後で雅兄ぃに会ったら、ありがとうって言わないと!
「んふ。杏奈、雅紀たちのとこにも回らなくちゃいけないんでしょ?」
『! 、うん!』
「俺は大丈夫だから、早く行ってきなよ?雅紀なんて、杏奈が来るって聞いて、凄くテンション上がってたよ?」
「ははっ。じゃあ、行く?順番的に雅紀は最後だけど」
『ふふっ。うん!智くんも、終わったら連絡してね?』
「うん。また後でね」
挨拶をして、智くんと智くんのクラスから離れる。 階段を下りる直前に後ろを振り向くと、包帯を巻いたくまが、私たちに手を振った。 智くんは、きっとこれで大丈夫だろう。
心の中の項目にチェックをしていくと、翔ちゃんが“つーか、マジウケる。あれ、写メ撮っておかないと”と笑う。 未だに廊下を歩く女の子たちの視線は痛いけど、智くんのくまに笑ってる翔ちゃんは、そんなことには気付いていないようだった。
『次は和兄ぃのとこだからね!翔ちゃん』
「ん。和のクラスは何やってんの?隣のクラスなんだから、杏奈、知ってるんでしょ?」
『え?ああ…。確か、フリマだった気がするけど』
翔ちゃんに訊かれて、記憶を呼び起こす。 和兄ぃはあんまり文化祭にノリ気ではなくて、話はそんなにしていない。今日の朝だって、いつもどおり、面倒そうに起きてきたぐらいだ。 唯一知っているのは、当番は午後の1時間だけだということで、だから翔ちゃんに会う前に様子を見に行ったのに、なぜか和兄ぃの姿は既に無かった。 まさか、また告白でもされてたんじゃないかと考えると不安だけど、私が行く頃に教室前で待ってる、と言ってくれてたから、足早に歩いていく。
すると、約束どおり、壁に寄りかかりながらDSをいじる和兄ぃを、早速見つけることが出来る。 “和兄ぃー!”と呼ぶとDSを閉じ、笑いながら“遅ーい!”と返した。
「んふふ…。翔ちゃん、お疲れ。大変でしょ?この子に付き合うの」
『私の方が大変だもん!』
「俺はともかく、潤くんは忙しいからさ。今日ばっかりは翔ちゃんに任せるよ。この子のこと」
「ははっ!オッケー。ちゃんと見張っておくよ」
『なんで、私のこと無視するの!?』
私の方が、翔ちゃんや智くんを護ったり、和兄ぃたちの様子を確認したりで大変なのに、その努力をまるで聞いてもらえない。仕舞いには2人で耳打ちし始める。 それを聞き耳をたててみると、同じクラスの斗真くんの名前が聞こえたような気がした。 そういえば一緒に帰ってから、潤くんたちに斗真くんのことを聞かれることが多くなったのを思い出す。
『あ?!そんなことしてる場合じゃないでしょ!和兄ぃ、なんでさっき…、朝は教室にいなかったの?!私、見に来たのにっ』
「ああ。朝は潤くんのとこに行ってたんだよ。お前の代わりに」
『へ?』
「そういえば、潤のクラスはカフェだっけ?やってるの」
「うん。タブリエ着けて、潤くん自らがサーブしてるから、Aクラスだけ妙に盛り上がってんの。ほら、あそこ」
和兄ぃが指差す方には長蛇の列。しかも、ほとんどが女の子。 カフェに行くはずなのに、既に差し入れ的な、お菓子や飲み物を持ってるって、有り得ない!
まさか……、
「んふふふ。全員、潤くん目当てで、しかも“付き合って下さい”って告白受けてるって、噂」
『!?』
「マジで?!文化祭どころじゃねーじゃん。潤も大変だな。…? 、杏奈?」
和兄ぃの報告に、電源が落ちたみたいに目の前が真っ暗になる。 これじゃあ、最初に私が提案したホストクラブと、何にも変わらない。 これだけ並んでると、潤くんの様子を見に行くことも出来ないし、今度こそ涙が溢れそうだ。
けど、そんな私を見兼ねたのか、和兄ぃが報告を続ける。 気が付くと、翔ちゃんも慌てたように、“大丈夫だって!”と私の頭を撫でていた。
「はぁ…。潤くんが良く分からない女に、簡単に心開くはずないじゃん。しかも仕事中だしさー」
『ほん、と…?』
「お前、良く見ろよー!入ってった女子、全員落ち込みながら出てきてんじゃん」
『え…?』
「はは。何?全員フラれちゃってるんだ?」
「んははは。もう完全にあのカフェ、失恋喫茶と化してるからね。しかも、潤くんの断り方が凄いの。“今仕事中だから、邪魔するようなら帰って?”って」
「ははは!文化祭なのに、ちょー真面目に仕事してんだ?さすが」
『潤くん…』
ほんの少し、涙が零れ落ちたけど、もう大丈夫。 潤くんが告白を断ってると分かったし、涙も翔ちゃんが拭いてくれた。 それに、和兄ぃがそんな潤くんの様子を、私の代わりに見ていてくれてることも。
「だから、潤くんは心配しなくていいよ。俺も見てるしね。んふふ」
『うん…。でも、和兄ぃは?』
「俺も大丈夫だよ。話掛けられても無視してるし。てか、ゲームばっかやってるヤツになんて、話しかけて来ないでしょう?」
「なるほどね。…でも、当番は?その間は潤の様子、見てられないんじゃないの?」
「平気。俺が当番の時は、潤くんは休憩だって言ってたし。つーか、早く雅紀のとこに行ってきてくれない?あいつ、さっきも俺にメールで“杏奈来た?”とか訊いてきて、マジでウザいんだけど」
「はは。まだ、テンション上がったままか。雅紀は。…じゃあ要望に応えて、さっさと会いに行ってくるか!杏奈」
『うん!和兄ぃも終わったら連絡ちょうだいね?他の女の子にも気を付けてね?』
「はいはい。分かったから、さっさと行ったぁー!翔ちゃん、マジでお願いねー?」
私たちの背中を押して、無理矢理、雅兄ぃのいる場所へ向かわせる。 智くんの時と同じように、階段を下りる直前に振り向くと、廊下に座り込んでDSを開く和兄ぃが見えた。 思わず、大きな声で名前を呼んで注意をすると、猫を追い払うかのように手を振られ、それにショックを受けていると、翔ちゃんが笑いながら、今度は私の手を引いた。
最後の最後で少し不信感を抱くことになったけど、まあいい。潤くんも和兄ぃも、たぶん大丈夫だろう。
「雅紀のクラスだけ、外か〜。そういえば、“たこ焼き焼くよ!”って言ってたもんな」
『家で練習してたよね。全然美味しくなかったけど』
雅兄ぃはテストが終わってからは、ずっと家でたこ焼きを焼く練習をしていた。 焼くのはそれなりに上手く出来てるんだけど、これがびっくりするほど美味しくなかったのが雅兄ぃらしい。 それを無理矢理、私たちに食べさせるものだから、和兄ぃと潤くんが本気で怒っていたのを覚えてる。 智くんの着ぐるみには感謝してるけど、たこ焼きは口に入れない方が良いかもしれない。
『あ!いた、雅兄ぃ!!』
「すっげー、盛り上がってんな〜」
校舎を出ると、すぐに雅兄ぃの姿を見つける。 というか、店構えも派手だし、その店全体のテンションも雅兄ぃを筆頭に高くて、見つけられない方がおかしいと思う。
私と翔ちゃんが手を振ると、気付いた雅兄ぃが私の名前を大きく呼んだ。
「杏奈〜!!翔ちゃーん!!やっと来た!ひゃひゃ」
『雅兄ぃ、楽しそうだね!すぐ見つけられたよ?ふふ』
「つーか、雅紀、Tシャツが汗でびちゃびちゃなんだけど。替え、持ってないの?」
翔ちゃんが指摘するとおり、雅兄ぃは11月とは思えないほど、Tシャツを汗で濡らしている。 妹の私から見れば、バスケをしてる時の姿は常にこんな感じだし、これも雅兄ぃらしくて全然気にならないけど、他の女の子たちはきっと気になるだろうなぁ、と密かに思う。
「うん、今は持ってない。あるけど、バスケ部の部室に置いて来ちゃったし。それに、これクラスTシャツだから脱ぎたくないんだよね〜。仲間外れみたいじゃん?ひゃひゃひゃ!」
『ふふ。私はそれでいいと思うよ?雅兄ぃ』
「ねー!」
「お前ら…」
雅兄ぃのクラスは教室と外とで分かれて展開してるらしく、外の班には男子ばっかりで、女子の姿は見えない。 他校の女の子たちも遠巻きに見てはいるけど、この男っぽいノリに怯んで、近寄れないみたいだ。
……ってことは、これで全員安心!全員オッケー!
『ふふっ。やっと肩の荷が下りたぁー!』
「へえっ?何、それ?どういう意味?」
「はは。杏奈なりに、色々とあったみたいだよ?」
9月から、ずっと楽しみにしていた文化祭。 でも、ひょんなことから、途端に不安はやって来た。 今日までどうすればいいのか悩んでいたけど、色々と上手く行ったみたいで安心する。 メイドにもなれないし、完璧なミッションとは言い難いけど、きっとみんな大丈夫。
だって、私がみんなを護ってるんだから!!
『あ…』
「? 、どうしたの?杏奈」
そして、また思い出す。 ミッションは、まだ終わっていないことに。
『ねえ、今日みんなで家に帰るよね?クラスの打ち上げとか、出たりするの?』
「「…!!…」」
遠足は、家に帰るまでが遠足。だったら、文化祭も、打ち上げまでが文化祭なはず。 でも、それをやられると、もう私は手を出せないわけで。考えると、嫌な不安がまた胸を襲う。 私が翔ちゃんと雅兄ぃを見つめると、2人も見つめ返してきた。
けど、ミッションは完璧に終われるんだよね? みんなで、家に帰れるはず。 だって、2人が一緒に笑って、こう言ったから。
「「大丈夫だよ!」」
初めての文化祭。
色々あったけど、みんなお疲れさまでした!
End.
→ あとがき
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