下校デートは危険領域 - 1/2


ほんの少し肌寒い風に、制服の中に着たカーディガンの袖口で手を隠す。
10月になって、陽が落ちるのはすっかり早くなり、部活が終わって下校する頃には、もう辺りは真っ暗。
こんな暗い道、1人で歩いてるなんて知られたら、きっと潤くんたちに怒られるだろう。



『…あ、違う。1人じゃなかった』

「え?何?杏奈ちゃん」



私の独り言に、隣を歩く斗真くんが反応する。
慌てて、何でもないと言って誤魔化すと、“そう?”と、にっこり笑った。



『危ない、危ない…』



遅くなった部活。“一緒に帰らない?”なんて誘われて、同じクラスの生田斗真くんと、2人並んで歩いている。
今日の部活は、最後のミーティングが通常よりも長引いたせいだ。
そのせいか、いつも一緒の雅兄ぃたちも“先に帰ってるね”なんていうメールが来ていたぐらい。
残念に思いつつも、急いでみんなの待つ家に帰ろうと部室を出た所に、なぜだか斗真くんが待っていて、こんなことになっている。



「…っ、でもさ!?杏奈ちゃん、本当に頑張ってるよね、弓道。なんで弓道部に入ったの?中学でもやってたとか?」

『え?…あ、ああ。別にやったことはなかったけど、的に当たったら気持ちいいだろうなぁ、と思って。それで入ったの、部活』

「へ、へえ」

『うん?』



斗真くんが待っているのを知って、同じ1年生の部活仲間が“いいなー”とか、キャーキャー言っていたけど、斗真くんってもしかして、凄くモテる人なのだろうか?
確かにカッコいいし、見た感じも真面目そう。
でも、同じクラスだけどほとんど喋ったこともないし、なんで弓道部が終わるのを待ってまで帰ろうなんて誘われたのか、イマイチ謎だ。
喋ったことがないのは、席も遠いし、私が休み時間の度に和兄ぃたちのクラスへ行くせいもあるだろうけど。


そんなことを考えていると、斗真くんが“そういえば、もうすぐ球技大会だね”と話題を振る。



「杏奈ちゃんは、何に出るの?」

『私?私はね、バスケ。…本当はチア・ガールにも入ってたんだけど、加藤くんに“人数足りてるから、やっぱりゴメン”って断られちゃって…』

「チア・ガール…。そうだったんだ」

『うん。でも、バスケで頑張るよ?ふふっ。…あのね、2年生にお兄ちゃんがいるんだけど、バスケ部なの。だから、最近は昼休みにいつも教えてもらってるんだ』

「ああ…。あの、バスケ部の…」

『うん!知ってる?元々運動神経が良いのもあるけど、すっごく上手なの。3年生よりも上手いんだから!』



球技大会を思い出して、自然に雅兄ぃのことも話してしまう。
間近に迫った球技大会での参加する種目を教えたら、雅兄ぃが“じゃあ、俺が昼休みに杏奈に教えてあげるー!”と言ってくれたのが3週間前。
それ以来、昼休み時間になる度に私のクラスまで迎えに来て、バスケを教えてくれてるのだ。
バスケをしている雅兄ぃは凄くカッコ良くて、それに楽しそうで、思い出す度に私まで笑顔になってしまう。



『斗真くんは?何に出るの?』

「俺?俺はサッカーと野球かな」

『野球…』



そう言われて、また考える。
翔ちゃんはサッカーに出ると言っていたけど、3年生だから他の学年とは当たらない。でも、和兄ぃが野球に出ると言っていた。
同じ学年だし、クラス対抗戦の球技大会では、絶対に和兄ぃと私のクラスは当たるに決まっている。



『っ、斗真くん、隣のクラス!Bクラス、強いから気をつけてね?!』

「え?」

『ピッチャー、私のお兄ちゃんなの。和兄ぃ、野球部で、1年生のくせにレギュラー取ってたりするから…。全てにおいて器用だし、しかもサウスポーだから、油断しない方が良いよ?』

「あ、ああ…。隣のクラス…、のね…」

『うん…』



和兄ぃが敵だと考えると、斗真くんの実力は知らないけど、勝てる気がしない。
部活の合間によく野球部の様子を見てると、そう思うのだ。
和兄ぃはいつも余裕そうだけど、きちんと私たちが見ていないところでしっかり練習をしていて、努力することを忘れない。
私が見ているのに気付くと、ニヤリと笑って軽々とヒットを打ったりするけど、その裏でしっかり練習しているからこそだ。



『むぅー…』

「? 、杏奈ちゃん?」

『えっ?』



和兄ぃの攻略方法をゲームさながらに考えていると、斗真くんが顔を覗きこむ。
初めて近くで見たその顔に、確かに綺麗な顔立ちをしてるな、と思った。
でも、ドキドキはしない。



「大丈夫?なんか、ぼーっとしってたみたいだけど?」

『あ、うん。ごめんね?何?』

「いや…。球技大会終わったらテストあるでしょ?勉強してる?、って訊いたんだけど…」

『テスト…。そういえばそうだね。全然やってないよ、勉強なんて…』

「そっか〜。俺も、全然やってないんだよね。なんか1人だとやる気しないし、なかなか進まなくてさ」



そういえば、球技大会が終わったらすぐにテストがある。
“だから、来週からまた全員で勉強するぞ”って、翔ちゃんが言っていたっけ。
それまでに、分からない所や教えてもらいたい箇所をピックアップしとかないと。



『確かにやる気しないよね。でも、私の家はみんなで勉強するから、やらざるを得ないけど』

「そう、なんだ?」

『うん。あ、でもね、凄く分かり易いよ?翔ちゃんは頭も良いし、教え方も上手いから』

「“翔ちゃん”…?」

『ふふ。さすが生徒会長で、特進クラスって感じなの。知ってるでしょ?あの人ね、私のお兄ちゃんなの!』

「はは…。生徒会長、が…?」

『うん!頭良いけど、他の頭良い人たちとは違って話しやすいし、面白いよ?時々口うるさいけど』



翔ちゃんは頭が良くても上から目線じゃないから好き。
わざと難しい言葉や表現を使って、頭良いアピールしないし。
うちの学校の雰囲気が良いのは、生徒会長である翔ちゃんのおかげだと、私は思ってる。
だって、翔ちゃん以外の人が会長だったら、もっとギスギスしてそうだもん。



『あ!ねえ、でもテスト終わったら文化祭あるよね?それも楽しみなんだー、私』



テストの後に控える文化祭を思い出して、なんだかワクワクする。
でも、そんな風に浮足立っていてばかりもいられないのだ、私は。

なぜなら……、



「…あ、あのさ?杏奈ちゃん、その文化祭なんだけど、俺と一緒に見て、」

『とりあえず、翔ちゃんを確保して、一緒に見て回る』

「え?」

『そうしたら、雅兄ぃ、和兄ぃ、潤くんの順に様子をチェックしていって…』

「…杏奈ちゃん?」



文化祭は、他校からも女の子たちが来る。だから、みんながちょっかい出されないように、私が護らなくちゃ、と決めたのはつい先日のこと。
潤くんと翔ちゃんにホストクラブの企画を提案したら、和兄ぃに“そんなことやったら、告白とかされて付き合っちゃうかもよ?”と言われたのがきっかけだ。
その時から、凄く不安で仕方ない。みんな優しいだけに、迫られたりしたら、本当に付き合っちゃいそうだから。
智くんなんて、寝顔を写メられてるぐらい無防備で、私から見ても不安の塊なのに!



『そんなの、絶対に嫌…!』

「あれ?俺、無視されてる?もしかして』



智くんはいつもふわふわしていてマイペースだけど、絵は上手いし、運動神経も雅兄ぃに負けないくらい良い。
それに私たち兄妹しか知らないけど、歌だってすっごく上手なのだ、智くんは。



『だからと言って、絶対に教えてなんかやらないけど!』

「やべ。会話が出来てない…」



女の子がギャップに弱いのは知ってる。
だから、そんな智くんのカッコ良い一面を見たら、今でもひどいのに、もっと大変なことになってしまう。
智くんの凄い所をみんなが知らないのは悔しいけど、そんなの仕方ない。仕方ないに決まってる。



『だって、他の子に取られたくないもん…』

「?! 、杏奈ちゃん?!」



嫌な想像ばかりしてしまったせい。気が付くと、涙が頬を伝っていた。
突然、瞳を潤ませて泣き出してしまった私に、当たり前だけど斗真くんはビックリする。
私もこの涙を何て説明すればいいのか分からなくて、言葉が出ない。


だって、“お兄ちゃんたちが自分から離れていくのを想像して、つい泣いてしまいました”なんて、言えるわけない。



「えっと…!だ、大丈夫?俺、なんか悪いこと言ったかな?」

『…っ、別に斗真くんが、悪いわけじゃなくて…』



斗真くんのためにも、なんとか声に出して安心させようとする。
いきなりこんな風に泣かれたら、誰だって困るに決まっているから。



『あのね…、』



理解してもらえるかは分からないけど、ちゃんと言葉にしないと。
でも、そう思い説明しようとした瞬間、聞き慣れた声が、私の言葉を遮った。



「杏奈?…お前、何やってんの?」

「え?」

『潤、くん…』



声のする方を向くと、コンビニの袋を手に下げた潤くん。
先に家に帰っていたからか、既にもう私服に着替えている。



「なかなか帰って来ないから、コンビニに買い物行くついでに迎えに来たんだよ。もう、7時過ぎてんだけど」

『本当だ…』



自分のケータイを掲げ、時間を見せるとそこには言った通りの表示。
私の遅い反応に“バカ”と言ってため息を付くけど、すぐに目を鋭くし、斗真くんを睨んだ。



「お前、誰?人の妹のこと泣かして何やってるわけ?杏奈の何なの?」

「えっ?いや、俺は別に…!」

『っ、潤くん!斗真くん!この人、斗真くんていって、同じクラスなの!みんな先に帰っちゃったから、斗真くんと一緒に帰ってただけだから!」

「…同じクラス?」



なんとか説明するけど、潤くんの鋭い瞳は斗真くんを威嚇し続ける。
しかも、その瞬間に私のケータイが鳴って、着信を確認すると、和兄ぃからだった。



『!!』



“マズい”

何がマズいのか分からないけど、本能的にそう思った。
だから、電話にも出ずに、潤くんたちに向き直る。



『っ、潤くん!家に着いたら説明するから!だから、とりあえず帰ろう?!』

「は?」

『斗真くんも、バイバイ!ごめんね?また明日!!』

「え?杏奈ちゃん?」



そう言って潤くんの腕を組んで、歩き引っ張る。


少し遠くでは、斗真くんの私を呼ぶ声。
隣では、“なんで泣いてたんだよ?”と問い詰める、潤くんの声。
ポケットの中のケータイからは、もはや和兄ぃなのか、雅兄ぃなのか、翔ちゃんなのか、智くんなのか、誰だか分からないけど、ずっとコールが止まない。



「おい、杏奈!なんで、あいつと一緒に帰ってたんだって!」

『潤くんたちが先に帰ったからだってばー!』



家に着いたら、何をどう言えばいいのか分からない。
でも、とりあえず、“明日は遅くなっても待っててね”と言っておこう。


なんで、そう思うのか。

それもよく分からないんだけど、そうした方が良い気がするのだ。



「杏奈!!」

『早く帰ろ!潤くん!!』





End.


→ あとがき





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