期待と不安の今後の行事 - 1/2
『あ、雅兄ぃが野球やってる』
夏休みが明けて、再び毎日学校に通う日々が戻ってきた。 時々雨が降ったり、吹く風が涼しくなっていたり。 少しずつ秋の気配を感じるけど、2階の窓から見下ろすグラウンドには、未だに夏の太陽を背負った、元気な声が響いている。
「ほんとだ。道理でグラウンドがいつもより賑やかなはずだよ…」
『早くも球技大会に向けて練習してるのかな?』
「いや、絶対にただ遊んでるだけだろ。あいつの場合。杏奈、あんまり顔出すなよ?見つかったらうるさいから」
窓際の床に座り、ゲームをしたまま和兄ぃがそう言って、少しその場から離れる。 そして再び、潤くんの席の前の椅子に座った。 教室を見回すと、名前も知らない女子たちの視線が、私たち3人に集められているのに気付く。 来る度に思うけど、やっぱり潤くんのクラスも和兄ぃのクラスも、ちょっと異様だ。
『うわぁ…』
昼休み、和兄ぃと一緒に潤くんのクラスへ遊びに来た瞬間から続く、この感じ。 いつもだったら3人で中庭へ出るのだけど、今日は潤くんがこの後ミニテストがあるから勉強したい、と言うので、この教室にいる。 だからその通りに潤くんはさっきから教科書とノートを広げているけれど、こんな状況で集中出来ているのかは、ちょっと疑問だ。
まあたぶん、私と和兄ぃがいるのも、原因の一つにはなるだろうけど。
「ああ、でもそうかー。もう少ししたら球技大会もあるし、文化祭もあんじゃん。きっと、また翔くん忙しくなるんだろうなー」
「つーか、春に体育祭やったのに、更に球技大会っていう別枠でやる意味が分からないよね。翔ちゃんも大変だろうけど、俺は今グラウンドで騒いでるヤツの方が不安。絶対、また余計なことするじゃん、あいつ」
『ふふ。雅兄ぃ、野球とバスケ、どっちに出るんだろーね?』
球技大会は、バレーにサッカー。それに、野球とバスケがある。 雅兄ぃはバスケ部だけど、同じくらい野球も得意だから、もし時間が被らなければどっちも出るかも知れない。 でも私がそう言うと、和兄ぃがゲームから目も離さずに、“どっちも出なくていいんだけど”と言う。
「はは!そういう和は、やっぱり野球でしょ?」
「まあ、そうなるでしょうな。なんせ、エースなんで。んふふふ」
『で、翔ちゃんはサッカーでしょ。智くんは…、なんだろ?バレーとか上手そうだけど。潤くんは?』
「俺?俺は別になんでもいいかなー。どっちかっていうと、俺のクラスは文化祭の方にテンション上げてるみたいだし…」
「みたいだし、って…。んふふふ。他人事ですか?既に」
和兄ぃがニヤリと笑ってそう突っ込むと、別にそんなわけじゃないけど…、と潤くんが口を濁らせる。 文化祭は各クラスごとに色々と企画を練るけど、初めての文化祭だから、私は楽しみで仕方ない。 屋台出したり、お化け屋敷やったり、カフェやったり、絶対に楽しいに決まってる。 他の学校からも色んな人が来るだろうし、ワクワクするのだ。
だから、そのテンションで一つの企画を提案してみる。 夏休みが終わってから、ずっと考えていたことだ。 その提案のせいで教室はざわついた気がしたけど、そんなの気にしない。
『ふふ。じゃあさ、潤くんは翔ちゃんと一緒にホストクラブやりなよ!絶対にお客さんいっぱい来るよ!』
「は!?」
「んははは!この子、バカだね。ほんとに」
2人は無視してるけど、教室の空気は見なくても分かるぐらいキラキラしている。 それぐらい良い企画なはずなのに、なぜだか潤くんは“ふざけんなよ!”と怒りだした。 私の足元では、和兄ぃがDSを閉じてまで笑い続ける。
もう!いったい、なんだっていうの!!
『いーじゃん!翔ちゃんと潤くん、並んでるとこう…!キラキラしてて、華やかで、ホストみたいだよ?』
「全然、嬉しくないんだけど。つーか、なんで学年とクラスを超えてまで、単独で店出さなくちゃいけないわけ?ぜってー、俺ヤダ」
「んふふふ。てか、お前、翔ちゃんの立場も考えろよ。生徒会長がホストって、イメージ悪過ぎだから」
『えー…。じゃあ、みんなでやる?』
「そういう問題じゃねーよ。てか、ゴメン。杏奈、黙ってくれない?俺のクラス内で、これ以上余計なこと言わないで?」
『へえ?』
「うん、賛成。お前のせいで、俺まで期待された目で見られて、マジで迷惑」
言っている意味が分かるような、分からないような。 絶対に翔ちゃんと潤くんが店出したら、売上1位になれるのに。 2人でやるのが嫌ならば、みんなでやればいいだけだし、雅兄ぃだったら絶対にテンション上げてくれるはず……、
「それに、杏奈。お前いいの?」
『? 、何が?』
納得いかない2人の言い分に拗ねていると、和兄ぃが膝に頬杖を突きながら、見兼ねたように言う。
「他の女子に囲まれて、この2人がキャーキャー言われてるの」
『!?』
「なんだそれ…」
「絶対にお前なんか入って行けないし、下手したら告白とかされて、付き合っちゃうかもよ?」
『や、ヤだ!そ、そんなんだったら、ひたすら汗流して、ずっと裏方の仕事してくれてた方がマシだよ!』
「だろ?」
『ね、ねえ、潤くん。やっぱり、やめて!ホストなんてやめて!翔ちゃんもやめて!雅兄ぃもついでにやめて!』
「いや、そもそも“やる”なんて一言も言ってないし。つーか、いきなり裏方って、酷いな、お前。しかも、雅兄ぃってなんだよ」
つい、ペンを持つ潤くんの手を握り締めてしまったけど、和兄ぃが注意してくれて、ほっとする。 店の売り上げとか、カッコイイ姿ばっかり想像してしまって、ホストがどういうものか忘れてしまっていた。
女の子に囲まれて、楽しそうにしている2人なんて見たくない! 潤くんのクラスの女子の期待なんて、どうだっていい!
「はぁ…。つーか、兄貴はどうするんだろうね?」
『え?』
「ああ、確かに。あの人ものんびりしてるけど、普通に人気あるからね。まあ、なんとなーく、クラスの実行委員が出した企画に乗っかるんじゃない?たぶん」
『人気あるの…?』
そういえば、午前中の休み時間、潤くんは勉強してるし、和兄いはゲームをやっていたので、智くんのクラスまで遊びに行った。 でも、智くんも窓際の自分の席で眠っていて、あろうことかその寝顔を、同じクラスの女の子たちがケータイで写真を撮っていたのを思い出す。 思わず大きな声で智くんを呼んで起こしたけど、クラスの企画に乗っかって、文化祭でもキャーキャー言われるのなんて、絶対に嫌だ。
「翔ちゃんは生徒会長として色々あると思うけど、雅紀はどうだろーなー」
「雅兄ぃはテンション上がって、自ら余計なこと言い出しそうだけどね。頼まれれば、コスプレでも何でもしてくれそうだし」
『そんなのヤだ…』
「和のクラスは?」
「俺のクラスは何も決まってない。面倒だから、フリマみたいなヤツでいいんだけどなー。俺は。つーか、杏奈。お前、さっきからうるさい」
それぞれの文化祭での様子を想像していると、和兄ぃに怒られてしまう。 さっきまではワクワクしていたはずなのに、よく考えたら不安なことだらけだ。
和兄ぃと潤くんはクラスが近いから様子を見るのは簡単だけど、智くんたちのクラスは離れ過ぎてる。 翔ちゃんは2人の言うとおり生徒会長としての仕事があるから、まだ自由に動けるはず。 だから、文化祭の日は、翔ちゃんと一緒に2人で校内を見回れば良いかもしれない。 そして、私がみんなを護らなくちゃ!
『っ、私、頑張るからね!』
「ごめん。意味分かんない」
「お前、今日部活休んで病院行ってこいよ」
私の決意を、2人はそうやって言うけど、もう決めた。絶対に他の女の子なんて蹴散らす!
そんなことを延々と考えていると、潤くんが私を見ながら、“っていうかさー…”と声を掛ける。 ふと時計を見ると、もうすぐ昼休みは終わりそうだった。
「…杏奈のクラスは何やるか決まってるの?」
『私のクラス?』
「そうだよ。球技大会だって、何やるワケ?お前」
潤くんと和兄ぃに訊かれて、3日前のHRを思い出してみる。 確か、その時にどっちも決まったはずだ。えっと……、
『…球技大会は、バスケとチアガール』
「は?チアガール?」
『文化祭はメイド喫茶やろうって!』
「メイド喫茶?!」
『一番可愛いメイド服を用意してくれるって、加藤くんが言ってたよ!』
「ちょ、ちょっと待って、杏奈?本気で言ってんの?」
『え、うん?…って、あ!?』
その瞬間、時計の針が授業開始時間を指し、チャイムが鳴った。 そして、次の授業が移動クラスだったことに、廊下で友達が必死に私の名前を呼んでいるのを聞いて、ようやく気付く。
『あわわわ!っ、和兄ぃ、潤くん!私、行くね!また放課後来るから!』
「っ、おい!杏奈!?」
慌てて出た、潤くんのクラス。 不安もあるけれど、密かに決めた、私のこれからの行事への決意。
球技大会は、10月。文化祭は、11月。 それまでに、対策を練らなくちゃいけない。
――― でも、私がいなくなってからの、こんな2人の会話は知らなかった。
「…潤くん?…とりあえず、“加藤くん”に会いに行きますか。放課後」
「だね…」
End.
→ あとがき
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