肝試しという名のプレゼント - 1/2
side. M
暗い森の中、一歩足を動かす度に土を踏む音がしっかりと聞こえる。それに、風が揺らす枝の葉の音も。 その上では、大きな月と綺麗な星がたくさん浮かんでいる。
『…ねえ、智くん、潤くん?』
「ん?」
「…何?」
兄貴が持つ、懐中電灯の僅かな光だけを頼りに3人で歩いていると、小さな声で杏奈が声を掛ける。 間を歩く杏奈は、俺たち2人の腕をがっちり自分の腕と絡ませているけれど、さっきから声を発する度に、その力が強くなっている気がした。
その言葉に、思わず全員の足が止まってしまう。
『…幽霊って、本当にいると思う?』
「「………」」
遠くの海岸からは波の音。それに土を踏む音も風の音も、現実よりも確かに響いた。 それらの些細な音がしっかりと耳に届くのは、きっと今が肝試し中だからだ。
「んふふ。…確かに、何か出そうな雰囲気ではあるよね」
『…因みに和兄ぃの見解だと、絶対にいるって。“生きてる人間よりも死んだ人間の方が多いんだから、当たり前だろ”って!ねえ、どうしよう!?本当にいたら!!』
「っ、ちょっ!つーか、待って。杏奈、腕痛いんだけど。加減しろ、って」
注意すると、やっと気付いたのか、“ごめん”と謝るけど、すぐにまた力は強くなっていく。 正直、恐怖よりも痛みに耐える方が、俺は忙しい。
「はぁ…。なんで、俺、誕生日にこんなことやってんだろ…」
――― 8月30日、俺の誕生日。
夏休みが終わり、学校が始まる直前のこの日。 夏休み前から、雅兄ぃと杏奈が練っていた海への旅行は、俺の誕生日と合わせることになった。 翔くんが調べてリザーブしてくれたキャンプ場は、夏休み最終日に近かったこともあり、余裕で取れたし、“釣りが出来る!”と楽しみにしていた兄貴も含め、全員が大満足。 昼間は海に入って遊んでいたけど、その後はテントの準備をしたり、バーベキューの準備をしたり。 文句を言いつつも、きちんと付いてきた和も率先して動いてくれていて、凄くいい時間を過ごしていたのだ。
さっきまで、は。
「…つーかさー。普通、こういう肝試しって兄妹でやるもんじゃなくない?友達同士でならともかく…」
「んふ。確かに」
『だ、だって、雅兄ぃがやりたいって言うんだもん!“夏はスイカにかき氷に、肝試し!”って…』
バーベキューが終わったら、花火をやるはずだった。 なのに、雅兄ぃがテンションを上げてしまい、この結果。 全員、兄貴以外はこんなの苦手なはずなのに、不思議に誰も反対しなかったのは、きっと何かあるからだ、と俺は考えているんだけど。
すると、杏奈が兄貴に“智くんは怖くないの?”、と訊く。
「え?怖いよ」
「え?怖いの?全然そう見えないけど、兄貴」
『絶対に嘘だよ!』
「嘘じゃねーよ!ただ、それが表に出ないだけっていうか…」
「サイボーグみたいだな…」
『あははは!サイボーグ!!』
「なんだよ。そんなに笑うことねーじゃねーか」
このやり取りのおかげか、俺と杏奈の恐怖心も少しばかり落ち着いた気がした。 でも、その瞬間に遠くから大きな声が聞こえて、またはっとしてしまう。 聞き慣れたその声は、ざっと3人分だ。
『雅兄ぃたちだね…』
「雅紀の声、でけーなぁ」
「うわー。俺、マジでこっちのチームで良かった…。あっちのチームだと、雅兄ぃに巻き込まれる可能性が半端なく高そうだし…」
勝手に振り分けられていた組み合わせに、いつのまにか決められていた2通りのコース。 同時にスタートしたものの、頻繁に聞こえる叫び声に、ちょっと不安になるのも確かで。 こっちには兄貴がいるせいか落ち着いて進めるけど、翔くんと和はだいぶ気の毒な気がする。
『…よく考えたらさ、みんなホラー映画とか観ないよね?潤くん、観たことある?』
「まあ、少しは観たことあるけど…。あんまり積極的には観ない」
「んふふ。潤とか和って、こういうの平気そうなのにな〜。…杏奈はもちろん観ないもんね?」
『うん。嫌いだもん。【ハロウィン】しか観たことないよ。ホラー映画は』
「ああ、あのツッコミどころ満載な映画な…」
そうやって、昔、全員で観た映画について盛り上がる。 “なんでホラー映画の主人公って単独で行動するんだろうね?”とか、“まず、2階に逃げるのが頭悪くない?”とか。 大した話じゃないけど、それだけで心は落ち着いて行くのが分かった。 しばらくすると、また遠くでは雅兄ぃたちの叫び声が聞こえてきて、笑い合う。
「んふふふ…。もう夏も終わりだな〜。また学校か〜…」
『智くん、宿題終わった?』
「全然」
『ふふ。私も』
「おい…」
夜風が吹いて、涼しくなった空気を感じながら、そう兄貴が呟く。 もう夏休みが終わるというのに、未だにこの2人がのんびりしているのは、最終的に翔くんが助けてくれると信じているからだ。 きっと、一番叫び声を上げている、あっちのチームの中の1人も同じだろう。 翔くんのためにも“宿題終わってないのに遊んでていいわけ?”と注意をすると、悪びれた様子も無く杏奈が言い返してくる。
『いいの!だって、そんなこと言ってたら、この旅行の参加者も潤くんと翔ちゃんと和兄ぃだけになってたよ?てか、下手したら和兄ぃも行かないよ?キツくない?それ』
「んふふふ。2人だけの旅行って…。なんかエグイね。しかも、潤の誕生日」
「いや…。つーか、まずそうなった時点で、俺も翔くんも行こうと思わないだろ、それ…」
ちょっと想像してみると、翔くんには悪いけど、確かに兄貴が言うとおり、エグイな、と思う。 というか、兄妹で肝試しやってる時点でおかしいのに、2人だけの旅行なんて有り得ないだろ。 せめて、妹である杏奈ぐらいは、そこに居て欲しい。
でもその瞬間、その杏奈が続けるように、“それに〜”と言う。 同時に兄貴が“ヤバい!”という表情をしたのを、俺は見逃さなかった。
『せっかく、こんな肝試しまでしてサプライズやろうとしてるのに、2人じゃそれも出来ないよ?』
「は?」
俺の耳に聞こえたのは、“サプライズ”というワードだけ。 そのワードに、“杏奈!”と幽霊にも慌てない兄貴が、あたふたし始める。 そして、あっちのチームに負けない、杏奈の“え?あ、あ?あーっ!”という叫び声。 ただし、これは恐怖心からではない。
「何?サプライズって?」
「『………』」
気付けば、杏奈の絡んでいた腕は解かれていて。 俺がそう質問すると、2人で気まずそうに目を合わせた後、最初に笑ったのは兄貴だった。
まあ、聞かなくても、なんとなく分かってるんだけど。
「んふふ。…あのね、あっちのコースの方がゴールに早く付くようになってるの。ゴールっていうのは、海辺の方なんだけど」
「? 、どういう意味?」
『つまり…。そこに先に着いた和兄ぃたちが、ケーキとか用意してて、私たちっていうか、潤くんを待ちかまえている、っていう…』
「“誕生日おめでとー!”ってね。ね?杏奈」
『うん…』
「くっ…!」
その、雑すぎるサプライズ内容に、思わず笑ってしまう。 先に言ったように、何か企んでいるのは分かっていた。 肝試しについてももちろん、誕生日だというのに、白々しいほど昼間は誰もそのことについて触れなかったから。 毎年、全力で誕生日を盛り上げるヤツらがそんな風だったら、怪しすぎて気付くんじゃないかと、誰か考えなかったんだろうか。 しかも、その割に肝試し中にこうやって口を滑らせたりと、徹底してないし。
『単純に、潤くんを驚かせたかったっていうか…!“いつもと同じじゃつまらないよね!”っていう感じで…』
「そう!本当は、もうちょっと凝った感じにしたかったんだよ。…でも、こういうのって潤が計画してくれるもんだからさ、いつもは」
「はは。まーね?」
『だから、こんなのしか思いつかなかったの。…でもどっちにしろ、これじゃあサプライズの意味無いね…』
杏奈と兄貴が申し訳なさそうに、ごめんなさいと揃って言う。 気付けば、もうあっちのチームの叫び声も聞こえない。 きっと、ゴールである海辺の手作りパーティ会場に着いたんだろう。 そして、ふと思う。というか、実感する。
俺って、本当に幸せなんだな、と。
「はは。なるほど、ね…」
杏奈は“意味が無い”、と言うけれど、意味はある。 俺の誕生日を、そんな風に必死になって考えてくれた、という事実だけで十分に。
手慣れていない計画。 他の5人の誕生日に比べると、俺の誕生日だけがシンプルになってしまう祝い方に、きっと申し訳なく思っていたんだろう。 それを少ない時間の中で、全員で考えてくれたというだけで、俺は満足。
凄く、幸せだ。
「そんなことないって。…十分、サプライズだよ。色んな意味で、…ね?」
「潤…」
「ただ、あっちのチームがわざわざバカ正直に、同じように肝試ししてるのは謎だけどね?それは意味無いと思う」
『ふふっ…。確かに』
そう言うと、また3人で笑い合う。 あと少しすれば、その笑い声は6人分に増える。
「よし!じゃあ、さっさとゴールに向かうぞ!潤、杏奈!」
『潤くん!ゴールの瞬間、クラッカー鳴るけど、ちゃんと驚いたフリしてね?!』
「ふっ…。オッケー」
夏、真っ盛り。でも、もうすぐ夏は終わる。 そんな、今年の誕生日。
また一つ、完璧な思い出が出来た。
End.
→ あとがき
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