可愛い三男の看病 - 1/2


side. A



『…雅兄ぃ、大丈夫?』



目を開けると、薄暗い自分の部屋。
ベッドサイドにあるライトだけが、この空間を照らしている。



「ん〜…。杏奈?」

『…熱、まだ引いてないね。苦しくない?』



そう言って、俺の額を小さな手が覆う。
まるで、生まれたての赤ちゃんみたいな柔らかい肌を感じたのは、久しぶりな気がした。
ここ数日間、ずっと熱が引かなくて、ベッドに入ったままだ、俺…。



「ひゃひゃ。…大丈夫だよ?もう苦しくはないし」

『…ほんと?』

「うん。ほんと。…俺が、杏奈に嘘吐くわけないじゃ〜ん。ふふ」



体を横にして、寝たままだけど杏奈に向き合う。
その杏奈は、俺のベッド脇で床にぺたんと座って自分の腕に頭を乗せるけど、瞳は心なしかちょっと潤んでいて、なんだか不安になった。



「ひゃひゃっ…。なんで、泣きそうになってるの?杏奈は笑ってなきゃ〜」

『だって…。雅兄ぃ、ずっと病気なんだもん』

「え?だから、大丈夫だって、」

『でも、雅兄ぃはこういう時、すぐに嘘吐くでしょ?心配させないように、って…』

「杏奈…」

『それに、今回はずっと寝込んでるから心配なの…』



ライトに照らされている、っていうせいもあるけど、杏奈の瞳は確実に涙で溢れ始め、暗闇の中で光っていて。
それを見ていたらどうしようもなくなって、ちょっと体を起し、頭を撫でてあげる。
なのに、すぐに“寝てなきゃダメ!”なんて激が飛んできた。
だから、“だって杏奈が泣くから〜”と言い返すと、ちょっと見つめ合った後、思わず2人で笑い合う。



『ふふっ…。ちゃんと、寝ててね。雅兄ぃは』

「ふふふ。うん」



杏奈がいつもどおりに笑ってくれたことに安心して、またさっきと同じようにベッドの上に横になる。
でも、杏奈がこうやって不安になるのは、なんとなく分かるんだ。俺自身も。
だって昔は、たぶん兄妹の中で俺が一番体が弱かったから。
その度に皆に心配させて、特に杏奈は一番小さいから、余計に怖かったんだろう。
あの頃の年齢って、ただの風邪が凄い病気のように感じちゃったりするものだから。


けど、杏奈はいつも、こうやって部屋に来て心配してくれる。
翔ちゃんたちに、“うつるから大人しくしてろ!”と注意されているはずなのに、懲りずに様子を見に来るのだ。
でも、それが俺は嬉しくて。
成長してバスケを始めてからは、滅多に病気にはならなかったんだけど、ちょっと調子に乗ってたら、こんな風になってしまった。



『雅兄ぃ、来週までに治るといいね?来週、バスケの試合でしょ?』

「うん、そーだね。でも、さすがに来週までは長引かないよ?もう、本当は起きてても大丈夫だと思うしね!俺は」



そう言うとまた、“雅兄ぃはお医者さんじゃないんだからテキトーなこと言わないの!”とたしなめられる。



「ひゃひゃ。でも、本当に来週には復活してるからね!俺。だから、杏奈も応援しに来てね、絶対」

『ふふふ。いいよ。雅兄ぃのためにレモンのハチミツ漬け作ってあげる!』

「え?南ちゃん的な?」

『えー?バスケだったら、どっちかっていうとハルコさんじゃない?ふふ』

「ひゃひゃ!“バスケットは好きですか?”つって!」



和が聞いてたら、“くだらねー”と言われそうな冗談を、2人で言って笑い合う。
でも、すぐに自分たちの声の大きさに気付いて、同時に指を立ててシーっ!と息を潜める。
すると杏奈が、今度は俺の額と自分の額をくっつけて、熱を診た。
その様子が、本当に小さい頃のままで、可愛くて仕方ない。



『…なんかさ、こうやって額と額合わせて、本当に熱の高さとか分かるのかなー?私、全然分からないけど』

「ほんとに?俺は分かるよ?」

『え〜?どっちがどっちの温度か、分からなくならない?』

「ううん。分かるよ。…杏奈の方が低い!」



俺の答えに、“信じられない”といった表情を向ける杏奈。
そして同時に、昔もこんなやり取りをしたな、と思い出した。
本当に小さい頃は、自分の部屋で寝ているんじゃなくて、リビングに布団を出して看病してもらっていたっけ。


翔ちゃんと潤が、薬やお粥を用意していて、さと兄ぃは俺の隣で普通に寝ていた、幼い頃の思い出。
和がちょっと離れた場所でゲームをやっているんだけど、今と同じようなことを質問してくる杏奈に、“病気なんだからそっとしといてやれって”と注意をしていたのを覚えてる。
それでも杏奈は、また俺のそばに来て頭を撫でてくれるのだ。


今と、全然変わらない。



「ふふふ…」

『? 、何?なんで笑ったの、今』

「ううん、別に。…ねえ、さと兄ぃたちはもう寝たの?今、何時?」



俺がそう訊くと、壁に掛けられた時計を確認しながら、23時になったことを伝える。
そして、みんながまだ眠っていない、ということも。



『みんな、まだリビングで起きてるよ?翔ちゃんは英語の勉強してたし、潤くんは本読んでた。和兄ぃはいつもどおり、ゲームでしょ。それに、……あ。智くんはソファで寝てたかも。やっぱり』

「ひゃひゃひゃ。でも、みんな起きてるんだ…」

『うん。…雅兄ぃのこと心配なんだよ。そのうち寝ると思うけど、“何かあったらすぐに呼んで”って、言ってたよ?』

「うん。ありがと、って言っておいて」

『いいよ。だから、雅兄ぃも早く治してね!』



言いながら、2人で指きりをする。
これも、昔から全然変わってないって、杏奈は気付いているのかな?


さと兄ぃたちは、確かに兄弟って感じなんだけど、杏奈はちょっと、俺の中で違う。
妹というより、お姫さまみたいだ。プリンセスなのだ、俺の中では。



「…あれ?そうなると、俺って召使い?執事?」

『え?』



頭の中で考えていたことを、そのまま口に出してしまって、ちょっと慌てる。

これも、きっと熱のせいだ。たぶん。


すると、杏奈が“雅兄ぃ変なの!”と言って笑う。
そうやって笑っている様子が、めちゃくちゃ可愛いくて仕方ない。
だから手を伸ばして、“もぉ〜!可愛いなー、杏奈はっ!”と言ってほっぺたを軽くつねると、また2人で笑い合う。


俺にとって、最高に幸せな瞬間だ。



「…?…、なーに?」



でも、突然杏奈が黙りだすから、思わずきょとんとしてしまう。
そして、しばらく“うーん…”と唸った後、今度は笑顔を見せる。
こんな風に、なんてことないけど大切な大切な幸せを、杏奈は俺にくれるのだ。



――― あーっ!早く、本当に治さなくちゃ!じゃないと、その言葉の意味が無くなっちゃう。



『雅兄ぃは、私の騎士だね。いつでもそばにいて、護ってくれるもん。』



俺の可愛い、可愛い妹で、お姫さま。


もうちょっと待っててね?
すぐに元気になって、また護ってあげるから!





End.


→ あとがき





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