体育祭の一幕 - 1/2


side. N



『ふふ。100mも1位獲ったし、今度こそ絶対に和兄ぃには負けない!』



日焼け止めを付けながら、杏奈が言う。
隣では潤くんが、この暑さのせいで水滴だらけになったペットボトルの水を、口に含んだ。
俺はそんな2人を横目に見ながら、座っている芝生の草を千切る。
2年生の方に目を向ければ、これから始まる2年の100m走のために、雅紀がストレッチをしていた。



「んふふふ。今度も俺の勝ちだと思うけどねー。前回のテストの時みたく」



――― 今日は体育祭だ。



俺たちの学校では、文化祭などと重なる秋ではなく、この時期にやるのが通例。
その方がひとつひとつの行事に時間を掛けられるし、入学したばかりの1年生もクラスとより打ち解けられるだろう、というのが理由らしい。


でも、打ち解けるも何も、俺たちはクラスメイトを余り気にしたことがない。
登下校はもちろん、昼休みも全員で弁当食べてるし。
そもそも今だって、俺たち3人はクラスがバラバラなはずなのに、こうやって一緒にいる。
この時点で、学校側の狙いは意味を成していない。残念だけど。



「つーかさ、マジでやってるんだ。その勝負…」



潤くんの言葉に、杏奈が“もちろん!”と返す。
そしてまた、さっきも言った、“和兄ぃには負けないもん”という言葉を繰り返した。



事の発端は先日あったテストで、俺が絶対に勝てると挑発したら、まんまと引っ掛かっり、テストの合計点を競うことになったのだ。
一応兄貴と雅紀もいたけど、この2人は妹につられただけだ。だから事実上、俺と杏奈の一騎打ちだったんだけど、結果は先に言った通り、俺の勝ち。
因みに英語と現国だけは、杏奈の方が上だった。


でも、余程悔しかったんだろう。今日の体育祭で、どちらが個人競技でより多く1位を獲れるか、勝負を仕掛けてきたのだ。
そこで引いてやれば良かったんだけど、生憎俺は杏奈をからかうのが好きだからさ。
とりあえず勝負は買って、ゲーム感覚で楽しんでいる最中ってわけだ。



『ねえ、和兄ぃ!和兄ぃはあと何の種目に出るの?』

「あー。100mは今終わっただろ。だから1500mに200m。あとは走り幅跳びか。お前は?」

『えっと、800mでしょ。それにハードルと借り物。確か、潤くんも1500m出るよね?』

「うん。1500mと今の100m。あとは…、200mにハンドボール投げかな」



出ている個人競技は微妙に違うけど、同じ4種目ずつ。これは俺たち3人だけじゃなく、兄貴と雅紀も同じだ。
だから、今回は俺と杏奈だけじゃなく全員で勝負をしている。
さっきの反応だと、潤くんは本気にしてなかったみたいだけど。



すると、杏奈が向こう側に立ててある、先生たちのテントの方へ目を凝らす。
そこには唯一、この勝負に参加していない翔ちゃんが忙しそうに動いていた。



『…翔ちゃんは相変わらずだねー。大丈夫かなー?』

「まあ、翔ちゃんも人が良いからね。生徒会長でもあるから、仕方ないっていえば、仕方ないけど」

「だからといって先生たちも頼りすぎだろ。そのせいで翔くん、ほとんど個人競技には出れなくなってんじゃん」



確かに、俺たち全員が4種目ずつ個人競技に出ているのに対して、翔ちゃんだけは2種目だけだ。
進行だったり、準備だったりの裏方作業をこれでもか!というほど任されている。
我が家の次男は、こっちがうんざりするぐらいのことを、笑顔で引き受けちゃうんだもんなぁ…。



『あ…』

「何やってんだ、あいつ…」

「はぁ…」



忙しそうな様子を心配していると、その翔ちゃんが苦笑いを浮かべるのが俺たちの目に入った。
原因は、100m走を“異常な”速さで走り切った家の三男が、“やったよ!翔ちゃーん!”と手を振ったからだ。


同じく、“異常”な声の大きさで。



『雅兄ぃ、やっぱりテンション上がってるね』

「いや…。上がってるっていうか…。つーか雅兄ぃ、杏奈にも手振ってるけど」



翔ちゃんからの反応を得た雅紀が、今度はこっちに向かって、“杏奈〜!!”と呼んでいる。
俺と潤くんの名前を呼ばないのは、たぶん、あいつなりに気を遣っているからだ。
こんな恥ずかしい状況を笑顔で受け止められるのは、翔ちゃんと杏奈ぐらいだし。
だって全校生徒の視線を、意味も無く集めたくないじゃん?普通。


それなのに、その杏奈が珍しくなかなか手を振り返さない。



「……振り返してやんないわけ?迷惑だから、さっさと返してやれよ。そうすれば、あいつも気が済むんだから」

『え〜。ダメダメ!今回は個人戦だもん。兄妹と言えども、敵に塩を送るわけにはいきませんから!』

「なんだよ、それー。めんどくせーなー!」



そうこうしているうちに、ずっと騒いでいる様子を見兼ね、翔ちゃんがグラウンドの方まで出て、雅紀に注意をした。
そして、俺たちに向かってゴメンと掌を立てる。



「…あーあ。お前が返してやれば、翔ちゃんの手を煩わせることもなかったのに」

『っ、知らない!そんなの!ってか、それよりも…』



杏奈が、翔ちゃんと雅紀がグラウンドに出てきたことで、より賑やかになった周囲を見て、唇を尖らせた。
その様子に、また悪い癖が出てきた、と思う。



『…あんまり、翔ちゃんと雅兄ぃに近づかないで欲しい!2人も、変に気を持たせるようなことしないで欲しい!なんなのもう!』



翔ちゃんたち2人に、周りの女子は完全に色めきだっている。
でも、互いに気をとられているせいで、その状況に当人たちは気付いてはいない。



「ブラコンか、お前は!」



我が妹ながら、こいつは俺たち兄妹に執着しすぎな部分がある。
俺が前に杏奈のクラスの女子から告白された時も、泣いてまで嫌がったほどだし。
俺に対してですらあんななのに、より甘やかしている翔ちゃんや雅紀が女子に囲まれたりしている姿は、やはりお気に召さないらしい。
けど、そんな鈍い2人も妹の嫌な視線には気付くようで、一緒に杏奈に笑顔で軽く手を振った。



『あ…』

「…今度はちゃんと振り返してやれよ?」



潤くんが頭をポンと乗せながらそう注意をすると、膝を抱えながらも小さく手を振り返した。
そして、あっちの2人も安心したように笑顔を見せる。



「んふふふ。良く出来ました」



その様子に俺も安心し、同時に芝生の上に寝っ転がった。
朝からこのお祭り騒ぎで忙しかったためか、少しうとうとしてくる。



いつもどおり杏奈に起こされると、リビングではいつも以上に騒がしい雅紀。
潤くんが全員分の朝食と弁当を手際よく作っている脇では、翔ちゃんが今日の進行表を確認していた。
運よく、全員が同じ青組になれたせいか、雅紀と杏奈は張り切っていて、俺が出るリレーも絶対勝てだの、うるさいったらなかったのだ。

そういえば、我が家の長男の出番はまだ無いんだろうか。
翔ちゃんと雅紀は見たけど、あの人の姿は始まってから一度も見ていない気がする。



『あれ?智くんかな、もしかして』

「…!…」



杏奈の言葉に、閉じていた目を開け、ゆっくりと起き上がる。
突然の眩しい太陽の光に目が眩みそうになりつつも、杏奈が“智くーん!”と呼ぶ方へと目を向けると、グラウンドに集まっている兄貴の姿が見えた。



「なんか、始まって初めて見たかも。兄貴のこと」



ついさっきまで俺が考えていたことを潤くんも思っていたらしく、同じことを呟く。
すると、杏奈の呼ぶ声に反応した兄貴が辺りを見回し、俺たちを捉えると同時に不思議そうに顔を向けた。



「…様子おかしくない?何か言ってるみたいだけど」



確かに兄貴の様子は変で、ずっと俺たちに向かって口をパクパク動かしている。
その口の動きを見て、何を言っているのか必死で解読しようと杏奈が首をかしげていると、伝わっていないことに気付いたのか、今度は大きくジェスチャーをした。


何かの障害物を跳んで走る、そんなジェスチャーを。



「あ…。もしかして…」



兄貴が言いたいことが分かった俺と同じように、潤くんも気付いたらしく、慌てて杏奈に言う。



「ちょっ、杏奈。次の種目、ハードルなんじゃねーの?!もしや」

『え?』

「うん。そーいや、兄貴もハードル出るって言ってたわ。お前もでしょ?ハードル」

『あー!?…っ、行ってきます!!』



自分の番だと気付いた杏奈は、慌ただしくこの場を走り去って行く。
その一部始終を見て、グラウンドに集まっている兄貴もほっとしたようだった。



「…じゃあ、俺たちも一応前に行って応援してあげますか。せっかく頑張ってるみたいだしね」

「いいの?“敵に塩を送る”ような真似して?」

「俺は元々相手してないから。んふふ」



芝生から立ち上がり前の方まで行くと、そこには杏奈のクラスメイトなのか、応援する連中。
これが見事に男ばっかりで、ほんの少し潤くんの様子を伺ってしまう。



「あの2人、ちゃんと話聞いてんのかよ…」



でもそれ以前に、係りの説明も聞かずに3年である兄貴とじゃれ合っている本人が気になるらしく、まだその瞳は厳しく光ってはいなかった。



――― そんな風に、ほっとした瞬間だったのに。



「つーかさぁ、マジで可愛くない?」

「杏奈ちゃん?うんうん。超好み」

「「…!…」」



杏奈の名前の登場に、思わず潤くんと目を合わせてしまう。
その目がさっき予想した通り厳しく光ったのは、俺の見間違いではないはずだ。


あー。これは、マズイなぁー…。



「でもさー、滅多にクラスにいなくない?休み時間の度にどっか行っちゃうしさー。帰りのHRも終わった瞬間にすぐ教室出るから、声掛けるタイミングないんだよなぁ!」

「てかさ、さっきから3年のやつと喋ってるけど、あれ誰?彼氏?」

「くっ…」



思わず、その見解に笑ってしまいそうになる。
3年のあいつは彼氏じゃなくて、我が家の長男だっていうのに。
これを聞いたら、雅紀は悔しがるだろうな。きっと。
杏奈と恋人同士に間違われるのは、あいつにとって憧れでもあるから。



「いやー、あれは違うだろ。つーか、やっぱり彼氏いんのかなー?杏奈ちゃん」

「「!!」」

「いや、彼氏はいないみたいだけどカッコいい兄貴がいるって、他の女子言ってなかったっけ?そんな風に他の女子が騒いでた気がする」

「あー。でも別に兄貴は関係ないだろ!」

「………」

「だよな!妹の恋愛に口なんて出させないっつーの。それに、どれだけカッコイイんだ、」

「…おいっ!お前ら、!、…っ!?」



潤くんの鋭い瞳と大きな声が響く瞬間と同時に、その腕を引っ張った。



「和…?」



俺の予想外な行動に、その目が“なんで止めるんだ”と訴えているのが分かる。
それに騒いでた男子たちだけじゃなく、俺たちに圧倒されたのか、周囲のヤツらも黙ってしまっていた。


そして、潤くんの代わりに俺が一歩前に出て、言ってやる。



「あ、ごめんね?ちょっと俺たち色々あってさ。つい、大きな声出しちゃったっつーか」

「は、はあ…」

「まあ、勝手ながら俺たちの意見を言わせてもらうとね?無理だと思うよ。あいつと付き合うのは。んふふ。だって残念だけど、その“兄貴”って俺たちのことだからさ?」

「え?」



グラウンドを見ると、こっちの気も知らずに、未だに杏奈は兄貴とじゃれ合っている。
そのちょっと遠くでは、2人の様子に心配している翔ちゃん。隣では自分の席に戻らずに、雅紀が笑っていた。
そして横では潤くんが、不思議そうに俺を見ている。
なぜなら、体育祭だっていうのに、結局全員が兄妹といる様子に、また俺が笑ってしまったからだ。


だから、こいつらにもちゃんと言ってやらなくちゃいけない。
あいつは、“俺たちの妹”なんだってことを。



「悪いけど、遠慮なんかしないで口出すよ?妹の恋愛には。…変な男と付き合って欲しくないしね」

「和、お前…」

「俺たちだけじゃないよ?今一緒にじゃれ合ってるのもそうだし、生徒会長と、さっきバカみたいに騒いでたヤツも、あいつの兄貴なの」



そこまで言うと、全員の目が全く温度の違う残りの3人を確認する。


ああ、休み時間も一緒にいるのは控えた方がいいかなー。
もうちょっと、クラスメイトとの交流の時間は作った方が良いかもしれない。
だって、俺たちが兄貴なんだっていう情報は、あいつの口から少しでも多く伝えてもらわないと。



『潤くーん!和兄ぃー!!』



タイミング良く響く、俺たちを呼ぶ杏奈の声。見ると、兄貴と一緒に手を大きく振っていた。
だから、潤くんと顔を見合わせ、手を振り返してやる。


そしてそのまま、とどめの一言を言ってやった。



「ね?あいつ、ブラコンだし無理だよ。俺たちから獲る勇気なんて、あんたらに無いでしょ?」



全員にとっての、“唯一の妹”だからね。
周りに何て言われようが、妹を守るのは俺たち兄貴の役目なの。
簡単に付き合えるなんて、思わない方が良い。



――― そう強く思ったのは、この険悪な状況が落ち着いた後、潤くんが俺にこう言ったからだ。



“杏奈もブラコンだけど、俺たちもだいぶシスコンかも”



うん。お願いだから、本人には言わないでね?
また、あいつ調子に乗るからさ。





End.


→ あとがき





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