朝の風景 - 1/2
部屋を出ると、初めに感じるのはコーヒーと香ばしいシナモン・トーストの香り。 そして耳にするのはやたらテンションの高い声と、食器を並べる音。 吹き抜けとなっている階下のリビング・ダイニングを覗き込めば、雅兄ぃと目が合った。
「あっ、杏奈〜!おはよー!朝食、もう食べられるみたいだよ?」
雅兄ぃは朝が一番テンションが高い。 …ううん、この言い方は語弊がある。
“常に高いけど、特に朝はテンションが高い”
これが正解。
「あ、杏奈。起きた?」
『うん。翔ちゃん、おはよ』
潤くんがキッチンで黙々と朝食を用意する傍ら、翔ちゃんが食器を準備している。 2人も私に気付くと、見上げながらきちんと“おはよう”、と言う。
この3人は常に私よりも起きるのが早い。 そこに入らない私を含む3人は、いつも朝食が出来上がる直前に起きて来る。 そして、私がまだリビングへと下りて行かないのは、これから言われることが分かっているからだ。
「杏奈。まだ智くんと和が起きて来てないから、起こして?」
『はーい。……って、わ!ビックリした〜…。もうっ!』
これはいつもの日課。智くんと和兄ぃは私よりも起きるのが遅い。 翔ちゃんに言われ、それぞれの部屋に向かおうと振り向くと、すぐ後ろで眠そうに目を擦りながら立っている智くんがいた。 すると、私の隣に来て、階下にいる翔ちゃんに声を掛ける。
「…おはよ、杏奈」
『おはよ』
「…翔くん、俺ちゃんと起きてるよ。大丈夫…」
「全然目が覚めてる気配が無いんだけど…。ま、いいや。杏奈、和のことお願い」
『りょーかい!』
1階に下りようとしている智くんを見送りながら、和兄ぃの部屋である、一番奥の角部屋へ向かう。
因みに和兄ぃの奥の部屋から右に、雅兄ぃ、私の部屋。 和兄ぃの正面が翔ちゃん。順に、智くんと潤くんの部屋となっている。 6人も兄妹がいると、家の全ての空間がフル活用されるのは当然のことだ。
『…かーずーにぃーいー?』
ドアをノックしてみるけど、反応は無し。 仕方なくドアを開け部屋に入ると、軽くグチャグチャになったタオルケットを掛け、ひたすら眠る和兄ぃの姿が目に入った。 いつ見ても、和兄ぃの部屋は極端に物が少ない気がする。
『和兄ぃ!もう朝食出来てるって。早く起きないと雅兄ぃに全部食べられるよ?』
「…はぁ?…あぁ、別にいいよ。俺、そんな朝から食べないし…」
そう言って、目を閉じたまま面倒くさそうに言う。
軽くはねた髪に、眠っている姿は確かに可愛らしいかもしれないけど、妹の私はそんなこと意識するはずもない。 無理矢理、腕を引っ張り起き上がらせる。
『そーいう問題じゃないの!私が翔ちゃんや潤くんに怒られるんだから…っ!てゆーか、ゲームしてて寝坊とか意味分かんないし!』
「あーっ、もう分かったから、マジでやめて…。なんで翔ちゃんたちもお前に起こさせるかなぁー。めんどくせー…」
『ぶつぶつ文句言わない!私、先に行ってるから、ちゃんと起きてよね?』
「はいはい…」
『“はい”は一回で十分です!』
言いながら部屋を出ると、後ろからまた、“めんどくせぇなぁ、マジで”という声が聞こえた。 言い返してやろうかと思ったけど、コーヒーの良い香りには勝てなくて、階段を駆け下りる。
とりあえず、これで和兄ぃは大丈夫だ。
『美味しそー!今日のお弁当はサンドウィッチなんだ』
リビングに行くと、真っ先に潤くんのいるキッチンへとコーヒーを取りに行く。 既に席について食べ始めている翔ちゃんと雅兄ぃは、今日の雅兄ぃのテストについて話していた。
「うん。ちょっと時間なくて、若干手抜きになっちゃったけど。和は起きた?」
『うん、一応起きた。てか、別に手抜きじゃないよー。翔ちゃんや雅兄ぃが作るより、全然安心だし』
「ぅおいっ!どーいう意味だっつーの、それ!」
「えっ?!てか、なんで俺も入ってんの?俺、ちゃんと作ってるでしょ?杏奈」
さり気なく言ったつもりなのに、素早く反応する翔ちゃんと雅兄ぃ。 コーヒーを注いだカップを持ちながら2人のいるテーブルへ席に着くと、彩り豊かなサラダや卵焼き。それに、シナモン・トースト。 やっぱり朝食に限らず、料理は潤くんに任せるのがベストだと思う。
『翔ちゃんにキッチンに立たれると逆に迷惑だし、雅兄ぃは朝から牛丼とか重いもの作るから、これまた迷惑』
「ははっ。一刀両断。でも、確かに」
私の言葉に潤くんが笑い、2人はさっきの和兄ぃみたくぶつぶつ言いながら、お互いを慰め合う。
『あれ?そういえば…』
先にこのリビングへ行ったはずの人が席に着いていないので、部屋を見回すと、ウッド・デッキの上でこてんと横になっている姿が視界に入る。しかも、制服のまま。 あのままじゃ汚れてしまうし、しわにもなってしまう。何より、また眠りに就いているのは良くない。せっかく起きたのに!
そう思い、自分と智くんの分の朝食を持ってウッド・デッキへ行く。 “行儀悪ぃーぞ!”と潤くんに怒られたけど、聞こえないフリをした。
『智くん、起きてよ。ここでいいから、一緒に食べよ?ほら!』
「ああ、杏奈…。うん、ありがと」
朝の空気はほんの少し冷たいけど、太陽の光が眩しく、作られる陽だまりはぽかぽかする。 “いただきます”と声を揃え、トーストに噛り付くと、やっと目が覚めてきたのか智くんが独り言のように呟いた。
「いい天気だよなぁ…。学校、行きたくねーなぁ。今日…」
『ふふっ!だねぇ。でも、絶対怒るよ。特に生徒会長さんは。だから、今日は屋上でお弁当食べるぐらいにしとこ?また、生徒会長さんに鍵持って来てもらってさ』
「んふふふ…。そうするか」
『うん』
そんなやり取りをしていると、テーブルの方からは“え!なになに?”と私たちに向かって、雅兄ぃがまたテンションを上げる。 結構距離があるはずなのに、楽しむことに関しての情報はいち早く感知するのが、雅兄ぃの基本らしい。 その元気な声に、やっと起きてきた和兄ぃが早速ツッコミを入れる。
「あー、もうマジうるさい。お前のボリュームの標準設定って、どこらへんなわけ?てか、調節出来るの?それ」
「うるさいな!出来るわ!」
「あ、おはよ。和」
「おはよ、翔ちゃん。潤くんも。…ねえ、毎朝杏奈を使って起こすのやめてくんない?雅紀のテンションですら面倒なのに、あいつも絡んでこられると、朝から体力使うっていうか」
『なっ…!』
雅兄ぃを見ながら、親指で私を指さす。 その様子に隣にいる智くんが、“言われてるぞ、杏奈”と笑いながら言う。 でも私がその言葉に言い返そうとすると、遮るように続ける。
「でも、俺は杏奈に起こしてもらうの好きだけどなぁ。目覚まし時計よりは、ちゃんと起きられる」
『…ほんと?』
「うん。だから、今日は自分で起きたせいか、またここで眠っちゃった。んふふ…」
『ふふ!』
2人で笑い合っていると、ため息を吐きながら和兄ぃがテーブルに着く。 それを見た翔ちゃんが、智くんの言葉に続けるように、同じく笑いながら言った。
「…まあ、起こされるのが嫌なら、自主的に起きればいーじゃん?和だって自分で起きれるって分かってんだろ?」
「んははは。何それ?」
「…翔くんが言ってるのは、和だって兄貴と同じように結構気に入ってるんだろ、ってことでしょ?杏奈に起こしてもらうのが」
『おっ!?』
「………」
潤くんの言葉に、黙る和兄ぃを見て嬉しそうにしていると、あっちも私を見て呆れたように笑う。 そして、また潤くんが言う。
「俺たちだって、ちゃんと分かってるから杏奈に敢えて頼んでるんだよ。じゃないと、和起きないじゃん?」
「…って、わけ」
『そーなの!?ね、和兄ぃー?!』
「あー、もう。まーた、調子乗る。潤くん、俺にもコーヒーちょーだい?」
「オッケー」
『あー?自分だって、またそうやって誤魔化す!』
私がそう不服を漏らし、じっと軽く睨むと、またいつもの調子でさらっと言い放つ。 ニヤリ、と笑って。
「…ま。そーいうことにしといてあげるよ」
『…!…』
コーヒーを用意してくれた潤くんが、和兄ぃの分のコーヒーをテーブルに置きながら、“素直じゃねーなぁ”と笑う。 私の隣では、“明日は杏奈が起こしてね”と智くんが声を掛ける。
『ふふっ…』
「いーなぁー。俺も明日からちょっと遅めに起きようかなー…。俺も杏奈に起こしてもらいたい!」
「いや。雅兄ぃはやめて。早く起きてる今でも、時間ギリギリまで準備出来てないんだから」
「あっ?!つーか、時間ヤバくね?!智くんたち食べ終わった?つーか、用意出来てる?!」
気が付けば、時計の針は家を出る15分前を指していた。 翔ちゃんの言葉に、全員が慌てて片づけをする。
『…あ、ねえ翔ちゃん!屋上の鍵、今日もよろしくね!』
「はあっ?!」
「さっき言ってたのそれだったんだ!ひゃひゃ。今日も天気良いもんね!やった!そうしよう!俺、さんせ〜!!」
「翔くん、よろしくね」
「ちょっ…、智くんまで?!」
「なんでもいいけど、自分の分のお弁当忘れないでねー?」
潤くんの呼びかけに、キッチン・カウンターに置いてある5つ分のランチボックスに全員が手を伸ばす。
『あれ…?』
――― “5つ分”?
「ねー。早くしないと遅刻するんじゃないのー?」
「「「「『!?』」」」」
エントランスから聞こえる、和兄ぃの声。 一番遅く起きたくせに一番先に準備を終えているその様子に、驚きつつも、少しイラっとする。
「さすが…」
最初に反応したのは翔ちゃんだった。 でも、私は素直に“ムカツク!”と言ってやる。
明日は絶対に、起こしてなんかあげないんだから!!
「まーだー?」
『うっさいな!』
今日も天気が良い。
今日も元気に、学校に行ってきます!
End.
→ あとがき
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