夏休みの過ごし方 - 1/2


side. A



強い陽射しが照り付ける中、覗いた店内はエアコンが利いているにも関わらず、外と同じくらい暑そうだった。
カウンター席もテーブル席も完璧に埋められていて、それを回す店側はてんてこまい。おかげでお客さんも、注文したからといってスグに食事にありつけるわけじゃない。
でも、だからと言ってイライラしている人は1人として見当たらず、その理由は笑顔が眩しい、可愛い店員さんにあった。



『お待たせ致しましたー!ご注文お伺い致します!』

「杏奈〜…」



――― せっかくの夏休み、なんでこんなことになってるんだろう、俺たち…。



額にうっすら汗をかきながら、それでも一生懸命に笑顔で接客するのは、紛れもなく妹の杏奈。
通学路から少しはずれた場所にあるラーメン屋さんは、個人経営の小さなお店で、この辺りでは美味しいと評判だった。
平日だろうと休日だろうと、お昼時には一定の列が出来るし、夏休みの今はより忙しく、それなのに家の人間だけで回しているから、余計に辛い。


そして、そんな人気店であるラーメン屋さんは、杏奈の友達の家のお店だった。



「つーかさー…。やっぱ、やめない?絶対、杏奈怒るって〜…」

「ダメだって、しょーちゃん!せっかくここまで並んだんだから!」

「いや、でもさ…」

「文句言わなーい。そりゃ翔ちゃんは、杏奈がここでバイトしてるの知ってたんだから、そう言うでしょーよ。でも、知らなかった俺たちからすれば、なかなかの裏切り行為だからね?これ」

「っ、…」

「ひゃひゃ!そーだ、そーだ!」



お店の外で、長蛇の列に並びながら、笑い合う。
平日の今日、さと兄ぃと潤は部活や何やらで忙しく、ここには俺と翔ちゃんと和の3人で来ていた。



「別に、秘密にしたくて黙ってたワケじゃないんだけど…」



和の責め立てるような言い方に、翔ちゃんが小さく不平を漏らす。


事の経緯は、夏休み直前、杏奈の仲の良い友達が、休み中カナダへ短期留学することになったのが始まりだったらしい。
いつもお店を手伝っていた彼女が夏休みに居ないのは、相当な痛手。
それを聴いて、彼女や彼女の家族によくお世話になっていた杏奈は、家を空ける休みの間、自分がお手伝いすることを志願した。
自分の妹だけど、なんて心優しい子なんだろう、って本気で思うし、俺もなんだか嬉しくなっちゃうぐらい良い話だと思う。でも……、



「っていうか、そこがもう納得いかない!なんで、翔ちゃんとさと兄ぃには言って、俺たち3人にはバイトすること内緒にしてたの!?俺らだって、杏奈のお兄ちゃんなのに!」

「俺が言うのも何だけど、まあ、こういう風に店に来るからでしょーな」

「はははっ!それは、確かに否定出来ないわ。杏奈もそんなよーなこと言ってたし」

「ええぇぇ〜!?」

「…ま、あとは単純に、俺と智くんは保護者代わりだから。学校側にバイトするっていう用紙提出する為にも、どっちかのサインは必要だったわけでさ。そんな騒ぐようなことじゃないって」



翔ちゃんがそう説明するように、杏奈はさと兄ぃと翔ちゃんの2人には、事前にバイトをすることを伝えていた。


せっかくの夏休み、何かと理由をつけて家を空ける妹に、俺たち3人は“彼氏でも出来たのかな?”なんてワタワタしていたのに…。道理で翔ちゃんたちは落ち着いてたはずだよ、もう!
今考えると……まあ、確かに杏奈はTシャツにデニムで、髪も簡単に一つに縛るだけの、デートとは程遠い格好だったけどさ?!
潤なんて、せっかく夕食用意して待ってたりするのに、何度も杏奈が遅れて帰って来るから、この1週間すっごいイライラしてたんだからね!?
そんな潤と一緒に居る俺たちの気持ちも考えろっつーの!辛すぎだよ、色んな意味で!



「っていうか、夏休みも半分以上過ぎた今、よく気付いたよ…。どっちかっていうと、よく今まで気付かなかったな、って気もするけど」



すると、徐々に進んでいく列を詰めながら、翔ちゃんが言う。
人一倍代謝が良い翔ちゃんのTシャツは、この暑さのせいで背中の辺りが汗で濡れていた。まあ、俺も人のこと言えた立場じゃないけど。



「だってそれは…杏奈が友達と勉強してくるねー!って、そう言うんだもん!信じるでしょ、普通?!妹の言うことだもん!」

「あいつ、嘘が上手くなったよね。友達と勉強、友達の家で、ってきたら、それ以上追及しようがないもんな。さすがの俺たちも、友達の家まで確認しに行くわけにいかないし」

「っ、少しでも怪しいと思ったら、尾行する気だったの?!」

「「とーぜん!」」

「…杏奈がお前らには言うな!って念を押したのも分かるよ。心中察するわ…」



翔ちゃんは苦笑して、若干呆れながらそう言うけど、俺や和からすれば、どうしてそんな冷静で居られるのかが分からない。
だって、あんな可愛い妹が1人で外出て、もし何かの事件にでも巻き込まれて哀しい目に遭ったらどーするの!?後悔してもしきれないよ、俺!
友達とかにも、過保護すぎる、って時々笑われるけど、みんな杏奈みたいな妹を持ったことがないから、そうやって言えるんだと思う。
たぶん、眼鏡でもかけないと分からないんだよ。俺たちの気持ちも、杏奈の可愛さも!



「でも…尾行することもないぐらい疑ってなかったのに、なんで今日になって突然気付いた?俺か智くん、なんかバレるようなヘマした?」

「いーや?翔ちゃんたちは、お見事と言うしかないぐらい上手くやってたよ。ヘマしたのは、あいつ自身」

「杏奈?」

「杏奈が家出て行って1時間後ぐらいに、潤くんからメール来たの。“これ、どーいうこと?”って」

「?…、っ…!」

「たぶん、翔ちゃんに送るはずが、間違って潤に送っちゃったんだろーね、杏奈」

「“ショウ”と“ジュン”でアドレスは隣同士だからな」



和が見せたケータイ画面には1通のメール。送信者は潤だけど、件名の頭に“Fw:”が付いているように、そのメールは本文そのまま転送されてきた。
可愛らしいデコレーションの絵文字が全体に散りばめられたメールの内容は、こんな感じだ。


“今日のバイト16時までだった!シフト勘違い〜(苦笑)智くんにも言っておいてね、翔ちゃん!今日はまかない、ワンタンメンなの〜!羨ましいでしょ!(笑)”



「で、この状況か…。お前ら2人に、昼飯は杏奈のバイトしてるところで食べようとか、だから案内してとか突然言われるから、マジでビックリしたんだからな!俺」

「潤くんには、それとなく訊いておいてって言われたんだけど、上手く誤魔化されても困るし。翔ちゃんの場合は無理矢理押し進めた方がいーかなー、って。んふふふ」

「なあーっ!ふふふふ!」

「なんだよ、その結束感…。もう何もツッコめねーよ、俺…」



そんなことを喋っていると、列は順調に進んでいき、気付けば俺たちの前に並んでいたお客さんは、もう1人も居なかった。
中に居るお客さんが何組か出ていき、今度は外で待つお客さんが中に入っていく…という人手が足りていないからこそのアナログな店の回し方。
でも、夢中でお喋りをしている俺たち3人は、そこまで頭が回らない。
席が空いたのに、なかなか次の客が入ってこないという妙さに、店員さんが扉を開けて呼びに来るのは、当然のことだった。



――― …まあ、もちろんその店員さんは、俺たちの妹なんだけどね!



『お待たせ致しましたー!次お待ちのお客様、席空きましたので……って…えっ?!』

「! 、杏奈!!」

「あ、席空きましたー?んふふふ」

『っ、…なんで雅兄ぃたちがここに居るの!?』

「ごめん、杏奈…」

『翔ちゃん!?』



出会うはずの無い場所で俺たち3人に出会い、困惑気味の杏奈。でも、俺はお構いなしに、約3時間ぶりに再会した可愛い妹をギューっと抱き締める。
そんな俺を見兼ね、翔ちゃんが“仕事中なんだから離してやれって!”となだめると、今度は和が、早く案内しろとばかりに杏奈の背中を押す。
後ろに並ぶお客さんも、既に中でラーメンを食べているお客さんも、一気に騒がしくなった様子に目をやらずにいられないようだった。
渋々席に案内し、俺たちもようやく椅子に座ることが出来て落ち着くと、ここに来ることになった経緯を杏奈に説明する。



『えっ!?私、潤くんにメール送ってた!?翔ちゃんにじゃなくて!?』

「残念ながら、俺にはメール届いてないんだよなぁ…」

「ってことだから、俺と雅紀はこのバイトの件について、今は言わないでおいてあげますよ。後で潤くんが、しっかり問い質してくれるだろーしね。だから、仕事終わったら寄り道しないで帰って来いよ?」

『っ、…は、い…』

「んふふふ、素直でよろしい。あ、あと水貰えます?」



脅しとも取れる和の言葉に、顔色が変わる杏奈。
助けてあげたいけど、和と潤が相手じゃ、俺はもちろん、最年長のさと兄ぃや翔ちゃんだって口では勝てない。
なぜなら、実は一番妹に甘いのもこの2人だけど、それ故に一番厳しいのも、やっぱりこの2人だからだ。



『っ、…ご注文お伺い致します!』



ほんの少し涙目になりながら、意を決したように杏奈が仕事に戻る。
探しても見つからないメニュー表は、厨房側の壁にかかる数枚の木の札だけ。選択の余地なんてほとんど無いラインナップに、余程味に自信があるんだろうな、と思う。



「杏奈、オススメは?」

「オススメって、あなた…。どー見ても中華蕎麦でしょう、この場合。ってか、醤油ベースのラーメンしか無いんだし、そんなこと訊く必要ある?」

「だって一応、杏奈にお仕事させたいじゃん!」

「はは!でも確かに、中華蕎麦、チャーシューメン、ワンタンメン、つけ麺の4つだけだもんね。逆に迷うっちゃ迷うか」

『でも…どれも本当に美味しいよ?敬意を表して、スープも全部飲み干して欲しいぐらい』

「えっ!スープも!?」

「…お前、それ他のお客さんにも言ってんじゃないだろーな?」

『っ、言ってないもん!』

「はははは!」



結局、翔ちゃんはワンタンメン、和は中華蕎麦、俺は中華蕎麦の大盛りを注文する。
夏休み始まってずっと働いていただけあって、杏奈はその後もテキパキと仕事をこなし、その姿は一端の店員さんだ。
内緒にされていたのは、確かに寂しい。
でも、楽しそうに仕事をする妹を眺めていると、もう何でもいっか!と思えてくる。だって、杏奈がハッピーなら、俺もハッピーだから。


すると、注文後すぐに席を外していた翔ちゃんが、俺たちの座るテーブルに戻って来る。



「あれっ?翔ちゃん、どこ行ってたの?」

「や、一応ここの親父さんたちに挨拶してきた。ちゃんとやってるって本人は言ってても、迷惑かけてたら申し訳ないし」

「んははは!さすが保護者」

「でも、杏奈が手伝ってくれて助かってる、って言ってたよ。喜んでた。杏奈のおかげで去年よりも客が増えたっても言われて、それは俺的にはどうかな、って感じだけど。はは!」



相変わらず杏奈の評価が厳しい翔ちゃんに、俺はそんなことないよ!と猛反発する。
でも、さっきまで持っていなかったはずの封筒を翔ちゃんが手にしているのに気付き、和と2人で首をかしげてしまう。



「ああ…これはバイト代。杏奈がいらないって言って受け取ってくれないから、夏休みが終わった後にでも渡してやって下さい、って」

「えっ!?バイト代貰ってないの、杏奈!?」

「? 、うん。ちょっとしたボランティアっつーか…。俺もそれで本当にいいの?って訊いたんだけど、まかないのラーメンが食べられれば、って超笑顔だったよ?はは。たぶん、杏奈的にはお金よりもラーメンなんじゃないの?」

「杏奈…」

「いや…お前はまさかの無料奉仕に感動してるみたいだけど、ただ単に食い意地が張ってるだけでしょう、それ。道理で潤くんに送ったメールにも、テンション高めにまかないのこと書いてあるはずだよ…。バカなの?俺の妹は」

「まかない食べる度に、智くんに写メ送るぐらいだからね、杏奈」

「やっぱバカだな」



翔ちゃんと和はそうやって笑うけど、俺はもう胸がいっぱいっていうか、涙出そうっていうか、とにかく今すぐにでも杏奈をギューって抱き締めてあげたくなった。
だって、あれだけ汗流して、笑顔を絶やさないで一生懸命に接客してる子が、賃金無しで働いてるなんて誰も思わないよ、絶対!
さと兄ぃも前に言ってたけど、杏奈は本当に天使なんだね。自分の妹をそんな風に言うの、俺もちょっとどうかと思うけど。



『お待たせ致しました〜!中華蕎麦と、中華蕎麦の大盛りと、ワンタンメンです……雅兄ぃどうしたの?』

「っ、ううん!何でもないよ。杏奈、頑張ってね!ひゃひゃ」

『うん?』

「ははっ!…じゃあ、いただきますか!」

「うん!いっただきまーす!」

「いただきまーす」

『ふふっ。どーぞ召し上がれ!』



杏奈が持って来てくれたラーメンは白い湯気が立っていて、めちゃくちゃ良い匂いがする。
暑い中、外で長時間待っていてお腹はぺこぺこ。いつもより昼飯を食べる時間が遅くなったのも相俟って、さっきまでの感動は一先ず置いておくことにした。
隣に座る和も、目の前の翔ちゃんも、何度も“あ、うまーい”とか“超旨ぇ!”とか言って、舌鼓を打ちながらラーメン啜る。
俺も、さすが杏奈が惚れ込んでるだけあるな、なんて思いながら、夢中で食べていた。



「ちょー美味しいね!今度はさと兄ぃと潤も連れてこよ!2人共ラーメン好きだし、絶対喜ぶよ!」

「ま、その前に、潤くんに黙ってバイトしてたことをどう説明するかが、あいつにとっては試練だと思うけどね」

「つーか、それ以前に杏奈は来て欲しくないんじゃね?だから黙ってたワケだし」



美味しいラーメンを囲みながら、これから杏奈をどうフォローしていくか、3人で考える。
あーでもない、こーでもないと言いつつ、結局俺たち全員が妹を可愛く思っているのは一目瞭然。それぞれやり方は違うけど、自分たちなりに妹を大事にしているのだ。


でも、そんな風に油断している時に、思いも寄らぬことは起きるらしい。
和や潤、それに俺が、バイト自体に反対しているわけじゃないのは、翔ちゃんとさと兄ぃだって分かっているはず。
じゃあ、いったい何を不安に思っているかっていったら、たぶん、“こういうこと”が起こるのが、俺たちはどうしても嫌なんだ。きっと。



『あれっ、斗真くんたち?』

「「「!!!」」」



その、可愛いらしい妹の声を合図に、俺も翔ちゃんも和も、同じような反応をする。
向かう所の視線はもちろん妹の杏奈で、その杏奈の視線の先には、学校の部活帰りなのか何なのか知らないけど、結構な人数の団体客。
その中には、幾度となく俺たち兄妹を苦しめてきた、見慣れた顔もあった。


はあっ!?なんで?なんで、あいつがここに来るわけ!??



「…潤には言うなよ?」

「それは翔ちゃん、これからあいつが何をするかによるよ。黙ってラーメン食って帰るなら、まだ色々考慮してやってもいいけどね」

「っ、なんだよ“色々”って!?」

「俺…っ、俺も明日からここでバイトするっ!!」

「ちょっ…!?お前らやめろって、マジで!!」



たとえ稼げないバイトだって、俺たちは気にしないし、頑張れる。
だって、そんなことよりも大事なものがあるって、俺たちはちゃんと分かってるもん。



「おじさーん!明日から、俺も一緒に手伝います!」

『雅兄ぃ!?』



可愛い可愛い妹を護る為なら、どんなことだってするんだからね、俺たちは!





End.


→ あとがき





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