White Day-te - 1/2


side. S



店の中に入ってすぐに感じるのは、1トーンも2トーンも高いお喋りの声。
普段、校内の至る所で耳にするものではあるけれど、一瞬怖気づいてしまうのは、聴こえる声の種類が本当にそれしかないからだ。

やべぇ…。選択肢を間違えたかも知れない、俺…。



『翔ちゃん、早く!』

「お、おお…」



入口ドアで立ち止まってしまっている俺に、先に意気揚々と入って行った杏奈が声をかける。
瞳はキラキラと輝いていて、居ても立っても居られないという感じ。
その原因は、ショーケースや巨大なテーブルに並んだ可愛らしいケーキやクッキー、フルーツ。
そして、俺がここに杏奈を連れてきたのも、ここに来て躊躇してしまっているのも、それが原因であり、間近に迫ったイベントのせいだった。



――― バレンタインの1カ月後、3月14日はホワイトデーだ。



まさかの結末を迎えたチョコレート消化作戦はともかく、2月14日のあの日のメインは、紛れもなく、妹の杏奈から貰うチョコレートだった。
本人はバレていないつもりだろうけど、前日の夜から、一生懸命にキッチンで用意していたのを俺たちは知っている。
雅紀なんかは、その姿だけで十分!とばかりに、涙目でこっそり見守っていたっけ。


でも、その1カ月後にすぐにやってくるのがホワイトデーであり、今度は俺たちが杏奈にお返しをする番なのだ。
今までは全員で考え、まとめてプレゼントを渡していたのだけど、和と潤が、今年はそれぞれ別に渡そう、と提案したことから状況は変わった。
たぶん、消化作戦が杏奈にバレた際、“意外とモテない”という、誤解がすぎる発言をされてムキになったんだと思う。

俺的には、あのくだりは相当面白かったんだけどな…。



『翔ちゃん、どうしよう…。ここにあるの、全種類、時間内に食べられるかな…!』

「え?分かんないけど…。つーか、全部食うつもりなの?杏奈」

『だって、ケーキバイキングだよ!?』



今年のホワイトデーの提案を受け、俺が杏奈へのプレゼントにしたのが、このスイーツ満載のケーキバイキング。
ちょうど部活も生徒会も休みなこともあり、今日は2人だけで、学校の帰りにこのスイーツ店へ来ていた。
俺の反応が信じられない!という杏奈のテンションで分かる通り、このプレゼントがツボに入ったのは間違いない。
店員さんに案内されて席に着いた瞬間、着ていた真っ赤なダッフルコートをいそいそと脱ぎ、俺にも早く!早く!と急かす。



『翔ちゃん、同じケーキは取っちゃダメだからね?出来るだけ、色んな種類を食べていかなくちゃならないんだから』

「は、はあ…?」



用意されていたプレートを持ち、確認するように、綿密な作戦とルールを説明する。
並々ならない杏奈の意気込みに付いて行くのがやっとな俺は、言われたとおりにケーキを選ぶだけだ。
一先ず、1回目のチョイスを終えテーブルに戻ると、俺の皿にも杏奈の皿にも、なかなかの量のケーキが乗っていた。



『いただきまーす!』

「はは。どーぞ、召し上がれ」



さっきまでは見ているだけで幸せ、眼福といった様子だったけど、口に入れた瞬間に表れるのは、至幸の表情。
正直、消化作戦もままならなかった身としては理解出来ない部分。でも、こんなに喜んでくれると、プレゼントした甲斐があったっていうものだ。
たとえ、店内の客の9割方が女子で、男としてはどうしようもなく居心地が悪い空間だったとしても、我慢出来る。頑張れ、俺!



『ふふふ。美味しいねぇ、翔ちゃん。私、ケーキって大好き』

「そりゃ良かった。時間はたっぷりあんだから、焦んないでゆっくり食べろな?」



バレンタインに分かったことは、普段、俺たちがこういうものを欲しない分、女の子の杏奈は甘い物に飢えているということ。
だからこそ、このプレゼントを思いつき、ホワイトデー当日はこの手の店は混むだろうな、と思い、俺は早めに決行していた。
でも、ここで気になるのは他4人の動向だ。
雅紀はもちろん、わざわざこんな提案をしたぐらいだから、和も潤も相当手の込んだことしてんだろうなぁ…。



「そういえばさ、杏奈。智くんたちからは、もう何か貰ったの?そういうの聴いてねーけど」

『んー?智くんからは、昨日一緒に雑貨屋行った時に可愛いトイカメラ買ってもらったし、雅兄ぃにはカラオケに連れていってもらったよ。すっごい楽しかった。カメラも、帰ったら翔ちゃんにも見せてあげるね!』



そう言って、口直しに紅茶を飲む。
なるほど。雑貨屋でショッピングも、カラオケで一緒に楽しもうとするのも、智くんらしいし、雅紀らしい。
特にカラオケに関しては、ようやくこの数日間の、雅紀と杏奈の無駄に高いテンションに合点が行った。あれは、カラオケパーティの余韻だったのか。



「へー、良かったな。和と潤にはまだ貰ってねーの?」

『潤くんには貰ったよ、ストロベリーの香水!』

「っ、香水!?」



思わぬワードの登場に耳を疑ってしまうけど、潤だったら有り得るプレゼントのチョイス。さすが言いだしっぺの1人だけあって、本気度が半端ねぇ…。
なのに、しっかり“学校には付けていくな”と注意しているのが、また潤らしいんだけど。



『甘くていい香りだから、本当は付けていきたいんだけどなぁ〜。でも、今度の日曜に和兄ぃが映画に連れていってくれるから、その時にストロベリーの香水使ってみる』

「! 、それが和のプレゼントなんだ?」

『うん、みたい。珍しいでしょ!和兄ぃが外で遊んでくれるなんて!』



確かに、学校以外は極力外に出て行こうとしない和にしては珍しい。
でも、和のことだから、日曜っていう休日を最大限に利用して、杏奈を1日中独り占めする作戦なんじゃないか、とも思う。
まあ、それだけバレンタインの杏奈の暴言が悔しかったんだろうけど、自分の弟たちの妹の溺愛ぶりに苦笑いだ。

すげーな、あいつら…。



『ねえ、翔ちゃん。翔ちゃんの分も一口ずつ味見させてね?』

「ん、どうぞ」



それぞれの“らしい”プレゼントに色んな意味で感心していると、杏奈はまた一口、ケーキを食べる。
早くも自分の皿に乗せてきた分は残り僅かになっており、代わりに瞳は輝きを増していた。どうやら、本気で全種類制覇を狙っているらしい。



「杏奈、本当に好きなのな〜…。気持ち悪くなんないの?」

『なんない!幾らでも食べられる!それに、こうやって翔ちゃんと2人だけで一緒に何かするのは久しぶりだから、それも含めて楽しいし。ふふ』

「そーだっけ?勉強とか教えてやってんじゃん」

『そういう、つまんないのじゃなくて!翔ちゃん、いっつも生徒会の仕事だったり、先生の頼まれごとばっかりしてるから、雅兄ぃたちと違って、あんまり私と遊んでくれないし…』

「うーん…。そんなつもりはないけど…っていうか、つまんないって酷くね?」

『ふふふ!』



そう言って悪戯っぽく笑う杏奈を見ていると、雅紀たちが溺愛するのも仕方ないよな、と思ってしまう。
だって、確かに俺たちの妹は可愛い。
店内には下校時間ということもあって、同じ学校の子も、他校の子も同じようにスイーツを楽しんでいるけど、杏奈ほど可愛らしい女の子はいない気がする。
弟たちの溺愛ぶりがすぎるせいで、弟たちよりは客観的に妹を見ることが出来ている俺が言うんだから、たぶん間違いない。贔屓目だろ!って言われたって、そこは無視だ。無視!無視!



『よーっし!じゃあ、もう1回取りに行ってきまーす!』

「ははは!行ってらっしゃい!」



早くも一皿目を完食し、再びケーキを取りに行く杏奈を、手を振って見送る。
その隙に、俺は潤に夕食は要らないことを伝える為にケータイを取り出し、メールを打つ。
恐らく、このままだとケーキだけで、俺も杏奈も腹一杯だ。余分に作る前に、先に連絡しとかねーと……、



「あのぉ…。翔先輩、…ですよね?」

「え?」



その時、杏奈じゃない声が上から聴こえてきて、ケータイ画面から顔を上げる。
そこには、いつの間にか数人の女の子が立っていて、杏奈と同じ制服を着た子もいれば、知らない制服の子もいた。
瞬間、思い出すのはバレンタインの記憶であり、言葉は悪いけど、身の危険を感じてしまう。


これは…夕食についてのメールじゃなくて、SOSのメールを打つべき…か?…もしかして。



「えっと…?」

「私たち、バレンタインに先輩にチョコレート渡したんですけど、覚えてますか!?」

「あの、ピンクのリボンでラッピングしたやつです!」

「ピンク…?」



堰を切ったように喋り出す彼女たちに、ついたじろいでしまう。こういう、女の子特有のテンションの高さを、1人で対処しきれるわけがない。
杏奈も雅紀もテンションが高すぎると常々思うけど、そういう種類とは、また違うし…。
…っつーか、そんなの100パーセント近い確率で、ほとんどのチョコレートに該当するっつーの!なんだよ、その質問の仕方!分かるわけないだろ!
だからと言って、名前言われても分かる気はしないけど!…ああ〜、もう!



「こんなところで会えるなんて、思ってもいなかったー!チョコレート、食べてくれました?感想聴きたいな、と思って!」

「ねーっ!?」

「か、感想……?」



期待するように俺を見る彼女たちに、逃げる隙が無いのは一目瞭然。
適当に美味しかったと感想を言えばいいのかも知れないけど、それが出来るほど、自分が器用じゃないのも分かっている。
何より今一番焦っているのは、彼女たちのチョコレートを思い出せないとか、感想を言えないとか、そういうことじゃないのだ。
さっさと何とかしないと、せっかくのホワイトデーのお返しが悲惨なことになる……、



『翔ちゃん…?』

「! 、杏奈…!」

『誰?その子たち…』



1メートル先には、新しい皿に大量のケーキを再び乗せて帰ってきた、可愛い妹の杏奈。
視線を少し下にして、ゆっくりとテーブルまで歩き、そこでようやく、静かに皿を置く。そして、さっきまではいなかったはずの彼女たちを、不満そうに見た。
あからさまにご機嫌ナナメな妹に、もはや打つ手は無い。杏奈の存在を怪しみながらも、めげずに詰め寄る彼女たちにもお手上げだ。
これはもう、責められるのは覚悟で、本当に和たちを呼ぶしかないかも…。何やってんだ、俺…。



「先輩、チョコレートはどうでした!?」

「えっと…」



一体どう言えば、この場を上手く切り抜けられるんだろう?消化作戦で食べたチョコレートは、どれも同じ味がして、違いなんて分からなかった。
何より、俺が貰ったチョコレートを智くんたちが食べた可能性もある。
機械的に作業を繰り返していた俺たちに、何かを吟味するなんて能力は残って無かったのだ。
いや、それよりも、ほとんどのチョコレートは誰の腹に入って行ったっていうと、それはやっぱり……、



『…チョコレート…?』



すると、そんな思いが頭を過った瞬間、そのチョコレートを食べた本人が、堂々と声を上げた。
余りにも堂々としすぎていて、思わずツッコミを入れそうになってしまうぐらいに。



『それだったら、私が全部、美味しく頂きました!』

「っ、杏奈!?」



あっと言う間に、俺たちの店内での注目度はナンバーワン。
突然の回答に女の子たちはザワザワし始め、未だ何者だか分からない杏奈に、内緒話をするように声を潜める。
でも、そこで負けないのが、和曰く、“ブラコンすぎて面倒臭い可愛い妹”であり、杏奈だった。



――― その応戦の仕方は、果たして正解なのか?本当に。



『私は翔ちゃんの彼女です!』

「っつ!?」

『分かったら、デートの邪魔しないで!…翔ちゃん、早くケーキ食べよ!』

「お、おう…!」



まさかの杏奈の彼女宣言に、当然のことながら続きは無く、この問題は終わりを迎える。
すごすごと退散していく女の子たちに目をやることなく、眉をつり上げたまま、杏奈はケーキを再び食べ始めた。
でも、2、3個のケーキを食べ終えて落ち着きを取り戻したのか、しばらくすると、今にも泣きそうな顔をして、俺にこう言う。



『ごめんなさい、翔ちゃん…』

「へ?」

『勝手に翔ちゃんの彼女だとか言って…』

「あ、ああ…!それは、俺がハッキリ言わなかったのが悪いし…」

『…でも、私はデートだって思ってた』

「え?」

『せっかく翔ちゃんとデートしてたのに、他の女の子が邪魔するから、つい…』

「……」



こういう杏奈ならではの解釈と理屈を、雅紀や和たちなら、簡単に理解出来るんだろうか。
俺の解釈としては、兄妹でどこかに行ったり、何かしたりするのは、“デート”って言わないんだけど。


うん。でも、確かに悪い気はしない。



すると、更にとどめを刺すような一言を、杏奈が俺に向かって投げつける。
我ながら、“投げつける”という表現はぴったりだ。だって、これってちょっとした戦いだと思うから。



『翔ちゃんは、私だけのお兄ちゃんなの!他の女の子のものじゃないもん!』



涙目になって、真っ直ぐに俺を見る杏奈。その姿は、余りにもいじらしい。
今更ながら、弟たちの気持ちが分かってしまった瞬間だった。



「やべ…。俺も溺愛側になりそう…」



3月14日のホワイトデーのお返し。
今日の不運な“デート”の埋め合わせも兼ねて、また誘わせて下さい。


今度はもうちょっと、2人で楽しく過ごそう。

な?





End.


→ あとがき





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