夏休みまでのカウントダウン - 1/2


side. O



「あーつーいー。あーつーいー。暑いよ〜」

「うるせぇな!」

『暑いぃ〜…』

「………」

「んふ。杏奈には言わないんだ…」

「はははっ!」



雅紀と杏奈が交互に“暑い”と繰り返す、学校からの帰り道。
その言葉に和がゲームをしながら突っ込むけど、杏奈には雅紀と同じように出来ないのが面白い。
俺がそう言うと、隣を歩いてる翔くんも声を上げて笑う。



「つーか、暑いんならそんなくっついて自転車乗らなきゃいいのに。見てる方が暑苦しいよ?それ」

「えー?でも下り坂とか、ちょー気持ち良いよ?ね、杏奈!」

『うん。それに歩かないで済むから、楽なんだもん。ふふ!』

「「………」」

「ははは!2人、ちょーご機嫌斜め!てか、雅紀は杏奈に利用されてるだけじゃねーの?それって」



時間は16時を過ぎて夕方だけど、太陽はまだ高くて、雅紀たちが言うように確かに暑い。
でも潤が指摘するのももっともで、2人は自転車に乗っているからといって、ちょっとくっつきすぎだ。
潤と和が呆れてため息を吐くのを尻目に、荷台部分に乗った杏奈が雅紀を後ろからギューっと抱き締める。
まるでそれは、少女漫画で見るような爽やかなカップルそのものだ。
たぶん、雅紀はそんな妹が可愛くて、わざわざ自転車で登下校するんだろうけど、同じように実は妹を溺愛してる和たちからすれば、きっと目障りでしかない。


俺も杏奈のことは可愛くて仕方ないけど、あんな汗ダラダラ流してまで自転車漕ぐ気力はねぇなぁ〜…。
しかも、ほとんど俺たちが歩くスピードと変わらないし…。



『別に利用なんてしてないもん!』

「ひゃひゃひゃ。そーだよね?でも、別にいーよ?俺のこと利用しても。だって、杏奈が去年みたく夏バテしちゃったら大変だもん!」

「あ〜…。そういえば、そういうことあったね?」

『ふふ。智くんと、授業サボったね』

「んふ。ね?」



去年の今頃、杏奈は完全にバテていて、みんなが心配していたのを思い出す。
それを理由に俺と杏奈は授業をエスケープしたことがあったのだけど、あれがもう1年前のことだなんて、なんだか不思議だ。
空を見上げると、あの時のような真っ青な空と、イルカのようなクジラのような形の雲が漂っている。
思わず、杏奈と顔を見合わせて笑い合った。



「でも、その点に関してはまだ油断してちゃダメでしょ。お前は俺らの中で、一番暑さに弱いんだから。…ほら、これ被ってなさいよ」

『! 、ありがと、和兄ぃ!』

「んふふ。どういたしまして」



やっとゲームが一段落したのか和がDSを仕舞い、その代わりに野球部で被ってる帽子を出して、杏奈の頭に被せてやる。
少し泥が付いた帽子でも、杏奈が被るとマネージャーみたいで可愛い。
合わせるように潤も“日焼けしないように気を付けろよ、杏奈”と言えば、“はーい!”と、今年は夏バテにもならなそうな元気な声が響いた。


でも、本人としても今は夏バテなんてしてられないんだろうな、きっと。
だって、あと少しで夏休みなんだから。



『ねえ、ねえ!今年の夏休みは何する?!私ね、浴衣着てお祭り行きたい!』

「いいよ〜!」

「即決!?でも、今年もその前に夏期講習あるけど」

「ああ…。去年は誰かさんのせいで、プール掃除するハメにもなった、あの夏期講習ね?」

「ひゃひゃひゃ!」

『! 、私のせいじゃないもん!』

「誰も別に、杏奈だなんて言ってませんけどー?」

『っ、…和兄ぃの意地悪!』



さっきまで仲良く帽子を貸し合ってたのに、和と杏奈はスグにこうなる。
もちろん本気じゃないし、端から見れば、和が一方的にからかっているだけなんだけど。



「でも、夏期講習よりも前に、まずは決定的なものが配られるけどね?翔くんと和はともかく、雅兄ぃたちは大丈夫なの?」

「へえっ?」

「あ…。成績表のこと?」

『そんなの知らないもん!』

「おい…」



潤の質問の意味を俺が理解するよりも先に、杏奈がキッパリと言い切ってしまう。
その答え方に潤たちはまた呆れ、自転車を漕ぐ雅紀は誤魔化すように、少しスピードを上げて走り出す。


その様子を見るに、雅紀も杏奈も、俺と同じようなもんなんだろうなぁ…。
翔くんたちはともかく、俺や雅紀たちは得意なものは本当に得意だけど、苦手なものも同じくらい本当に苦手だから。
半分ずつしか血が繋がっていないとは言え、同じ兄妹でも、結構ハッキリ分かれるみたい。



「んふふ…。雅紀たち、あんなとこまで行っちゃった」

「ぅおーい!2人乗りで見つかったら面倒だから、あんまり勝手に行くなよー?」

「翔ちゃん、だからそれ甘いって。生徒会長なんだからもっと厳しく言わないと、後々自分の首絞めることになるよ?他の生徒に文句言われたらどーすんの」

「ははは。リコールだ?」

「ちょっ…、恐ろしいこと言うなって!……っ、お前ら、マジで止まれ!バカ!」

「んははは!走って、翔ちゃん!早く!」



雅紀たちの自転車は下り坂の地点まで来ていて、それに気付いた翔くんが慌てて追っかける。
でも、雅紀たちがそこまで来て止まるはずがなかった。
後ろから必死に走ってくる翔くんが面白すぎて、逆にテンションが上がっちゃった、っていうのもある。たぶん。
だって、その証拠に杏奈が“しょーちゃん!もっと早く走って!”と叫んでいるのが聴こえるから。



「…んふ。鬼だな」

「や。そう感想を述べる兄貴も、相当鬼だと思うけど…」

「俺、翔くんが必死に苦手なことやってるの見るの、大好きなの」

「んははは。もう鬼っていうか、鬼畜レベルだよね?それ」



そうこう言っている内に、自転車は風を作りながら坂を下って行った。
雅紀が長い足を広げ、杏奈の髪が綺麗になびいているのが、見なくても分かる。
翔くんも一瞬立ち止まったけど、スグに同じように下り坂を走っていった。
そして俺たち3人はそれを笑いながら、のんびり追っ掛ける。


やっと止まった自転車は、夏の匂いだ。



「ひゃひゃひゃ!しょーちゃん、すっごい汗!」

「っ、…うるせーよ、バカ!止まれつってんだから、止まれっつーの!あ゛〜…っ、もう…」

『翔ちゃん、お疲れ様!はい、ハンカチ』

「え?あ、ああ…。サンキュ」

『ふふふ!』



追い付いた時には、雅紀たちはそんなやり取りをしていた。
そしてそれを聞いて、密かに和と潤が、やっぱり翔くんは甘いと言う。
妹のちょっとした一言で、怒っていたのを忘れちゃうんだから当然だ。



「ねえ、ねえ!それよりさ!?」



すると、完全にテンションがMAXになっている雅紀が、至近距離にも拘わらず、大声で呼び掛ける。
自転車で下っただけなのに、なぜか翔くんと同じくらい汗を流しているのが不思議だけど…。



「バーベキューしない?!BBQ!」

「? 、…夏休みに?」

「違う!きょ、…トゥデイ!」

「今日〜!?はあっ?!これから?」

「てか、“トゥデイ”って言い直したのがムカついたんですけど」

「はは、分かる」

『え〜!でも、それ賛成!私もやりたい!!』

「!、ね?そうでしょ!そうだよね!杏奈も、みんなでバーベキューやりたいよね!」

「「「………」」」

「くふっ…」



こういう、ノリ任せな急な思い付きが雅紀らしい。
たぶん前後の繋がり関係無く、いきなりこんな提案を出来るのは、兄妹の中では雅紀だけだ。
そして、それに最初は引き気味でも、結局ノっちゃうのが、俺たち兄妹の良いところでもある。
特に今は、可愛い妹である杏奈が“やりたい!”と声を上げちゃったんだから、余計に断り辛い。


こりゃあ、もうやるしかねぇだろうなぁ〜。



「はは…!まあ、…いいんじゃない?どうせ、明日は休みだし」

「やった!翔ちゃんの一票ゲット〜!さと兄ぃはもちろん賛成だよね!?」

「んふふ…。うん。賛成」

『ね、和兄ぃも潤くんも良いでしょ?やろうよ!ねえっ!』

「あぁ〜〜っ、もう分かったから、シャツ引っ張んなって。やればいいんでしょ?お前ら、マジで面倒臭ぇなー!」

「おい!」

『潤くんは!?』

「片付け含め、ちゃんと全員が準備手伝ってくれんなら、俺は良いけど。久しぶりに、肉食いたいし」

『やったぁ!』

「んふ。やっぱり、結局全員が賛成だ」



無事に和と潤の了承も得ると、雅紀と杏奈が両手を合わせて喜ぶ。
そしてスグに、再び杏奈は自転車の後ろに乗り、雅紀は勢いよくペダルを踏み出した。
同時に、さっきよりも涼しくなった風が、俺たちを通り過ぎていく。



「ぃよーっし!夏休みの予行練習の為に、みんな急ぐよ!ひゃひゃひゃ!」

『ふふ!行け〜っ、雅兄ぃ!!』

「っ、だから、2人乗りでスピード出すなって!」

「……元気だなぁ、あの3人…」

「本当にね」

「はは。他人事?」



もう少しで夏休みだ。
だから今年も、しっかり楽しまなくちゃな。俺たちも。


ね?





End.


→ あとがき





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