放課後の予定 - 1/2


side. S



使っていた教科書とノート、それに電子辞書を、丁寧に鞄に入れていく。授業終了後、担任に呼ばれ話をしていたおかげで、気付けば教室に残っていたのは自分だけだった。
仕方なく、そのままになっていた勉強道具を1人で片付けていると、聴き慣れた声が教室に響く。



「おーい、翔くん。もう帰れる?」

「智くん…。俺は大丈夫だけど」



ドアからひょこっと顔を覗かせたのは、予想通りの人物で智くんだった。
クラスが違う為に気を遣っているのか、他に誰もいないのを確認すると、安心したように中に入って来る。そして、当たり前のように、空いている隣の席に座った。



「はは。そんな、恐る恐る入ってこなくてもいいのに」

「だって翔くんのクラス、なんか雰囲気違ぇーじゃん。俺みたいなヤツが勝手に入っていいのかな、って毎回ドキドキすんだよね」

「そう?別に変わんないと思うけどなー」



俺がそう言うと、絶対に違う!ちょっと怖ぇーもん!とか何とか言い返す。
俺のクラスは特進クラスで、智くんのクラスは普通科だから、授業内容も含めて、違う部分は確かに存在するんだろうとは思う。でも俺としては、その意見には正直、納得し難い。
だって、その怖いと言っているクラスで、寝そべりながら眠そうに喋っているのは、外でもないこの人なんだから。



「てか、部活は?美術室に行かなくていいの?」

「うん。別に、今描きたいものねーし」

「ははっ!ゆっるいなー。一応部長なのに」

「部長つっても、ジャンケンで無理矢理やらされてるだけだもん。いいんだよ、他の部員も自由にやってるし」



部活における態度からも分かる通り、基本的に智くんはいつもこんな感じで、とことんマイペースだ。周りを気にすることはなく、常に自由に行動する。
それでも、同級生や後輩たちに慕われているのは、この人の人徳なんだろう。たぶん、この穏やかな空気がみんな心地良いのだ。
もちろん、それは俺自身も例外じゃない。うっかりしていると、この人のペースに巻き込まれていることも少なくなかった。



「ま、部長がそう言うなら、口は挟まないけどさ。杏奈たちはどうなんだろ。全員部活?」

「さあ…。俺は何も聞いてないけど」

「電話してみっか。たぶん部活だとしても、今なら出れるはずだし…、 って…?!」



そう言ってケータイを手にした瞬間、廊下から聴こえる騒がしい音に気付いて、苦笑した。
ざっと4人分のその声は、放課後で静かになった校内では大きく響き、控えめに表現しても、ちょっとばかり元気が良すぎる。



「んふ。来たみたいだね。言ってるそばから」

「みたいね…」



智くんの言葉を合図に、俺は開いたばかりのはずのケータイを閉じ、教室のドアは大きく開かれる。
その様子は智くんの時とは打って変わって、何の躊躇いも遠慮も無ければ、こちら側2人に気を遣う素振りも無い。



『あー!やっぱり智くんもここにいた!ね?言った通りだったでしょ、雅兄ぃ』

「ふふふふ、ねえ?俺の予想だと、図書室にいると思ったんだけどなー、さと兄ぃは」

「は?行くわけないでしょーが、図書室なんて」

「や、俺もそうだけど、お昼寝してるかなーって。ひゃひゃ」

「雅兄ぃ…。言っておくけど、図書室は読書や勉強する為の場所であって、昼寝する為にあるわけじゃないから」



こんな感じに、俺たちがいる席へやって来るまで、一瞬たりとも間を空けずに誰かしらが喋り続ける。
一気に賑やかになった教室に、思わずため息を吐いた。いやいや…。お前ら、一応後輩だろーが!



「ぅおい!誰もいないからって、勝手にドカドカ入ってくんなって!しかも、騒ぎ過ぎだし。超響いてたかんな、お前らの声!俺が怒られんだから、気を付けてくれよ、マジで〜…!」

『だって、翔ちゃん!雅兄ぃがね、』

「ちょ、ちょっと、杏奈!?」



注意をすると、杏奈が取り繕うように俺の隣まで来て、腕を引っ張る。すると今度は雅紀が、慌てたように杏奈の両肩を掴んで、自分の方へ引き寄せた。
その様子に俺が残る2人に視線をやると、察したように状況を説明する。



「や。なんかどっかのバカ三男が、テストで赤点取って追試になったらしく」

「おい!バカって言うなよ、和!」

「それで、何でか分かんないけど杏奈も一緒になって、ここに来るまでずっとワーワー2人で作戦練ってた、っつーか…」

「潤まで、そーいう余計なこと言わない!」

「…てか、俺らはちゃんと注意したよ?翔くんに迷惑かけるから、少しはボリューム下げろ、って。な、和?」

「うん」

「『…っ、!』」



和と潤の冷たい視線が残る2人に注がれ、当人たちは顔色を変える。
でも、誰が一番騒いでいたかなんて、この際どーだって良くなるような情報が入っていたのは、俺の気のせいだろーか。



「追試って…この前のテストの?」

「違う。ただの授業の中でやった、ミニテストみたいよ。漢字のテストだってさ」



智くんの質問に、いつの間に取り出していたのか、和がゲームをやりながら、顔も上げずにそう答えた。そして、机の上に座って身を落ち着ける。
ここに来るまでに全てを把握してしまっているせいか、もはや和と潤は無関心そのもの。でも、だからと言って俺もそうなるわけじゃない。


てか、ちょっと待て。それってまさか……!



「っ、この前言ってたのもそれじゃなかったっけ!?ちゃんと勉強したはずだろ!?」

「だ、だってさ〜…!」



つい1週間前も似たようなことを耳にしていたのを思い出し、驚いて声を上げた。
俺が問い質すと雅紀は気まずそうにし、その背後では潤と杏奈が、ひそひそと会話をし始める。



「何回目だっけ、追試?結構やってる気がするけど」

『えーとね?…再、再、再、再、再、再、再、再、再、再、…再追試?』

「惜しい。あと1回足んない」

『あれー?』



指折り数える杏奈に、ゲームをしていたはずの和がその答えを正し、潤も一緒に悔しそうに顔を歪める。
何とも微笑ましい画だけど、もちろんクイズをやっているわけでも、やりたいわけでもない。
てか、12回目の追試って、追試の限度を超えてるだろ!俺の記憶が間違いじゃなければ、その時だってちゃんと勉強してたはずなのに、なんでそんなことになってんだよ!?



「ね!だから、翔ちゃんお願い!帰ったら勉強見てくんない?いいでしょ?俺、ちゃんとやるからさ!」

「いやいやいやいやいや…。見てやりたいのは山々だけど、俺も明日テストがあるんだよ。マジで、勉強教えてる場合じゃねーっつーか…今回だけは、ちょっと付き合えないわ」

「ええ〜!?」



顔の前で両手を合わせる雅紀に、そう断る。
実は授業後に担任に呼ばれていたのは、その明日のテストのことでもあって、期待してるから何とか…という話だった。正直、そんなこと言われても、はあ?って感じなんだけど。


すると、智くんが目の前の席に座る杏奈と顔を合わせ、不思議そうに俺に訊く。



「え…、明日ってテストあるの?俺、聞いてねーぞ…」

『翔ちゃんの特進クラスだけじゃない?…ね、ってことは翔ちゃん、今日はサッカーとか生徒会はお休み?』

「え?ああ…今日はそのテストがあるから部活も休んだし、生徒会は特別指示も出てないから、このまま帰るつもりだけど…。つーか、杏奈たちは?そういえば」



電話をかけようとしていたことを思い出し、後からやってきた4人に視線を投げかける。
既にグラウンドでは、声を上げてランニングやストレッチをしているのが聴こえるに、ほとんどの部活はいつも通りのはずだけど。



『あー…。私は弓具を家に忘れてきちゃったから。出たくても出れないの』

「そーいえば、玄関にあったな、杏奈の弓…」

「いつも慌てて家出るから、そーいうことになるんじゃないんですかー?やる気無いって思われても、しょーがないでしょーな、こりゃ」

『っ、わざとじゃないもん!和兄ぃだって、ゲームばっかりやってる癖に!甲子園行けなくても知らないんだから!そっちだってやる気無いでしょ!』

「俺は顧問が休みで、自動的に部自体が休みになっただけですからー」

「おーい、変なとこで喧嘩すんなって!…潤は?」



弓道部である杏奈と、野球部である和の事情はともかく、小競り合いが始まったので注意をする。呆れるところは互いにあるけど、とりあえず部活はどちらも休みらしい。
でも、そんな2人を余所に、不服そうにため息を吐いているのが潤だった。練習着を忘れたわけでも、顧問が休みなわけでも無さそうなのに、一体どうしたことかと思う。



「俺は、先輩にしばらく来るなって言われてるから…」

「へ?」

「あ…。そーいえば、ダンス部のギャラリー凄いことになってたもんね。それで?」

「うん」

「美術室に行く時に通るから、いつも凄いなぁって思ってたんだよね、俺も」

「そーなの?でも、ギャラリーって…?」

『潤くんがカッコ良すぎて、女の子が集まってきちゃったんだって。それで練習にならないみたい』

「な、なるほど…」



杏奈がそう補足すると、潤が俺のせいじゃないし、と愚痴るように吐き捨て、それを聴いた和は、だから野球やってれば良かったんだよ、と笑う。
それもそのはず、潤は高校生になった今でこそダンス部に入っているけど、中学までは和と同じように野球をやっていたのだ。
某野球漫画のようにバッテリーを組んでいた2人だっただけに、当時は周囲からの惜しむ声も、それはそれは大きかった。



『野球やってた時は、ほとんど背中向けてたもんね、潤くん』

「んははは!マスクやメットも付けてたから、余計に騒がれることもなかったしね?」

「それはそれで、俺としてはなんか寂しかったけど…」



もちろん、和だって潤が捕手でいてくれた方がいいに決まっているし、潤だって申し訳ない気持ちもあったはず。でも、結局は互いの可能性を信じて、あっさりとコンビを解消したのだ。
だからこそ、思い通りに練習させてもらえない今の状況は、潤としては邪魔されたようで面白くないんだろう。高校に入って、和は甲子園を目指せるだけの実力を。潤は着実にダンスの技術を磨いていたところだったから、尚更。
…ま、和や杏奈も含め俺たちは、遅かれ早かれ、こういうことになるのは分かっていたことだけど。



「で、雅紀はもちろん…?」

「はいっ!この追試があるから、部活は自分から休みます、って言いました〜!ひゃひゃ!」



最後に残った雅紀が、手を挙げて笑いながら答える。
部活用の練習着が入ったリュックを持っているのを見るに、テストが返されたのが今日じゃなければ、いつも通りに部活に出ていたんだろうな、と思った。
でも、余りにあっけらかんとしている雅紀に、智くんがこう言う。



「…よくチームメイトが怒らなかったね。今度、試合あるって言ってなかったっけ?雅紀」

「あ、さと兄ぃ、覚えててくれたんだ?別に平気だよ。寧ろ、しっかり勉強しろよ!って見送られちった。ひゃひゃ」

「バスケ部にも、そう言ってくれる、優しくて寛容な人がいたんですね」

「てか、追試だってこと、よく堂々と言えるよね…」

「しかも12回目のね」

『っ、あははは!』

「おい!そこ、だからいちいち口挟むなって!杏奈も笑わない!めっ!」



余りにもツッコミどころが満載な雅紀の言葉に、和と潤が淡々と返す。それに対して、相変わらず自身は楽しそうだけど、智くんの言うことはもっともだった。
なぜなら、レギュラーのほとんどが3年で構成されているというバスケ部で、唯一2年でそこに入っているのが、外でもない雅紀だからだ。
抜群の運動神経はもちろん、いざという時にムードメーカーになれるポテンシャルを買われているんだろうけど、本人にその自覚は無い。まあ、そこが良い所でもあるんだけど。



「ねえ!ってか、そんなことより!…翔ちゃん、お願い!お願いだから、勉強教えて!俺、今回また落としたら、来年は留年しちゃうかも知れないよ!?それは嫌でしょ、翔ちゃんだって!?」

「いや、それは俺としても、確かに勘弁して欲しいんだけどさ…」

「翔ちゃーん?こちら側としても、雅紀が同級生になるのは困りますー」

「はは!確かにやだ」

「ほら!?ね、翔ちゃん?だから、お願いっ!!」

「っ、ほらって!自分で言うなよ、お前も!」

『ふふっ』



話はまた振り戻り、明日に控える雅紀の追試に、全員が騒ぎ出す。
余りにも必死にすがり付く様子に、いつものことと言えども、どうすればいいか俺が考えていると、その本人が涙目になってこう言う。



「それに…、それにさ?俺、こうやって頼れるのって、翔ちゃんや皆だけだから…!」

「「…!…」」

『雅兄ぃ…』

「雅紀…」

「俺の気持ち、分かるでしょ?翔ちゃんだって…」



その言葉に、和と潤が静かに反応し、杏奈と智くんが同調するように名前を呼んだ。



「っ、…そりゃ、分かるけどさ…」



もうとっくのとっくにお気付きかも知れないけれど、俺たちの関係を簡単に説明すると、兄妹だ。
智くんが長男で俺が次男の3年。唯一の2年である三男の雅紀に、1年生組の四男の和と五男の潤。それに、末っ子でたった1人の妹である杏奈の、計6人兄妹。
そして同時に、三男の雅紀以外学年が被っていたり、全員のルックスと性格が似ても似つかなかったり…という状況からも分かる通り、母親はバラバラで、血は半分ずつしか繋がっていない兄妹でもあった。



「だったら、翔ちゃん!」

「っ、分かるよ!分かるけど…っ!」



事情はきっと、挙げていけばキリが無い。家庭環境が複雑すぎて、以前は周りから好奇の目で見られることも多々あった。
それでも、こうやって上手く生活していけているのは、ちゃんと6人で助け合って、俺たちが互いを信頼しているのが周囲にも伝わっているからだと思う。それぐらい、俺たちは仲が良いのだ。
だから、今この瞬間は暗い空気が漂っていても、完全にその空気が浸透することは無いと言える。なぜなら……、



「分かるけど、その手は効かねーから!…っ、いい加減にしろって、お前ら!!」

『っ、あははは!』

「おお…。ついに、翔くんにも効かなくなったか…」

「ちょっ…さと兄ぃ!杏奈も、笑っちゃダメだって言ってるでしょ!?めっ!」

「いや、あなたのその反応もだいぶ失敗だからね?自分から作戦バラしてどーすんのよ」

「つーか、何回もやってたらさすがにバレるでしょ、普通」

「でも、演技は悪くなかったよ」

「っ、智くん…!」

「んははは!監督いたのね?」



確かに、血は半分ずつしか繋がっていないし、確かに、複雑極まりない家庭環境。
でも、これも見て分かる通り、しんみりムードになることは滅多に無いのが、俺たちの関係でもあった。全員がこの関係を気に入っているし、細かいことはどうだっていいのだ、ぶっちゃけ。
ただ、物心ついた時から、こんな家族愛をテーマにした、ドラマのような演出をわざとしたりするのが困ったところだ。全員がその空気に瞬時に乗っかれるのは、もはやさすがとしか言いようが無い。



「…まあ、でもさ?いいんじゃない、翔ちゃん。勉強見てやったら?」

「え?」

「和…!」



謎のホームドラマに感心していると、一呼吸置いた後に、和が改まってそう言う。
思いがけない人間からの後押しに、俺も雅紀も一瞬戸惑ったけれど、やっぱりそんな甘くは無い。何てったって後押ししているのは、兄妹の中で一番機転が利いて、一番人をからかうのを得意としている和だからだ。



「面倒だろうけど、見てやってよ。翔ちゃんのテストなら、どうせ悪いことにはなんないし、それにさっき来る時言ってましたよ?教えてくれたら何でもやるって」

「えっ!?」

「ねー、潤くん?」

「うん、言ってたね。俺も聴いたわ。何だっけ?屋上からバンジー?それとも鳥人間だっけ?」

「はっ!?」

「や、俺は虎かカンガルーと対決するって言ってた気がするけど?」



突然なのに、突然と感じさせない和と潤のコンビネーションに、雅紀が慌てふためく。
こういうところは、さすがバッテリーを組んでただけのことはあるのか、ただ単純に雅紀をからかうのがどちらも好きなのか、とにかく驚くほどこの2人は息がぴったりだ。



「ちょっ…!虎とかカンガルーって…出来るわけないだろーがよ!?死ぬっつーの!」

「あ、バンジーか鳥人間ならイケますか?」

「っ、イケない!ってゆーか、どっちにしろ死ぬし!ってゆーか、言ってないし、そんなこと!」

「でも、どれも雅紀なら出来そうだけどね」

「さと兄ぃ!?」

『ふふっ!出来そう!雅兄ぃなら、飛べそうだし勝てそう!』

「いやいや!杏奈!?おかしいでしょ?お兄ちゃんのこと心配でしょ?そんなこと言われたら、俺泣いちゃうよ!?」

「泣くな、雅紀」

「っ、さと兄ぃには言ってないから!ひゃひゃ」



再び倍以上にボリュームが上がった教室内の声に、頭の片隅で、誰にも聴こえてないといいな、と思う。
でも、ついつい同じように笑い声を重ねてしまうのは、やっぱり俺も、この5人と育ってきた兄妹だから。これが、俺たちの基本形だと分かっているからだ。



「はは…っ!それだったら、俺も勉強見るの考えなくもないけど?」

「いや、だからやらないっつー…って、え!?翔ちゃん、ほんと!?」

『良かったねー、雅兄ぃ!』



普通ではないし、完璧ですらない。他人から見れば、酷く異様な関係。
でも、確かに俺たちは兄妹で、この6人だからこそ、今までやってこれたんだと信じてる。そして、これからだって、それは変わらない。変わるはずが無い。
だからこそ、少しぐらいわざとらしくても、たまには俺らなりのホームドラマを演じてみてもいいかな、と思えるのだ。



「…おっし!分かったら、さっさと帰って勉強するぞ!12回目の追試の為に!」



今夜はきっと、徹夜だな。





End.


→ あとがき





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