兄妹でご来店


ガラガラっと引き戸を開けると、暖かい灯りと美味しそうな匂いが自分を包み込む。
女子から敬遠されがちな酒臭さや、無駄に賑やかな客席も、すっかり馴染みとなってしまった今は全てが心地良い。



『相葉さーん、こんばんは〜!』

「いらっしゃいま……あっ!今日はお兄さんと来たんだね!お久しぶりです、ひゃひゃ!」

「んふ…、相変わらず元気だね。これ、良かったら使って。いっぱい釣れたからさ」



そう言って、会社帰りに待ち合わせして一緒に来たお兄ちゃんが、クーラーボックスごと相葉さんに差し出す。
もう秋だというのに、肌を真っ黒にしているお兄ちゃんを見ていると、自分でも本当に兄妹なのか怪しくなってくる。だって、この肌色の違いったら!



「! 、アジ!?しかも、こんなにたくさん!?どーしたの、これ!?」

『お兄ちゃん、ここ最近ずっと漁に出てて…。今日、ついさっき帰ってきたばかりなんです』

「漁って…。俺、漁師じゃねーぞ?」

『漁師みたいなもんじゃん!もうっ、妹を何日もほったらかしにしてーっ!』

「すまん…」

「ひゃひゃ!まあまあ、とにかく座りなよ?それにこのアジ……小春ちゃーん!これ、何かに使えるー?」



もはや指定席となりつつあるカウンター席に案内しながら、相葉さんが厨房に向かって、大きな声で呼び掛ける。
そこには、つい先日からこの居酒屋で働き始めた、小春さんという自分と同じくらいの歳の綺麗な女の子がいて、大量のからあげを揚げていた。
相葉さんがクーラーボックスの中のアジを見せると、あまりの量に一瞬体をビクっとさせたけど、すぐに私とお兄ちゃんに、笑って軽く会釈をする。



『新鮮ですね〜!じゃあ、今日の店長のオススメメニューはからあげじゃなくて、アジのたたきとなめろうにしましょう!』

「うん、そーだね!いっつもからあげばっかりじゃ、お客さんも飽きちゃうもんね、ひゃひゃ!」



小春さんにそう提案され、相葉さんはホワイトボードの“相葉くんの今日のオススメ!”を、言われたとおりに書き直す。
でも、そんな新しい店員さんである小春さんと、段違いに増えたメニューに、私の隣に座るお兄ちゃんは不思議そうな顔をする。



「あれ…。いつの間にバイトの子雇ったの?見たことねーぞ、俺…」

『つい最近〜。お兄ちゃんが漁に出てる間に、色々と変わったからビックリしたでしょ?ふふ』

「んふっ。だから、漁じゃないってば」

『ふふ、なんかね?ニノに片想いしてるんだって〜、小春さん!それで、ここで働くことになったみたい。この前、相葉さんがそう言ってた』

「へ〜…。でも、それって杏奈に言っちゃっていいの?俺には、よく分かんないけど…」

『さあ?知らない。でも、小春さんのお陰でからあげ食べられるようになって良かった!って、この前、ニノとも言ってたんだ〜!だって居酒屋からあげっていうクセに、からあげ無いんだもん、この店!』



ここ最近の出来事をお兄ちゃんに話しながら、早速出してくれたアジのたたきを2人で食べる。
確かに、相葉さんが小春さんの恋心をペラペラと喋っているのは良くないと思うけど(他のお客さんにも訊かれ、そう答えているのを見た)、私が知っているのは、小春さんにとってもそんなに悪いことじゃないはずだ。


なんてったって私、ニノとは今の会社に就職してから、ずーっとランチや夕食を共にしてきたし、同期の中では一番仲が良い。
最初は少しばかり、私とニノとの関係を疑われてたみたいだけど、誤解も解けた今、小春さんの恋を応援するのは当然のことだ。
だから、出来る限りニノをここに連れて来て、少しでも2人の距離を縮めてあげたい。でも……、



〔ねー、ニノ!今日、相葉さんとこ行く?どうせ残業なんてするつもりないんだから、行くよね?〕

〔いや、なんだよその決め付け。てか、そう毎晩毎晩行ってもしょーがないでしょーよ、あんな居酒屋。メニュー少ないし〕

〔え〜!?でも…新しいバイトの子が入ってから、かなりメニューに幅出たじゃん!そりゃ…他の店に比べると、まだまだ少ないけど〕

〔ふーん。でも俺は今日は、相葉さんの顔見ながら食事するぐらいなら、家でゲームしてたいの。だから、じゃーね〕

〔ちょ…っ!ニノってば〜!…もう〕



今日も仕事が終わった後、すぐにニノのいる部署に行って、そう夕食に誘ったのに、あっと言う間に煙に巻かれてしまったのだ。
ニノが小春さんのことをどう思っているのかは、正直分からない。店に来たら来たで、からかうように度々ちょっかい出しているし。
でも、勘のいいニノのことだから、小春さんの気持ちにだって、絶対に気付いてはいるはずなのだ。
だからこそ、私は私に何か出来ることがあれば…と思って頑張っているんだけど……、



『店長!?』

「『!!』」

「な、何?小春ちゃん、どーかした?」



美味しいアジのたたきを順調に食べ進めていると、突然小春さんの大きな声が響く。
カウンターから厨房の様子を伺えば、小春さんが相葉さんに詰め寄っていて、どうしたのかな?と、思わずお兄ちゃんと顔を見合わせた。



『店長は私の味方なんですか!?それとも、まさか…!』

「へえっ?えっと…何の話?俺、なんかしたっけ?!」

『今、あそこにいるお客さんにビール持っていったら、片想い叶うといいな!応援するよ!って言われました!どーいうことですか!?』

「あ…いや、えーっとね?」

『店長!ちゃんと答えて下さい!』

「だ、だって、いきなりバイト雇ったから、お客さんみんながどーしたの?相葉ちゃんの彼女?って、ピーチクパーチクうるさくて…!」

『っ、…!?』

「いや!?悪気は無いんだよ!?うん!もちろん小春ちゃんの味方に決まってるじゃん!ね!?」



まるで出来損ないのコメディドラマみたいに、相葉さんが分かり易くワタワタしているのを見て、お兄ちゃんは大爆笑。
予想はしていたけど、やっぱり喋ってはいけなかった事情だったらしく、教えてもらった私も、ちょっとばかり気まずくなった。
でも、さすが相葉さん以上の働きをしているだけある。そんな真実に文句を言いながらも、小春さんは気丈に冷静に、しっかり相葉さんに罰を与えていた。



『罰として、店長はまかない無しです』

「ええっ!?俺、店長なのに!?」



なんか…。

私が協力しなくても、小春さんなら、上手くやれる気がしてきた…。





End.





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