それぞれのクリスマス Part. 2
side. N
〔好きなタイプ?〕
〔うん。ニノにも、そーいうのあるのかなーと思って。だって、そーいう自分の話はあんまりしないじゃん?ニノって〕
〔あなたや杏奈、翔さんみたいな人たちの世話で忙しいんでね。ここ最近は、特に〕
〔あ、俺たちのせいなのね?そんなつもりなかったんだけどなー?ひゃひゃ〕
〔んふふふ。まあ、結構楽しんでるからいいんだけどさ。…でも、タイプねぇ。そーだなぁ、しいて言うなら……〕
以前、そんな話を相葉さんとしたことがあった。 隣では仕事で疲れてしまったのか、杏奈がスースーと寝息をたてていて、時計の針も、閉店時間から30分を過ぎた場所を指していた。 それでも俺たち2人がまだ店に居たのは、金曜の夜で、且つ相葉さんが少しは付き合え、と引き止めたからに過ぎない。 いつもは賑やかな店が不気味なぐらい静かで、どうやって杏奈を家まで送っていこうか、話をしながら考えていたことを覚えている。
『相葉さん!これ、私とニノから!お誕生日おめでとう!』
「へえっ?誕生日って…え、俺の?もしかして」
「だから、そー言ってんでしょーが。さっさと受け取りなさいよ、重いんだから」
あれから月日は経ち、あっと言う間にクリスマスはやってきた。 1年間にあるイベントの中でも、もっともロマンティックで、恋人たちに大事にされる特別な日。故に、世間は鬱陶しいほど浮かれている日。 そんな日を更に盛り上げるべき働いているのが、イベント企画会社に勤めている人間で、俺たちだ。 見ず知らずのカップルたちの為に巨大ツリーを用意し、オーケストラにクリスマスソングを奏でてもらい、自分たちのクリスマスを犠牲にする。なんだったら、雪を降らせる勢いで、雨乞いならぬ雪乞いだってする。
「うわぁ〜!ありがとう、杏奈ちゃん、ニノ!俺の誕生日知っててくれたんだね」
「そりゃ、あんな分かり易いメールアドレスにしてれば…」
『ふふふ!とにかく、相葉さん、お誕生日おめでとう。本当は手作りしたかったんだけど、この時期だから思うように時間が取れなくて…。でもそのかわり、いい1年になるよう、このケーキにいっぱい気持ち込めといたから!』
「杏奈ちゃん…」
つまり、何が言いたいかというと、俺たちもクリスマスという日の大半をそんな風に過ごしていた、ということだ。
野外イベントだったこともあって、コートとマフラー姿でトラブった音響機材に慌てふためき、客の案内、説明に走り回る。 杏奈に関して言えば、やたら面倒な客のクレーム処理を途中から任されていて、どうにも見ていられなかった。イカれた機材を直し終わった後も、まだ頭を下げ続けていたんだから、俺が思わず助けに入ったのも当然だ。 もし、何か学んだことがあるとすれば、例え特別な日であっても、こんな野暮なことをするヤツはいるんだということ。 そして、俺は特別に惹かれるわけではないけど、杏奈みたいな可愛い女の子に容赦なく怒鳴れる男は、間違いなく変態だということだ。
なんで、このクソ寒い中、理不尽な要求に謝罪しなくちゃいけないんだよ!しかも、あんな変態に!
「俺、クリスマスに自分の誕生日祝ってもらったの初めてかも〜…!」
「いや、それはないでしょ。家族もいるのに、どんだけ寂しい人生送ってきたのよ、あんた。んふふふ」
『相葉さんってば、大袈裟〜!』
それでも何とか無事にイベントは終わり、杏奈と打ち上げも兼ねて、相葉さんの誕生日を祝う為にここに来ていた。 体は冷えているし、疲労感もこの上なく感じている。 でも、こうやって誰かの誕生日を祝い、子供みたいに喜んでいる姿を見るのは、決して悪いことじゃなかった。嫌な想いをした後は、特に。 嬉しさのあまり、目に涙を溜めながらお礼を言う相葉さんを見て、思わず杏奈と笑い合った。この人がクリスマスに生まれたというのは、色んな意味で納得出来ることだ。
『ふふ。相葉さん、喜んでくれたみたいで良かった〜。ね、ニノ』
「そーね。でも、相葉さんばっかりプレゼントってのは、ズルいんじゃないかと思うのよ、ニノちゃんは。申し訳ないけど、今日は相葉さんの誕生日以前にクリスマスなわけでさ?」
『その言い方ひどーい!せっかく相葉さん喜んでくれたのに、』
「いいから最後まで聴きなさいって。んふふふ。…だから杏奈さ、俺とゲームしない?ちょっとした賭けっていうか、負けたら今日は1個だけ、相手の言うこと何でも聴くの。プラス、ビールを奢る」
『え〜?何それ』
そして、俺がこんな風に杏奈にゲームを提案したのも、ちょっとしたクリスマスの精神にならってみようと思ったからだった。 怪しみながらも、なんだかんだでノリがいい杏奈は受けて立ち、俺は心の中でニヤリと笑う。 賭けの内容は、“翔さんが11時までにこの店に来るか否か”、というものだった。
『来ないってば、絶対。だって、クリスマス・イヴだよ?』
「でも、俺たちだって仕事だったじゃない。もっと言えば、明日も順調に仕事でしょーが。忘れた?明日の予定」
『っ、覚えてるけど〜!でも、夜はさすがにデートだと思うな、櫻井さんは!』
どこでどうなったのかは知らない。でも、このゲームをやる最大の理由は、杏奈が饒舌に語る、その“翔さんの素敵な彼女説”にあった。 俺が何を言っても信じない杏奈は、天然とかそういうレベルの話じゃなくて、もはや意味が分からなくなってくる。 つまり、翔さん自らが誤解を解かなきゃ、解決は有り得ないのだ。その為には、2人の時間を無理矢理にでも作ってやることが必須なわけで。
『あれー?なんでー?』
「え?」
「んふふふ」
だから、俺の予想通りに翔さんが来た時の杏奈の反応は、見ていて面白かった。 恋人がいるはずの翔さんが、クリスマス・イヴに1人で居酒屋に来るという不可解さ。杏奈は、まるでミステリー小説を読んでいるかのような顔をしていたけど、俺は計画通りに進んでいることと、副賞で奢って貰ったビールに大満足だった。 そして、なぜかセンチメンタルな空気に酔っている翔さんを横目に、早速メインの賞品である特権を、杏奈に使うことにする。
「今夜は最後まで、翔さんに付き合うこと」
『え?』
「俺、相葉さんのケーキ食べたら帰らなきゃいけないから、代わりに杏奈が翔さんの相手してやってよ。分かった?」
『うん。それは別にいいけど…え?ニノ、何か用あるの?』
「何でもいいでしょーが。てか、もうちょっと思うこと無いわけ?俺のした命令に」
『もしかして、小春さんとデート!?』
「とりあえず、今分かったのは、お前が俺の話を聴いてないってことだよ」
杏奈とこういう会話をしていると、誤解が生まれた理由も分からなくはない。でも、もう十分にクリスマスの精神にならったつもりだ。ここから先は翔さん本人に任せることにする。 予定通りケーキを食べ終えた後は、既に酔い気味の杏奈を翔さんに託し、さっさと店を出た。 そして、近くのコンビニで酔い覚ましの為の缶コーヒーと煙草を買い、少し離れた場所にある公園へと向かう。以前、相葉さんに遅くまで付き合わされた時に、お礼に教えてもらった場所だった。
「っくぅ〜…いくら翔さんの為とは言え、調子に乗って飲むんじゃなかったな。久しぶりにここまで飲んだかも…」
ベンチに座りながら呻く。缶コーヒーの湯気と煙草の煙。空を仰ぐと分厚い雲が覆っていて、一緒に滲んで溶けていく。 この場所を教えてもらった時は、子供みたいなお礼の仕方に呆れたけど、今となっては意外なほど役に立っている場所だった。こんな風に、飲み過ぎて熱を冷ましたい時は、気付けばここに来ている。 ただ今夜は、元々そんなに飲む方じゃないだけに、杏奈に奢ってもらったビールは余計だったかも知れない、という反省も兼ねている。
「んふふ…!なーにが、デートだよ。んなわけ無いでしょーが…」
杏奈とした直前の会話を思い出して、1人で笑ってしまう。 なんだっけ?小春ちゃんとデート、とか言ってたな。俺が店を出た時点で閉店2時間前だったのに、これからデートなんて有り得ないでしょーに、普通。 なんであいつは、小春ちゃんの想いは汲んで気を遣えるくせに、俺や翔さんの想いを察することは出来ないんだろーなぁ。 よく分かんないけど、きっと女の子同士な分、そっちの方が気持ちも理解出来るし、共感も出来るんだろうか、やっぱり。
恋する女の子の気持ち…っていうのが。
「小春ちゃんねぇ…」
正式に告白されたことは無いけど、小春ちゃんが俺のことを好きでいてくれてるのは知っている。 だから俺は、電話番号教えるつもりで教えなかったり、杏奈と翔さんを理由にして進展を引き伸ばしたり、10人いたら10人が最低だと思うようなことを、平気で小春ちゃんにしてきた。自覚はしている。 ただ、それは付き合うまでの過程を楽しみたいからやっているだけで、傷つけるつもりはもちろん無い。掌で転がすようにからかえるのは、相手が小春ちゃんだからだ。
俺が何をしても、彼女はいつも真っ直ぐに見ていてくれる、って分かっているから。
『に、二宮さん!?』
「!…、 小春ちゃん…?」
アルコールとクリスマスの雰囲気に酔ってしまったせいか、空に顔を向けたまま、しばらく目を閉じていると、自分の名前を呼ぶ声が響いた。 聴き慣れた声に、一瞬時計を確認したけど、まだ閉店時間じゃない。でも、確かに小走りで駆け寄って来るミニスカサンタは、さっきまで店でケーキを配っていた小春ちゃんだ。 え、何なの?この“クリスマスの奇跡”みたいな、出来過ぎた展開。
『ほ、本当にいた〜…!』
「え?」
『相葉さんが、二宮さんはここにいるはずだから様子見てきてあげて、って言うんで…』
「相葉さん?」
『だから来てみたら…!もう!こんな寒空の下で何やってるんですか!?風邪引きますよ!明日も仕事なんですよね!?』
「え?いや、そうだけど……え?」
やけに心配そうにする小春ちゃんを余所に、俺は突然起きた、このロマコメみたいなシチュエーションについて考える。 小春ちゃんの言ったことが本当なら、相葉さんが彼女をここまで寄こしてきたことは明白だ。でも、何で? いや、何となく分かる。分かってはいるけど、クリスマスで結構な忙しさだったはずなのに、こんなお膳立てをあの人が出来るとは思わなかった。もしかしたら、忙しいからこそパニクって、なのかもだけど。 そして、寒くないですか?と言ってカイロを渡してくる小春ちゃんの方が、あなたこそ寒くないわけ?と言いたくなる。コートを羽織ってはいるけど、ミニスカサンタに変わりないということ、本人は気付いてないんだろうか?
『大丈夫ですか!?顔、真っ白ですよ?』
「いや…んふふふ。元々こんなもんだから、肌の白さは!」
俺がそうツッコミを入れると、あ!と気まずそうに、でも、すぐに照れたように笑う。小春ちゃんのこういう笑い方、女の子っぽくて、俺が密かに気に入っているところだった。 寒くないわけ?と思っていたのも束の間、走ってきて体温が上がっているのか、彼女の頬は真っ赤だ。
「…ねえ、小春ちゃんさ?」
『!』
でも、そーやって真っ直ぐに想われると、俺の性格なんだと思う。真っ直ぐ過ぎて、重く感じる時があるのも確かだった。 引くわけでは無いし、寧ろありがたいと思う。ただ、そこまで想われる意味を問いたくなる。 どうして?どうして俺なの?こんな俺の、何がいいの?とことん君を振りまわして、悪びれもなく笑顔を向けるような男の、いったい何がいいの?
こんな不安が襲うなんて、酔っ払ってる証拠だ。でも、俺がそう訊く前に、小春ちゃんが大きく頭を下げた。 突然のリアクションに面食らったけど、理由を聴きながら、あーそういうとこも好きだな、と思う。好きなところリストに、“先走った故の自虐的な謝罪”も入れておこう。
『ごめんなさい!普通、引きますよね!?』
「は?」
『こんな、彼女面して世話焼いたり、いくら相葉さんの提案だからって、調子に乗ってこんな格好したり!』
「あ。それ、相葉さんが言ったんだ?いや、別に。寧ろ、好きだけど。可愛いよ」
『え…!?あ、で、でも!やっぱり私、余りにも二宮さんに対してストーカーみたいっていうか、気持ち悪いですよね!?今更かもですけど』
「っ、んははは!そうね、今更だね?」
『!!』
「いや、でも、俺が言いたいのはそういうことじゃなくてさ…。あ、一応全部聴いた方がいい?もし、まだ何かあるならだけど。んふふふ」
『え、えっと…あの…?』
俺の反応に、小春ちゃんは戸惑うような表情を見せ、それが面白くて、俺はより笑ってしまう。 数十秒前まで自分が何を考え、彼女に何を訊いて、どんな答えを期待していたのかなんて、どうだってよくなってくる。そんな問いも答えも、見てれば分かることだと悟ってしまった。 参ったな、こりゃ。
「んーとね。そーいうことじゃない。でも、俺も言いたいこと分からなくなってきたから、もういいよ」
『え?』
「その代わり、ここまで走ってきてくれたお礼に、これあげる。手ぇ、出してみ?」
『手?こ、こうですか?』
良くも悪くも、たぶん小春ちゃんは俺の言うことには逆らえないんだろう。不安そうながらも、両掌をきちんと差し出す。 そして俺は、針金で作られた星の形をしたオーナメントを、コートのポケットから出して渡した。
『これ…』
「んふふふ。綺麗でしょ?今日、イベントやった時のツリーから一つだけ頂いてきたの。杏奈が、頻りに小春ちゃんにプレゼント渡さないの?って言うからさ」
嫌な思いをしたクレーム処理も終わり、休憩にコーヒーを2人で飲んでいた時に、突拍子もなく出てきた杏奈の言葉。 クリスマスだし、そういうのもいいんじゃない?なんていう単純な言葉に騙されたわけでは、決して無い。でも、一生懸命に光っているそのオーナメントが、ふいに小春ちゃんのように見えたのだ。
『え…でも、勝手にそんな…いいんですか?』
「いいんだよ。どうせ、終わったら廃棄されちゃうし。せっかく頑張ったのにね。でも、小春ちゃんなら大事に持っててくれるでしょ?」
『…!…』
「だったら、小春ちゃんに持ってて欲しいな、と思ったの。今日の思い出と、…ずっと俺の味方でいてね、っていう意味も込めて」
『え?味方って…、』
「あと、俺を好きなこと忘れないように、っていう為にも」
『そ、そんなこと忘れるわけ…っ!』
「んふふふ。じゃあ、貰ってくれるの?それとも要らない?」
『っ、いいえ!欲しいです!ありがとうございます!』
「うん。良かった」
何とも素直じゃない伝え方なのは、自分でも分かっている。でも、大事そうにそのオーナメントを持つ小春ちゃんを見ていれば、ちゃんと俺の気持ちが伝わっていることは分かった。 相葉さんに杏奈と、自分でもらしくないほどお膳立てしてもらったけど、たまにはこういうのも悪くない。さすが、クリスマスだ。
『じゃあ、私、いい加減に店戻りますね。相葉さん1人に、店仕舞いさせるわけにはいかないし』
「仮にも誕生日だしね、今日。いや、もう過ぎたか」
『ふふ、はい。それに、櫻井さんが杏奈ちゃんを送って行ったもんだから、テンパってるんです、今』
「あららら」
でも、だからと言って、このまま小春ちゃんを帰すのは、良い判断とは言えない。これからも、相葉さんや翔さんたちにあーだこーだ言う為には、自分が見本となる人間でいなきゃいけないからだ。 俺がそう言うと、小春ちゃんはキョトンと見つめ返し、とりあえずの相槌を打つ。俺が手招きをすると、さっき手を出したように、素直に距離を縮める。なんて良い子なんだろう。
「よく出来ました」
『え…、!!』
だから、ご褒美に、その唇にキスをした。 ほんの一瞬。ほんの触れるようなキスだけど、小春ちゃんにとって、そんなことは問題じゃないはずだ。
「…んふふふ。時間取らせてごめんなさいね?もう、相葉さんとこ帰っていいよ?」
『は、い…』
「うん。俺も今度こそ帰るわ。またね」
帰り道、空を見上げると雪が舞い落ちてきていて、空気はより冷たくなる。 でも、さっき目にした、着ていたサンタ服と同じくらい頬を赤くした小春ちゃんを思い出して、心が温まった。 本当にプレゼントを貰ったのは俺の方だなんて言ったら、恐らく彼女は、もっと驚くだろう。
〔タイプねぇ。そーだなぁ、しいて言うなら……〕
〔しいて言うなら?〕
〔ずっと、味方でいてくれる人。…かな〕
メリークリスマス。 きっと彼女なら、そういう人になってくれるはずだ。
遠くない未来、いつか。
End.
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