年明けデート Part. 2


side. N



目の前には、お新香の盛り合わせに蛸わさ。それに完全に定番化している、ビールとモツ煮。
昨日は不本意と言えども、なかなかの食事をしていただけに、この見慣れたコースが正直切なくて仕方ない。
杏奈と杏奈の兄貴が前の晩から用意していたという年越しの為の食事と正月料理は、適度に豪華で味も悪くなかったっけ。
それなのに、なんで正月早々、またここで飲んでるんだか…。



「…で?翔さんは、いったいどうしたいのよ、結局のところ。杏奈どころか、その兄貴にも変な誤解されてますけど」

「っ、俺のせい!?んなの、俺が訊きてぇーよ!いつの間に、俺は彼女いる設定になったんだっつーの、もぉ〜…!」

「えっ!?櫻井さん、彼女いたの!?なのに、杏奈ちゃんをデートに誘おうとかしてたわけ!?ダメじゃない、それ!?」

「ちょっと、相葉さん。申し訳ないんですけど、勝手に話に入って来るのやめてもらえます?余計にややこしくなるんで」



カウンター越しに、前のめりで会話に参加してくる相葉さんに、そう注意をする。
杏奈たちとの初詣後、翔さんと食事をする約束を取り付けた場所は、飲み慣れた相葉さんの店だった。
目の前で一緒になってビールを飲んでいることでも分かるように、客はほとんど…というか、俺たちしかいない。元々オフィス街にある居酒屋なのもあって、正月1日目は大抵こんなもんだ。
それでも営業するなんて、よっぽどこの店の可能性を信じているか、バカなのかっていう話だけど。ただ、今回ばかりは他に客がいないという、この環境はありがたい。



「…とにかく、翔さんはもうちょっと、杏奈のああいう特質さを理解した上で接してよ。中途半端な言葉や行動ばっかりだから、こんなことになるんでしょーが」

「っ、…」

「そんなことやってると、いつか近い内に、本当に潤くんに持ってかれるからね?」

「! 、ねえ、ちょっとー?」

「それに分かってると思うけど、あの人、大学時代からの付き合いだし、見た目に反して凄い一途なんだから」

「んなこと言われても…」

「ね、ねえ?ちょ…聴いてる!?」

「そーいう弱気な態度が裏目に出るって言ってんの、俺は!同じ部署の上司だからって胡座かいてると、痛い目見るよ?他の社員だって、狙ってるヤツはいるし」

「! 、やっぱそーなの…?」

「ちょっ…!ダメ!一回止めて!!」

「そーだよ。俺の部署にも、杏奈のこと訊いてくるやついるし、」

「おい!だから、無視すんなって!!ストーップ!?」

「っ、なんなんだよ、もう!うるさいから無視してるんでしょーが!察しろよ、それぐらい!」



ちょいちょい間に入って来る相葉さんにイラついて、文句を言う。でも、そっちはそっちで俺たちの対応にイラついているらしく、やたらと強気な態度が逆に面倒なことこの上なかった。
ってか、翔さんだけでも手を焼いているのに、この人の恋愛まで面倒見る気にはなれないんですけど。



「おーれ!俺のことは!?俺だって杏奈ちゃんのこと好きなのに、普通目の前で作戦練ったりする!?ちょっと無神経すぎない、それ!?」

「あ、そーいえばそーでしたっけ?」

「はははは!」

「っ、だからおかしいだろって、それ!てか、ニノ、最初は俺のこともちょっと応援してたじゃん!なのに、なんで…!」

「だから、ちょっと、ですよ。今は翔さんの方がどうにかしなきゃな、っていう気持ちが強いし、相葉さんと杏奈がくっつくよりも、成功した時にメリットが大きいのは上司である翔さんだし、っていう話なだけで」

「はぁーっ!?」

「なんか、俺的にも複雑な理由なんだけど…」



自分なりの理由を述べると、更に相葉さんはうるさく反応し、翔さんは顔を歪める。
同じ相手を好きになったり、肝心なとこで奥手になったり、似ている部分が多いだけに、この2人が同席するのはややこしいことだと分かってはいた。
それでもこんな状況を許しているのは、昨日から続く疲労のせいで、気を遣うのも面倒だっただけだ。
なのに、いちいち優しい翔さんが、相葉さんの話も聴いてやった方がいいと、俺に言う。ったく、本当にお人好しなんだから、この人…。



「ってか、そもそもあなた、杏奈のことが好きだなんて、今まで言わなかったじゃない」

「? 、そーなの?」

「うん。俺が色々言っても、可愛いお客さんと思ってるだけでとか何とか、訳分かんないこと言ってたのよ、この人は」

「そ、それは、ちょっと照れ臭かっただけで…っ!別にいいじゃん、そんなことは!俺は俺で、ちょっと考えてたっていうか…!」

「まあね…。あなたも、翔さんと同じくらいウジウジするタイプだってことは、今まで見てきてるから分かってるんだけどさ…」



今でこそ、こうやってさり気なく会話をしているけど、俺と杏奈が初めてここに来店した時は、お世辞にも素晴らしい接客とは言えなかった。
いちいち杏奈のことを見て顔を赤くしては、作業が疎かになったり、手つきが怪しくなったり…。張り切り過ぎて空回りしている様子は、見るに堪えなかった。



「もしかして…一目惚れだったの?杏奈ちゃんに」

「うーん。良く分かんないけど、たぶん。だってまさか、こんな店にあんな可愛い子が来るとは思わないでしょ?普通。そう思ったら、なんか凄い嬉しくなっちゃって」

「だから、それを一般的に一目惚れって言うんでしょーが。相葉さん、あなた悪いけど、杏奈に対する贔屓具合、酷かったからね?」

「贔屓って?」

「杏奈にだけビール奢ったり、やたらとモツ煮をサービスしたり。ムカツクぐらい凄まじいのよ、アピールが」

「っ、それはだって!少しでもきっかけが欲しくて、ついっていうか…またここに来て貰わないと、俺はニノたちと違って会えないわけでさ!?」



俺の冷たい視線に、相葉さんがワタワタと言い訳をし始める。でも、その甲斐あって、杏奈はここに通うようになったんだから、贔屓もしてみるもんだ。
相変わらず恋心はだだ漏れだし、贔屓も凄まじい。けど、会話が普通に出来るようになったり、例えする機会なんてほとんど無くても、連絡先を知っていたりするのは大きい……、



「…ちょっと待って?そういえば、あなた、いつの間に杏奈と連絡先交換したわけ?」

「あ、それはニノが席外した隙に、そっこーで訊いたから」

「「はっ!?」」

「初めて来た時だよ、確か」

「「!!?」」

「それがどーかした?」



突然生まれた疑問に、信じがたいその真実。
目の前でキョトンと見つめ返す相葉さんに、一瞬脳がフリーズした。翔さんに至っては、しばらく再起動は無理そうだ。


奥手?ウジウジするタイプ?翔さんに謝れ!



「お前、がっつり行動してんじゃんかよ!出会って1日目ぐらい、大人しくドキドキしてろよな!」

「はあ!?ちょ…そんな言い方無くない!?俺はただ…!」

「翔さん、店変えるから、早くコート着て!」

「えっ、帰るの!?なんで!?」



ダメだ…。俺ぐらいは翔さんに協力してやんないと、さすがに可哀想すぎる。
イケメン親友に、天然チャラ男な居酒屋店主。それに、最大の敵であろう、妹命!な兄貴。




「翔さん、フリーズしてないで早くコート着る!動揺しない!」

「お、おう…」

「ねえ、本当に帰るの!?なんで!?」



ライバルは多いけど、ちゃんと勝たせてあげますよ。俺の素晴らしい上司様を、ね。





End.





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