年明けデート


side. M



大晦日だった昨晩や、新年1日目である今日をどう過ごしていたか、まとまりもなく、喋りたいように喋る。
年明け前から杏奈と食べに行く約束をしていた評判の小料理屋は、少々騒がしいけど、正月で浮かれているのはお互い様だ。



『ね。そーいえば、ちゃんと年賀状届いた?』

「ああ、うん。わざわざ、毎年ありがとね。でも、こーやって会うって分かってんだから、別にいいのに」

『もー…潤までニノと同じようなこと言わないで。年賀状は1年で一番最初のプレゼント!でしょ?』

「はは、分かってるって。だから、俺もちゃんと出してやってんじゃん」



テーブルの真ん中を陣取る鍋の中では、グツグツと野菜や魚が煮込まれていて、旨そうな匂いが立ち込める。
杏奈の好物は鍋物だと知っているからこそ、こうやって誘っているわけだけど、目の前の嬉しそうな笑顔を見ると改めて安心する。
ちゃんと、俺は期待に応えられているんだと分かるから。



「つーか、さっき初詣で兄貴のことお願いするのやめたって言ってたけど、じゃあ結局、何にしたわけ?兄貴以外のことで、なんか実現させたい夢や望みあんの?」

『その言い方、酷い。私だって、お兄ちゃんのことばっかり考えてるわけじゃないんだからね』

「ニノに呆れられてなかったら、そのまま願ってたくせに」

『だって、1人で家にいるのは嫌だもん!』



俺がからかうと、ムキになって言い返す。
鍋とアルコールのせいで染まった頬は確かに色っぽいけど、話している内容は、ほとんどが兄貴のことだ。溺愛されている妹感丸出し。
クリスマス当日の25日に会った時には(特別な日に難なく会えるのは親友の特権だ)、お兄ちゃんに彼女が出来たかも知れない…と相談もされた。
まあ、俺がサユリじゃなくてサヨリの間違いじゃないの?って言った瞬間、その問題はいとも簡単に解決したけど。



「で?結局、何お願いしたの?」



でも、だからと言ってそれが突然無くなるのは、杏奈の兄貴にとっても、俺にとっても良いことではない。
兄貴離れを望んではいても、兄貴にかけていた分の愛情が、自分じゃない他の誰かのものになるのは最低すぎる。ブラコンだろーと何だろーと、黙って見ていられるのは、相手が身内だからだ。
もちろん、その相手が自分なら文句は無いけど、こうやって年明け早々、自ら食事に連れ出しているのは、俺なりに現状を理解しているからで…。



『何って…うーん、仕事のこととか色々?別に何でもいいでしょ!…内緒!』

「ふーん…」



どんな話でも聴くし、相談にも乗る。多少のブラコンや天然も慣れれば何てことないし、軽く受け流す術も身に付けた。
けど、大学時代と比べると極端に減った一緒の時間は、不安の種でもある。
どんなに好きな映画や音楽、ファッション、食べ物を把握していても何の意味も無い。親友としては素晴らしくても、恋人候補としては、これだけじゃあ合格点を貰えないことは分かっていた。


つまりは、結局余裕ゼロだってこと。杏奈が隠した願い事が何なのか、気になり不安になってしまうぐらいに。



『でも、お賽銭はずんだんだから、おまけでお兄ちゃんのことも叶えてくれないかな、神様』

「…どーだか。それぐらい、自分で何とかすれば?」



そのせいか、つい杏奈の言葉にも冷たく返してしまう。
でも、天然な分、杏奈の方が一枚上手なんだろーな。俺の態度なんか気にすることもなく、意地悪!と、テーブルの下で俺の足を蹴った。



「っ、いってーな!そのブーツ、マジで凶器だぞ!?ふざけんなよ、ったく…。いってー…!」

『ふふふ!ごめんね?でも、潤が意地悪言うから』

「当たり前のこと言っただけだし。今年こそ、兄貴のことばっかり考えてないで、自分のこと何とかすれば?」

『また、そーいうこと言う!仕事頑張ってるの、潤だって知ってるでしょー!ふふ!』

「いや、だから仕事だけじゃなくてさ…って、おしぼり投げんなのやめろって!酔っ払ってんの?」



意地悪を言ったのも束の間、杏奈がふざけておしぼりを投げるので、こっちも反射的に投げ返し、気付けば2人で笑い合ってしまう。
でも、仕切りがあるとは言え店の中だ。すぐに顔を見合わせて、シーっと声を抑えた。
ああ。つーか、こーいうことやってるから、もっと杏奈のこと好きになっちゃうし、親友としてのポジションがもどかしくなるんだよな…。



『ね?じゃあ、潤は何お願いしたの?』

「え?」

『初詣。行った?』

「…!…」



姿勢を正しながら、杏奈が何気なく、そう尋ねる。
そこまで言うんだったらお前も教えろ、と言った爛々とした瞳は、どこで習得してきたんだか知らないけど(たぶん、ニノだ)、酔っ払っているせいか、妙に似合っていた。
なんていうか、こーいうところも天然だし、凄くズルい。


でも。



「…いや、行ってない」

『そーなの!?』

「はは。何だよ、その大袈裟な反応。まだ、1日目だし」

『そーだけど…』

「…それに、俺は神頼みはしない主義なの。…だから、ってわけじゃないけどさ…?」

『うん?』



そう言って、俺も姿勢を正し、前のめりになる。杏奈も頬杖をついて、俺のことをジっと見つめる。
まるで何を言われるか、何が起きるか分かっているような反応は、やっぱり俺たちが親友だから。でも、これから俺が言うことは、たぶん今までの俺たちのパターンとは違うはずだ。



「今年はもっと、2人で会お?」

『え?』

「…去年は何だかんだで会える時間少なかったしさ。杏奈と行きたいとこ、いっぱいあるし」

『潤…』

「ね?」



親友としてのポジションを利用しながら、親友以上の関係になるのは、本当にややこしいし面倒だけど。
でも、杏奈よりも、ニノよりも。もちろん、どっかのライバルたちよりもズルくなれるのは、きっと俺だから。



「…ってことで、今月の25日にあるコンサート、一緒に行かない?」

『ふふ…!うん、行く』



だから、ちゃんと攻めますよ。

自分のポジションに、胡座をかいたままでいるのは性に合わないしね。





End.





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