1年で一番最初のプレゼント
side. N
神社では参道の真ん中は歩いちゃいけないと聞いたことがある。正中と言って、神様が歩く場所だから失礼にあたるらしい。 でも、じゃあ、この場合はどういう判断が下されるんだろうか。なんか、自然に道の真ん中を塞ぐように並ばせられているけど。
『全然進まないね、列。もうそろそろだと思ったんだけどなー』
「こーいうのって、ゴールが見えてきた時からが長いからね。ま、せいぜいあと30分もすれば順番も回ってくるでしょ」
「えっ。あと30分も待つの?きっちぃーなー…」
そう言って顔を歪める兄貴を、杏奈が帰っちゃダメだからね!と、絡めていた腕をギュっと引き寄せる。 腕時計を確認すれば、ちょうど午後2時を過ぎたところで、周りは更に賑わいを見せているようだった。
さすが、1月1日。新年1日目だけある。
「…つーか、なんで俺があんたら兄妹の初詣に付き合わなくちゃいけないのよ。よく分かんない組み合わせにも、ほどがあるでしょーが」
「んなこと言うなよ、ニノ。蕎麦も餅も食わせてやったんだから、これぐらい付き合え」
『ふふ』
「蕎麦も餅もありがたいのは確かだけど、俺は一言も仲間に入れてくれとは言ってないんすけどね…」
神社で初詣の列に並びながら、さっきからこんな押問答を、杏奈の兄貴と繰り広げている。 それもこれも、前日である大晦日から今の今まで、杏奈の家で世話になってしまったせい。 年が明けてすぐにあるイベントが原因で、大晦日なんて無視するようにギリギリまで働いていた結果、解散する際に杏奈が、じゃあ家に来なよー!と声をかけてきたのだ。 領収書の整理があるんで、と断ったはずなのに、そこはさすが天然だと思う。全く本気にされなかった。
『でも、1人で年越しするなんて寂しすぎるっていうか。ニノ、実家に帰るわけでもないし…。相葉さんの店だって、さすがに昨日は大晦日でお休みだったから、行くとこなんてなかったでしょ?』
「いやいやいや…。だから、俺は領収書の整理しながら紅白を観る、っていう計画があったんだってば」
「領収書って…なんで?それに紅白なら、俺ん家でも観れたじゃねーか」
「いや、だからさ…何度も言うけど、兄ちゃんは分かんないなら無理に話に入ってこなくていいから!それに、」
『そーいえば昨日の紅白、凄く良かったねー。MISIAが出てきた時、ビックリしなかった?』
「した」
「っ、せめて杏奈は俺の話聴いとくべきじゃないの!?兄妹揃って何なんだよ、お前ら!」
余りにマイペースな会話の展開にツッコミを入れるけど、天然兄妹はそんなのお構いなしに話を続ける。 昨夜からずっとこんな調子で、自分の役割が持つ責任に、正直肩が重くて仕方ない。
『司会も頑張ってたよね。あの人たちのパフォーマンスもカッコ良かったな』
「んふ。杏奈、あの映像の仕掛けに、ずっと凄ーい!って言ってたもんね」
「? 、好きなの?初耳なんだけど」
『うん、結構好き。1人1人の名前はそんなに覚えてないけど』
今の会社に入社してから、杏奈とはなかなかの時間を過ごしてきたつもりだけど、知らないことがまだこんなところにもあったか、と思う。 紅白司会も務める国民的グループと言えども、杏奈がアイドルに興味があるなんてびっくりだ。 順番待ちで暇なのもあって、その意外な情報に、誰がお気に入りなのか訊いてみる。ヤツらは5人組のアイドルグループだ。
『うーん…。そこまで詳しくはないから、良く分かんないけど…あのキャスターやってる人とかカッコイイな、って思う』
「へー」
『でも、一番好きなのはリーダー!なんて言うか、雰囲気とかがお兄ちゃんに似てて、観てるとつい目で追っちゃうの!』
「んふ…。ありがと、杏奈」
「いや、んふふふ!兄ちゃんのこと言ってないですからね?」
何ともほのぼのした杏奈の回答に、思わず笑ってしまう。 そーいえば、小春ちゃんもあのアイドルグループについて、他の女性客とキャーキャー喋っていたことがあったっけ。なんか、よくドラマや映画に出てて、演技が上手いって評判のヤツが好きだと言っていた気がする。 俺はドラマとかあんま観ないから、よく分かんないけど、まあ、あーいうヤツがタイプなんだろーな。あーいう、一癖ありそうなヤツが。
そんなことを思い出していると、隣を歩く杏奈が俺の肩を叩き、タイミングよく彼女のことを話にする。 もう片方の手は、相変わらず兄貴の腕に絡めたままだ。
『ねね!そーいえば、小春さんに年賀状出した?』
「…は?」
『年賀状!1年で一番最初に届くプレゼント!年の初めに人の気持ちを届けてくれる葉書のこと!』
「いや、日本郵便のキャッチコピー羅列させなくても、年賀状ぐらい分かるから。出してないよ、そんなの」
『そんなの!?』
「てか、メールアドレスどころか電話番号すらも教えてないのに、いきなり住所教えるとか怖すぎるだろ。それ以前に、付き合ってても年賀状出し合うカップルなんて今時いるの?いないでしょ」
『ええー…そういうものかなぁ…』
年賀状送ってくれたら、小春さん喜ぶと思うけどなぁ…と呟きながら、杏奈が首をかしげる。 クリスマス・イヴの日のことは言ってないから、年賀状なんか送り合わなくても、俺たち2人が地味に進展していることを、杏奈が知らないのは当然のことだ。そもそも、言う気も無いんだけど。 でも、杏奈のこーいう、訳分かんない天然な発想を目の当たりにしていると、いつものように、逆に俺の方が不安になってくるのも当然で。
「まさかお前…、翔さんに年賀状送ったりしてないだろーな?」
『なんで?送っちゃダメ?だって上司だし、お兄ちゃんの友達だし。送らない方が失礼じゃない?ニノだって櫻井さんには送ったでしょ?』
「送ること自体はいいけど、余計なこと書いてんじゃないか、って俺は訊いてんの。一言一句、何書いたか言ってみなさいよ」
『はー!?』
そう問い詰めると、まるで新妻が姑を見るような目で、杏奈が俺のことを見る。 その気持ちは分からなくもないし、ウザいことをやっていると自分でも思うけど、新年早々、翔さんに不憫な想いをさせるのはさすがに可哀想だ。 なんてたってこの子、翔さんとのショッピングデートから、ずっと謎すぎる勘違いをしてて……、
『別に普通だってば。昨年はお世話になりました、今年もご指導宜しくお願いします、って』
「本当に?それだけ?」
『うん。後は、お兄ちゃんと連盟で出したから、お兄ちゃんのメッセージだけ。ね?』
「うん。今年は仕事ばっかじゃなくて、彼女と過ごす時間も大事にすんだぞ!って書いた」
「はあっ!?」
「杏奈から、翔くんに彼女いるって聴いたから。…俺、翔くんは杏奈のこと好きなのかなーって思ってたんだけどな」
「!?」
『そんなわけないでしょ、もう…。だって櫻井さんには、素敵な彼女がいて……ってニノ?どうしたの?』
「っ、あんたら…!」
兄妹連盟で年賀状出してることにも驚きだけど、まさかの兄貴からの爆弾投下にも驚きだ。予想もしていなかった。 いやいやいやいや!いったい、兄妹揃って何してくれてんのよ!?新年早々、1年で一番最初に届くプレゼントで人の心を傷つけるって!
「そーいえば杏奈、これ終わったらどうするの?俺は予定してた通り、釣りに行くけど…」
『あ、潤が美味しい鍋食べられる店に行こうって言ってるから、夕方頃出かけるつもり』
「潤くん!?」
『うん。ニノも一緒に行く?』
「いや、俺は……、」
答えながら、自分でも言葉が濁っていくのが分かる。 昨夜は結構な時間まで起きて飲み食いしてたから、帰って寝たいのも山々。領収書の整理もしなきゃいけない。 でも、ここまで加担している以上、放っておくわけにいかないのも事実だ。何より、ライバルの1人はもう動き出してるみたいだし…。
「俺は、翔さんと約束してるんで…」
『えー?』
「お、ニノも仲良くやってんだな、翔くんと…」
そう言ってポケットからケータイを取り出し、翔さんにメールを打つ。隣では間近に迫ってきた参拝に、天然兄妹が財布を出して、いそいそと準備をしていた。 すると、何を願おうか考えている兄貴を余所に、杏奈が俺にこそっと耳打ちをする。
『私、今年はお兄ちゃんが出来るだけ家を空けませんように、って願おうかと思ってるの』
「いや。それ、神様にじゃなくて直接本人に言いなさいよ」
今年も荒れそうだな。色んな意味で…。
End.
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