VS お兄ちゃん


side. M



蕎麦屋でのランチタイムを終えて会社へ戻る途中、見覚えのある顔が視界に入り、あれ?となった。
こんなオフィス街に何の用だよ、と思うのと同時に、すぐに原因は妹か…と察しがついてしまうあたり、俺も伊達に親友をやっていない。
一緒に食いに来てた同僚に断り近付いていくと、あっちも俺に気付いて、柔らかい笑みを浮かべる。



「お、マツジュンじゃねーか。久しぶりだな。どうしたの?」

「それはこっちのセリフ。お兄さんにオフィス街は似合わないにも程があるから。特に、その耳当て。お兄さん自身には似合ってるけどね」

「んふふふ。杏奈から誕生日プレゼントで貰ったんだよ、これ」



そう言って、ブルーと白を基調にしたノルディック柄の耳当てを、愛しそうに撫でる。
この、ペースが乱されるようなふわふわ加減は妹である杏奈とそっくりで、毎回顔を合わせる度に本当に兄妹なんだな、と実感してしまう。



「杏奈?」

「うん。せっかく作ったのに、お弁当忘れて仕事行っちゃったから届けてきたの」

「相変わらず、過保護なんだか放置してんだか分かんねーな…。てか、誕生日プレゼントって早くない?確か…来週じゃなかったっけ?お兄さんの誕生日は」

「お、覚えててくれてるんだな、マツジュン…」

「まーね」



そりゃ、親友で好きな女の兄貴の誕生日ぐらいは覚えてるっつーの。
お互い別の会社に就職してからは機会も少なくなってきたけど、それまでは毎年誕生日が近づく度に相談を受けていたし、買い物にも付き合わされていたんだから。
それに、たとえそんな名目だったとしても、デートはデートだ。最近はその役目を二宮という同僚が引き受けているらしく、ほんの少し歯痒い気持ちはある。
でも、何度か話してニノ(杏奈がそう呼ぶので、移ってしまった)に恋心は無いと分かってはいるので、まだマシだ。


今回もそうだったのかと尋ねると、杏奈の兄貴はいや…と曖昧な返事をした後、面白そうにクスクス笑い出す。
いやいや…。なんだよ、その分かり辛い謎の笑みは…。



「…んふ。これね、俺の友達で杏奈の上司の翔くんっていう人と、一緒に買い物に行って選んできたみたい」

「! 、翔くんって……。あの、相葉さんとこで歓迎会してた時の上司?」

「たぶんね。んふふ…マツジュン、ピンチだな」

「…!…」



こんな風にかしこまって、一応“お兄さん”とは呼んではいるし、この人も、俺のことを大事な妹の親友として表向きは接してくれている。
けどやっぱり、たった1人の可愛い妹に好意を抱いているヤツはすぐに分かるらしく、気付けば早い段階で、俺の杏奈に対する気持ちもバレていた。
普段は妹と天然ぶりを発揮して周囲を振り回しているくせに、こういうことに関しては無駄に勘が良いんだから恐ろしい。こういうところも、ほんと杏奈とそっくりだ。



「大丈夫?翔くん、マツジュンに負けないぐらいイケメンだし、いいヤツだぞ?杏奈、持ってかれちゃうんじゃない?」

「…んなこと言われても、俺は今まで通り親友としての立ち位置を守りながら、確実に攻めるしか他無いし。だから、どんなライバルがいようと焦るつもりは無いかな。どーせ、杏奈もすぐに気付くわけじゃないだろーしね」

「んふふふ…。余裕だな」

「伊達に、親友やってないんで」



強がりでも見栄でもなく、これは正直な気持ちだ。
親友として過ごしてきた時間は無駄じゃないし、だからこそ、杏奈がすぐに想いに気付くわけじゃないことも、きちんと分かっている。
どうしようもなく切ない時もあるけれど、それは自分だけじゃなく、他のライバルも同じだからどうってことはない。そういう意味で、杏奈の天然さは実に平等だと思う。


それに何より……、



「んふ。ならいいや。頑張ってね、マツジュン?」

「!」



よく分からないし、本気でそう思っているのかは謎だけど、この人はこうやって、ちょいちょい俺を応援するようなことを言う。
そのせいか、俺の気持ちがバレた後も怒ることは無かったし、邪魔をするようなことも無かった。
他のヤツにも言っているのかも知れないけど、大事な妹の恋愛だというのに、やけに寛容というか、何て言うか…。マジで、読めないのだ。


…いや。つーか、そもそもさ?



「…そんなこと言うんだったら、まずは杏奈を手離してよ。お兄さんと2人暮らししてるのって、俺としてはなかなか厄介なんだけど」

「…!…」

「せっかくデートして送り届けても、家にお兄さんがいたら、おちおちコーヒー飲んでくことも出来ないし」



これも、俺の正直な気持ち。失礼なのは承知だけど、好意がバレてるなら、とことんぶつかって行かなきゃ何も進展しないのも確かだ。
でも俺がそう言うと、最初に会った時のような、ふにゃっとした柔らかい笑みを浮かべて、あっさりこんなことを言い放つ。



「んふふ、やだ。だって、そうならないように一緒に暮らしてるんだもん、俺」

「っ、…やっぱり、その為だったんだ…」



ある意味、予想通りのことを言われ、思わず苦笑してしまう。


本当に味方なのか、それとも最大の敵なのか。
どうにも図りきれない兄貴に混乱してしまいそうだけど、どっちにしろ本気にしない方が、たぶん上手く動けるんだろーな、とも思う。
いちいち真に受けていると、きっとペースに呑まれるだけだ。



「だから、俺に負けないで頑張ってね、マツジュン」

「親友として、焦らず…ね?」



挑むところだ、っつーの。





End.





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