反省と決意と(再び)勘違い


土日という束の間の休みは終わり、また1週間は始まる。休みの日が充実しすぎていると、時に月曜日は憂鬱だけど、それは以前までのことだった。
櫻井さんという人が上司になってからは、自分の働きにも自信がついてきたし、今まで以上にやりがいを感じている。
だから、週の最初、月曜日は大好き。合同ミーティングで、いつもは違う階にいるニノと並んで仕事の話をするのも、月曜日ならではの新鮮さだ。



『あの、櫻井さん…!ちょっと、いいですか?』



そのミーティングが無事に終わり、他の社員たちがそれぞれの持ち場へと帰っていく中、櫻井さんに声をかける。
ニノもさっさと荷物をまとめた後は、また昼飯にね、と言って、すぐに出て行ってしまっていた。
きっと、櫻井さんも忙しいだろうに、こうやって呼び止めなきゃいけないのが何だか申し訳ない。でも、早く言わないと良くないのも、事実なわけで…。



「あ…、っ、おはよう。杏奈ちゃん」

『おはようございます。あの…、土曜日はありがとうございました。お兄ちゃんのプレゼント選びに付き合ってもらって…』



広いミーティングルーム内、まだ僅かに残っている社員の目もあり、ほんの少し声を抑えてお礼を言う。
土曜日はニノの提案で、櫻井さんがお兄ちゃんへの誕生日プレゼントを買う為に付き合ってくれることになり、2人で出かけていた。
何もやましいことは無いけれど、櫻井さんは女子社員が執拗に合コンに誘うぐらいの人なので、無意味にやっかまれるのはご免だ。
でも、それだけの人を、自分勝手な理由で休みの日に独り占めしてしまったことも、紛れもない事実だった。


いつもだったら、少なからず“上司”と“部下”を意識しているのに、お兄ちゃんの大学時代の友達だと知ってしまったせいか、図々しいことに、自分もそんな気になっちゃって。
もっと言えば、あの日はまるで友達同士みたいだったのと同時に、腕を組んだり、お茶をしたり…。
櫻井さんが気を遣ってくれたからではあるけど、つい乗じて彼女のような真似ごとをしてしまったことも、凄く申し訳ないし、思い出すと恥ずかしくて仕方ない。もう…!私ったら、上司に何してるの…。



「いや、それは俺も感謝してることだから、そんな何度もお礼言わなくていいよ」

『でも…』

「うーん、なんつーか…こんなことで良ければ、俺はいつでも頼ってもらって大丈夫、…だからさ?」

『櫻井さん…!』



けど、櫻井さんはそんなの全く気にしていないとばかりに笑い、こんな風に言ってくれる。
そういえば、歓迎会をやるのが遅くなっちゃった時も、決して嫌味なんか言わなかったし、病気になった時は電話までしてくれたし、貴重な美術展のチケットも譲ってくれたし……、



『櫻井さんって、本当に優しいんですね…!』

「!!」



さっきした反省も忘れ、部下のくせに、上司に向かってこんなことを言ってしまう。
あ!と口を手で覆った時には既に遅く、私の無礼な発言に、櫻井さんも目を逸らして、気まずそうに苦笑する。


もう!何の考えも無しに、いっつもこうやって口に出すんだから!!
お兄ちゃんに送る為に写メ撮ってもらった時もそうだけど、私ってば部下として失礼すぎ!だから結局、後で思い出して恥ずかしくなったり、反省するはめになったりするのに…!
会社ではニノといるのが多いせいか、ニノならではの軽い態度がうつってきちゃってるのかも…。気をつけないと……、



「…っ、で?話しってのは、そのこと?」

『え?』

「だったら、本当に気にしなくていいから。それより、来週の今日が智くんの誕生日だけど、あの…俺が杏奈ちゃんにやったさ…、」

『! 、あっ…そ、そのことについてなんですけど…!』



忙しい中、わざわざ呼び止めた理由を思い出し、櫻井さんの顔を真っ直ぐ見る。
でも同時に、あの日した酷い勘違いも頭をかすめ、頬が真っ赤になるのが自分でも分かった。
突然の私の反応に、きっと既に困っているであろうに、櫻井さんはもっと困惑してしまう。だって……、



『あ、あれ!お兄ちゃんへのプレゼントじゃなかったんですね!』

「へ?」

『な、なのに私ったら、勝手に勘違いしちゃって…。本当にすみませんっ!』

「え…っと、…え?それはつまり…、」



プレゼントを買い終わって別れる際、櫻井さんはラッピングされた一つの包みを、私に渡してくれた。
てっきりお兄ちゃんへのプレゼントだと思って喜んで受け取ったのだけど、どうやらそれは、私の勘違いも良いところだったらしい。
余りにも申し訳なくて、一通り先に謝罪をした後(先手必勝!ね?)、ゴソゴソと自分のバッグから、既に開封されたそのプレゼントを櫻井さんに手渡す。



「…え?」

『これ…お兄ちゃんへのじゃないですよね。たとえもし、櫻井さんが本当にお兄ちゃんに買ったんだとしたら、きっとお店の人が商品を間違えたんじゃないかな、って思うんです』

「え…?ちょ、ちょっと待って!?」

『お兄ちゃんは最初、これって私へのプレゼントなんじゃないの?って言ってたんですけど…』

「!!」

『でも、それは絶対違うからって』

「っ、!?」

『…っ、どっちにしろ、ちゃんと櫻井さんにまずは返すべきだと思って…!』

「っ、…杏奈ちゃん!?」



粛々と謝罪と理由を述べていると、櫻井さんが少し強めに私の言葉を遮る。
ああ、まずい…やっぱり機嫌を損ねてしまったかも…。そう思って、恐る恐る俯いてた顔を上げると、櫻井さんも私に何と言うべきか迷っているような、複雑な表情を浮かべていた。
でも、次に聴こえてきた彼の言葉は、私が想像していたものとは少し違う。


ん?なんで、そんなことが気になるの?それって、そんなに大事なことなの?



「えっと…まず、ちょっと訊いていいかな?これ、智くんと一緒にもう開けたの?誕生日…来週なのに?」

『? 、はい。お兄ちゃん、今週は釣りに行こうかな〜って言うから、早く使ってもらいたいな、と思って、とりあえずプレゼントだけ、先に渡したんです』

「!?」

『それがどうかしましたか?』

「いや…っ、」



そう。櫻井さんとショッピングへ行った次の日の夜、夕食の時にお兄ちゃんが、明日からちょっと釣りに行くね、と言い出したのだ。
もう!心配した矢先にまた!なんて怒ったのだけど、さすがにお兄ちゃんも先日のことは反省していたらしく、今回は行っても日帰りとのことらしい。
だから、それならば…と思い、早めに前日に買ったプレゼントを渡したのだ。単に、早く喜ぶ顔が見たかった、っていうのもあるけど。



「え、えっとさ…?じゃあ、なんで自分のじゃないと思った?だって、智くんだって杏奈ちゃんのじゃない?って言ったんでしょ?なのに…、」

『? 、だってこれ、ピアスですよね?私、ピアスホールは作ってないんで』

「え?」

『だから、これは私のじゃないよ、って言ったんです』



私がそう言うと、櫻井さんはさっきまでとは打って変わって、きょとんと私を見る。
気付けばもうミーティングルームには、私たち以外は誰もいないようだった。



「え…?だって、ピアスして…?」

『あ、これですか?これはフェイクっていうか、ピアスに似せたイヤリングなんです』

「!?」

『私、ピアスしたいのは山々なんですけど、どうしても怖くてあけられなくて。だって、ピアスあけると運命変わるって言いません?』

「あ、ああ…」

『それに、お兄ちゃんが親から貰った身体に傷付けちゃダメ!って言うし…』

「智くん、が…」

『でも、やっぱり憧れはあって。そしたら、潤がこれなら穴あけなくても大丈夫だろ、って買ってきてくれたんです!』

「!!?」

『可愛いけどシンプルなデザインだから、仕事でも付けられるし、凄くお気に入りなんですよ。ふふ』

「っ、そ、そっか…」



髪を耳にかけて潤にもらったイヤリングを見せると、櫻井さんも納得したように頷く。
さすが付き合いが長い親友だけあって、アクセサリーだろうと、服だろうと、潤が選んでくれた物にハズレは無い。このイヤリングだって、その内の一つだ。



『だから、なんていうか…。勝手に勘違いした挙げ句、開封までしちゃったんで、まずは櫻井さんに確認してもらって、どうしようか考えようと思ったんです。お店の人が間違ったなら、私が直接行って取り替えてもらおうかと思うんですけど…、』

「っ、いい!だ、大丈夫だから!」

『でも、私のせいだし…!』

「それはでも……、」

『?』

「っ、…店がこれと間違った物、杏奈ちゃんは知らないしさ?だから、うん…。俺が行くよ…」

『そ、そっか!そうですよね…!出過ぎた真似してすみません…』



櫻井さんの言い分に、今度は私が納得させられ、思わずもう一度頭を下げる。
でも、やっぱりお店の人が商品を間違えたんだ、ということだけでも明らかに出来て、少しほっとした。だって、もしこれが私の最初の予想通りだったら、申し訳ないにも程があるもん。


私がそんな風に言うと、櫻井さんは再び不思議そうにこちらを見る。



『ふふ。最初はもしかしたら、これは櫻井さんの彼女さんへのプレゼントなんじゃないかな、と思ったんです、私。お兄ちゃんへのプレゼントと一緒に買って、間違えちゃったのかな、って』

「え゛」

『でも、私がそう言ったらお兄ちゃんが、翔くんみたいな仕事人間に彼女いるわけねーべ?なんて、根拠の無い失礼なこと言って。もう…!』

「っ、智くん…!」



腕を組んだり、お茶をしたりという自分の行動を反省したのは、そういうことからでもある。
お兄ちゃんはああ言うけど、櫻井さんは会社ではいつだって憧れの存在だし、買い物へ行った時も、たくさんの女性が彼に目を奪われていたのを私は見ている。
実際のところは彼女がいるかは知らないし、プライベートすぎる質問なので訊くことも出来ない。
でも、合コンの誘いを毎回断るぐらいだから、きっと素敵な彼女がいるんだろーな…と、密かに考えていた。


会社の中では、私は櫻井さんが上司になる前に相葉さんの店で出会っていたから、何となく近い存在だと感じていたのだけど…。
そこも含めて勘違いだったし、ちょっとばかり調子に乗っていたのかも知れない。お兄ちゃんの友達と知ってからは、特に。
ダメだなぁ、私……。



『でも、とにかく良かったです!度々、ご迷惑かけて本当にすみませんでした』

「え?あ、いや…」

『あと、さっき櫻井さんはいつでも頼っていいって言ってくれましたけど、やっぱり申し訳ないんで、気にしないで下さいね?』

「へ?」

『あ!他の女の子たちが合コンに何度も誘って困った時は、私に言って下さい!大したことは出来ないけど、それぐらいなら私でも平気なんで』

「ご、合コン?」

『じゃあ、とりあえず今は失礼致します。お時間取らせてしまって、すみませんでした!私も仕事に戻ります!』

「え、ちょ…杏奈ちゃん!?」



そう言って、スイッチを切り替えるように、櫻井さんに挨拶をしてミーティングルームを出た。
これで何もかもチャラに出来るとは思っていないけど、私が今、櫻井さんの為に出来ることと言えばこれぐらいだ。



『あとは、自分の仕事をしっかりやること…、と!』



そうすれば、櫻井さんに迷惑をかけることは無い。
そうすれば、櫻井さんだって彼女と過ごす時間が作れるようになるはず。


きっと。





End.





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