ショッピングデート
side. S
冷たい風が吹いて、11月と言いつつも、もう後半なんだよな、と冬の訪れを自覚する。 でも、妙に心が浮き立ってしょうがないのは、やっぱり彼女と一緒にいるからだ。
『せっかくのお休みなのに、付き合ってもらっちゃってすみません』
「いや、昨日も言ったけど、休みの日に何もしないで家にいるのは性に合わないからさ。だから、お誘い頂けて光栄です。はは」
『ふふっ、なら良かったです』
賑わう巨大ショッピングモールの出入り口で、杏奈ちゃんと笑い合う。 待ちに待った…っていうか昨日の今日だし、彼女の方に至っては、きっと何の意識もしてはいない。でも、念願の初デートに、こっちのテンションは密かに上がりっぱなしだ。 二宮の突然のキラーパスにはちょっと焦ったけど、やっぱり嬉しくて仕方ない。
「それじゃあ、お嬢様…行きますか?」
『! 、…ふふ。櫻井さん、面白い』
エスコートするように腕を差し出すと、彼女もクスっと笑いながら、そっと手を絡める。 冷静に、冷静に。舞い上がるなよ、俺!…と心の中で繰り返しても、空いているもう片方の手では、ちゃっかりガッツポーズだ。
いやいや!分かってる!分かってますよ! 二宮情報では、智くんといつも腕組んで歩いてて(智くん…超羨ましい)、それが他の人と歩く時も、ついつい出ちゃう癖になってるってことは! ただ、腕組んでいるのはもちろん、休みの日に彼女の顔が見れたことだったり、新鮮な私服姿だったり(すげー可愛いな、やっぱ)、色んな意味でテンションが定まらない。 なんだろ。周りを歩く男女がカップルに見えるように、俺らもカップルに見えたりするんだろーか。もしかして。
『あ、このダッフルコート!お兄ちゃんに似合いそう!』
「確かに似合いそうだけど…。でも、ダッフルコートだと、今杏奈ちゃんが着てるのと被っちゃうんじゃない?お揃いになっちゃうよ?」
『? 、変ですか?』
「っ、いや…変、では無いけど…」
何件かの店を回り、その中で見つけたダッフルコートを、杏奈ちゃんが手にする。 でも、俺の歯切れの悪い言葉と反応に、うぅ〜ん?と唸り、残念そうに元の場所に戻した。
相手の喜ぶ姿を思い浮かべながら、一生懸命に選び、悩む彼女は可愛い。 ただ、その相手が実の兄である智くんだっていうのに、ちょいちょい妬いてる自分がいるんだから、ほんとバカだ。 普段、こんな可愛い妹とどんな風に一緒に過ごしてるのかは分からないけど、この場にいなくても、度々見える智くんの影が複雑でもあり、羨ましくもありで…。 まあ、これがあのイケメン親友だったりしたら、羨ましいなんて言っていられないぐらい、落ち込むこと必須だけど。
『あっ!じゃあ、これはどうですか?お兄ちゃん、よく釣りに行くし、これから寒くなってくるし』
「おおー!いいんじゃない?その耳あてとか、超似合いそう、智くん。はは!」
テーマを釣りと定めたのか、その後はスポーツショップで関連グッズを手に取っては、杏奈ちゃんは嬉しそうな声をあげる。 時折、こんなにグッズ与えたら、また長期間帰ってこなくなっちゃうかな…と不安そうに呟くけど、やっぱり喜んで欲しい気持ちが勝るらしい。 その度に真剣に俺に意見を求める彼女は、何とも健気で、そりゃ智くんだって溺愛するわな…と、言った感じだ。
色々と複雑なものはまだ残るけど、こうやって頼りにされているのも智くんと友達だったからこそ。 そう考えると、このチャンスは絶対にモノにしないとな、と強く思う。せめて、好意があることぐらいは伝わればいいんだけどな…。
『今日は本当にありがとうございました!おかげで良い物たくさん見つかったし、それに、お茶までご馳走になっちゃって…』
「いや、これぐらい何てことないよ。買い物自体が久々だったせいか、俺も凄く楽しかったし…。智くん、喜んでくれるといいね?」
『はい!ふふ』
なかなかの量のプレゼントを手に、杏奈ちゃんが愛おしそうに見つめる。時間はあっと言う間に流れ、気付けばもう、別れる時間だった。 夕食に誘おうかなとは思ったけど(あの居酒屋じゃなくて、ね)さすがに下心を見抜かれる気がして、自ら取り止めた。 だから、後は“また会社で”と言って別れるだけ。でも、だからこそ、その前に伝えなきゃいけないこともあるわけで…。
「…えーっとさ?だから、お礼ってわけじゃないんだけど、これは俺から」
『!』
「気に入ってもらえるかは分かんないけど…」
そう言って、綺麗にラッピングされたプレゼントを杏奈ちゃんに渡す。 さっき、彼女が悩みながら選んでいる時に、内緒で買ったプレゼント。仰々しい箱に入ってはいるけど、中身は気軽に付けられる、彼女に似合いそうなアクセサリーだ。 さすがに好みはまだ把握していないから、喜んでもらえるかは微妙だし、こんなプレゼントまで渡して、逆にヒかれるんじゃないかとヒヤヒヤでもある。 でも、これぐらいやらないと、せっかくのチャンスを無駄にすることになるのも確実。
それに何より……っ!
『本当ですか!?ありがとうございます!お兄ちゃんも喜びます!』
「っ、いや!それは智くんにじゃなくて…っ!」
ほら、こうなるんだよ…。
でも、これまでの経験上、今は何を言っても方向転換出来ないことは、なんとなく分かっている。 だって、このキラキラした瞳、チケット渡した時と同じだもん…。超残酷…。 だから、とりあえず今は、智くんの誕生日までに誤解を解く為に努力するだけだ。智くんがあれ開けたら、ビックリしちゃうし。
「つーか、マジ天然すぎるだろ…!」
思わず、別れてからの帰り道、そう呟いた。
End.
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