舞い降りたチャンス


side. S



「へー…。まさか、翔さんと杏奈の兄貴が知り合いだったとはね。ほんと、世間って思ってるより狭いんだな」



昼休みの社員食堂。もはやこの時間の恒例となっているのか、二宮が杏奈ちゃんが持ってきたおにぎりを食べながら、そう言う。
その隣では、同じようにもごもごと杏奈ちゃんも口を動かしていて、変な言い方だけど、小柄な2人が並んでいる姿はリスやハムスターといった小動物のようだ。
彼女を好きだと自覚してから、色んなヤツを羨ましく思ってきたけど、毎日一緒に飯食ったり、帰ったり…。よく考えたら、二宮も十分に羨ましい立ち位置だ。協力して貰っている立場だから、あんまり考えたこと無かったけど。



『そーなの!私も、突然お兄ちゃんが櫻井さんのことを“翔くん”って呼ぶからビックリした。その後も、勝手に櫻井さんのとこに嫁に行け!とか言い出すし…酔っ払って大変だったんだから〜』

「っ、…それは翔さん、お気の毒に…」

「はは…」

『? 、気の毒って何が?』

「っ、何でもないよ!」



あんまり嬉しくない思い出も一部含むけど、あの日は本当に楽しかった。智くんとは卒業以来会えてなくて、どうしてるんだろうか…とは思っていたものの、自分も仕事が忙しく、連絡を取れずにいたのだ。
まさかの再会に、智くんだけじゃなく俺もついつい飲み過ぎて、酔っ払って…。
気付けば、杏奈ちゃんそっちのけで盛り上がってしまい、居酒屋の店長が彼女と楽しそうに話していたのだけが悔やまれる。


でも、俺だって色々と状況を整理するのに大変だったんだよ!
だって、懐かしい友人との再会に浸ろうとしても、その人が好きな女の子の兄ちゃんだなんて思わないし、分かった今も、正直複雑この上ない。
まあ、天然のDNAには深く納得出来て、そこは良かったけどさ…。



「…智くんには、学生時代に妹さんがいるってことは聴いてたんだけどさ。皆が連れて来い、見せろって騒いでも、ダメだ…お前らは危ないから、とか何とか言って、毎回断ってたんだよね」

『私もお兄ちゃんに、何度か大学に遊びに行かせて、って言ってたんですよ。でも、いっつも曖昧な返事ばっかりで。文化祭の時も、お祭りなんだから行っていいでしょ?って言ったのに、迷子になっちゃうよ、とか言い出すし…』

「んははは!迷子って、子供?その時、若くても高校生でしょーが、あんた」

『っ、そうだけどー!』

「はは。あの頃、よっぽど杏奈ちゃんのこと心配してたんだろーな、智くん。大事にされてる証拠だよ」



それを踏まえて思い返すと、確かにあの頃の智くんは授業が終われば速攻で帰ってたし、遊びや飲みに誘っても、なかなか応じることはなかったっけ。
確かに、こんな可愛い妹がいたら遊んでる場合じゃねーし、大学の仲間に会わせるなんて以ての外か…。
しかも、高校生…。そん時から、やっぱり可愛かったんだろうなー…なんて、高校生ヴァージョンの杏奈ちゃんの想像が頭を過りそうになるけど、やめろ!俺!これじゃあ、ただの変態上司だろーがっ!!



「…ねえ、そんなあなたのお兄さん、そろそろ誕生日じゃなかったっけ?11月だよね、確か?」



バカなことを考え、自分自身に半ば呆れ気味になっていると、二宮が隣に座る杏奈ちゃんにそう尋ねる。その話題に、彼女もパアっと表情を明るくした。
そういえば、智くんの誕生日ってこの時期だったっけか。



『うん、来週なの!よく覚えてるね、ニノ?』

「そりゃ、ここ数年、毎年プレゼント選びに付き合わされてますから…」

「はは。そうなの?」

「うん。でも、あれね?今年は翔さんがいるから、俺は行かなくて済むわけだ?良かったよ」

「『え?』」



突然の提案と指名に、俺と杏奈ちゃんの声が重なる。
それなのに二宮本人は、何かおかしなことでも言いましたか?とばかりに飄々としていて、2個目のおにぎりに手を伸ばそうとしていた。
いやいやいや!なんだよ、いきなり!?



「えっと…、二宮?」

「だってそうでしょ?翔さんは杏奈の兄貴のこと学生時代から知ってて、仲も良いわけだし。滅多に会わない俺なんかより、よっぽどプレゼント選びのアドバイスは出来るでしょーが。違う?」

『ああ、なるほど…』

「!?」

「んふふふ、ね?」



そう言って二宮は杏奈ちゃんに笑いかけるけど、瞳だけは俺を見ていて、無言のプレッシャーを与える。
チケットに、傘に。もう2回もチャンスあげてんだから、俺が何を言いたいか分かってんでしょ?とばかりの二宮の視線。
でも、急過ぎる展開にも関わらず、彼女の方は二宮の提案に納得しかけていて、思わずドキっとした。もしや…イケんのか?これ…。



『そっか…!櫻井さんなら、お兄ちゃんと友達だし、且つ男性目線でプレゼントも選べるもんね!ニノとのプレゼント選びも、まあ楽しいけど…』

「俺たちだと、ハンズで上から下まで、ただ見て終わるだけだから。だったら、翔さんの方がいいでしょ?オシャレな店も知ってるだろうしさ」

『確かに!…櫻井さん、明日とかって予定は空いてませんか?もし良ければ、付き合って頂きたいんですけど…』

「!!」



二宮の作戦にも、俺の僅かな下心にも気付かない彼女は、かなりの天然で無防備で……同時に、凄く純粋だ。
オシャレな店を知ってるかどうかはともかく、智くんの好みは何となく分かるし、何より叶わなかった美術館デートを実現させるチャンスだ。美術館じゃなく、ショッピングデート、だけど。



「いや…!俺なんかで…いいの、かな?」

『櫻井さんなら心強いです!お兄ちゃんも、きっと喜ぶだろうし!』

「そっかな…。でも…、」

『! 、あ…で、でも急過ぎるし、無理なら断ってもらって大丈夫ですから!ニノが付き合ってくれないって言っても、潤もいるし、それに、』

「「!?」」



チャンスだ!と分かってはいても、上司と部下という関係を考えると、本当に行っていいのか迷ってしまうのは当然のこと。
でも、俺のそんな迷いと躊躇いを察したのか、杏奈ちゃんが気を遣い始め、挙句、あのイケメン親友の名前まで持ち出すもんだから、焦ってしまう。二宮も、一瞬キっと俺を睨んだ。



「っ、いや!あー!…っ、明日は休みでも何の予定も組んで無かったから、全然大丈夫!」

『でも…』

「俺、家でのんびりとか出来ないタイプだから、誘ってもらえて、寧ろありがたいっつーか…、えっと…。だから、その…」

『…大丈夫ですか?』

「…っ、うん、行ける。是非、お手伝いさせて下さい」



我ながら、たかだかプレゼント選びをお願いされただけなのに、何でいちいちあたふたしてんのか、と思う。俺、いったい何歳だ、マジで…。


でも、だけどさ?



『っ、…ありがとうございます!嬉しいです!』

「…!…」



こんな風に笑われると、それも仕方ないだろ、って思うんだけど。だって、反則じゃね?この笑顔は。



『あ、でも本当に無理だったら言って下さいね?潤なら、たぶんいつでも付き合ってくれるし…、』

「っ、いやいや!大丈夫!大丈夫だから!」

「くっ…!」



またしても出てきた名前に、分かり易いぐらいあたふたし始めて、今度はそんな俺を見て、二宮がクスクス笑い出す。
右腕で隠したその口元に、杏奈ちゃんは気付いていないようだった。


そう。でも、だからこそ、マジで思うんだよ。



「んふふふ…。翔さん、とりあえず良く出来ました。期待してるよ?」

「っ、それはどーも…」

『?』



“お願いだから、あの親友にばっかりじゃなくて、俺にも頼って?俺だって、負けないぐらい君が好きなんだから”



…なーんて言えたらいいのに、な。

とりあえず、明日はしっかりリード出来るよう、努力しますか。





End.





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